王子発掘プロジェクト

urada shuro

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第3章

センパイの理想のひと(5)

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 ドン、という短く強い衝撃が、下から体を突き上げる。得も言われぬ恐怖に襲われ、身体がふるえて動けない。部屋中がビキビキと軋み、とっさに、傍らのなにかにしがみつく。それはシロクさんの腕だった。いつの間にかシロクさんは、あたしを守るために、抱きかかえていてくれていたらしい。
 シロクさんはあたしを床に下ろすと、素早く窓際に駆け寄った。一家のみなさんとナナシも集まり、六つある窓を全部開けて、身を乗り出す。

 シロクさんが、唯一の目撃者であるシラベくんに視線を投げた。シラベくんはすぐに家長の意を察し、話しはじめる。

「警察の奴らです! 屋敷の一階になにかを投げ込み、東の方向に逃走しました!」
「……また警察か」
「追います!」

 窓から飛び出そうとするシラベくんの腕を、シロクさんが掴んだ。

「……待て。引き返すのが早すぎる。我々をおびき出すための罠かもしれない」

 その言葉を受け、カンジさんとシラベくん、そしてなぜかナナシもついて、攻撃を受けたと思われる屋敷の一階へと様子を見に行った。

 数分後、戻ってくるなりナナシが騒ぎ立てる。

「ひっでーよ! 窓がバーンって割れて、床も壁もめっちゃめちゃでさ! 机が吹っ飛んで、いろいろ壊れてた!」

 ナナシは目も口も手もせわしなく動かし続け、最後に頬を膨らませた。
 シラベくんが怒りとも悲しみともつかない感情を顔全面に滲ませ、シロクさんを見る。

「家長……我が一家の家宝の茶器も壊されました。先代の形見が……」

 形見……って、警察は、なんてことを……!
 無関係のあたしでも、憤りと悲しみで顔が歪む。
 しかしシロクさんは変わらぬ無表情で、シラベくんの顔を見据えた。

「……惑うな。形あるものは、いつか壊れる。その時がきたのだと思えばいい」
「家長……」

 シラベくんが泣いているように表情を崩す。
 その肩を、包み込むようにカンジさんの大きな手が軽く叩いた。彼は溜め息混じりでシラベくんに微笑むと、すぐに視線をシロクさんに向けた。

「どうやら、小型の爆弾を投げ込まれたみたいっす。被害の規模が小さいことから見て、家長の言うとおり、我々を外におびき出そうとした可能性が見られるっすね」

 シラベくんが反応する。

「のぞむところですよ! 家長、警察署に討ち入りましょう! あんなやつらがいるから、ライドはいつまでたってもよくならないんです! 壊滅させるべきです!」
「……はやるな、シラベ。ライド区の警察署は、どこも住宅地にほど近い場所にある。そんなところで争いを起こしては、間違いなく区民を巻き込む。奴らのことだ、区民をも盾にしかねないだろう。区民を危険にさらすのは、ライドの平和を願う我が一家の掟に反する」
「くっ……では、我々はどうすればっ……」

 シラベくんはうつむき、悔しさをぶつけるように歯を食いしばった。
 ようやくふるえが落ち着いたあたしは、立ち上がって恐る恐る手を挙げる。

「あのーぅ……シロクさんがミグハルド王国の王子様になるっていうのはどうでしょうか」

 場にいるすべてのひとの目が、揃ってこちらを向いた。
 みんな一様に、仮面を被ったような真顔だ。流れるのは寒々しい空気。それを打ち破るべく、カンジさんが絵にかいたような苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。

「……マトリさん、お心遣いはありがたいっすが、いまは場を和ます冗談は間に合ってるっす」
「ジョ、冗談じゃないっす! 実はあたし、国王様の命を受けて、ミグハルド王国の王子様候補をスカウトしにライドに来たんですよ」

 あたしは王子様発掘プロジェクトの概要を話した。たとえ王子様に選ばれなくても、候補者になれば、国王様に謁見してライドの現状を直接伝える機会があることを含めて。
 一家のみなさんがざわめくなか、シロクさんは静かにあたしを見つめている。

「あ、あの、嘘っぽいかもしれませんけど、これは本当の話で……あたし、常に冷静で人望のあるシロクさんを、ぜひ王子様候補としてスカウトしたいと思ってるんです」

 バッグから、身分証や名刺、ありとあらゆる証拠になりそうなものを取り出して見せる。
 シロクさんはそれらをちらりと一瞥しただけで、再びあたしを凝視した。

「……候補者になるのは、おれでなければならないのか?」
「はい。あたしは、シロクさんがいいです」
「……わかった。では、マトリ。その話、慎んで受けさせてもらう」
「えっ……えぇっ?!」

 まさかの即決?! 予想外の急展開に、あたしは驚いてのけ反った。
 だって、シロクさんて一家の代表者だし、みんなに反対とかされて、一筋縄では説得できないかもって勝手に思って……ほら、ナナシのおじいさん、凄かったし!

「あ、あのーぅ……あたしが言うのもなんですけど、そんなにあっさり引き受けちゃっていいんですか?」
「……先程からずっときみの眼を見ていたのだが、偽りを言っている様子はなかった。加えて、我が一家には『ライドを平和に導く可能性を見出した場合、何事であっても我が身を顧みず行動すべし』という掟がある。おれは掟に背くことはできない」

 お、恐るべし、一家の掟! ありがとう、一家の掟!

「そ、そうですか。じゃあ、よろしくお願いします!」
「……ああ。こちらこそよろしく頼む」

 シロクさんはあたしと握手を交わすと、一家のみなさんに向かって話しはじめた。

「……聞いての通り、おれはフロンドに向かうことになった。おれが留守のあいだ、家長の役目はカンジに任せる。おれひとりが一家を離れるのは心苦しいが、どんな形にせよ、この機会を必ずやライドの平和に繋げてみせる。みんなも常不惑の掟を忘れず、これまで通りライドの為に尽くしてくれ」
「はっ」

 忍一家全員が、いっせいにシロクさんに跪いた。
 使命と現実の摩擦で強まる、仲間の絆。それを目の当たりにしたようで、胸がきゅんとする。

「なに? シロク、なに言ってたの? なんかよくわかんなかったけど」

 不思議そうに首を傾けるナナシに、あたしは小声で「ちょっと出かけてくるから、あとよろしくって言ったの」と説明した。

「それじゃあ家長、これを」

 カンジさんが立ち上がり、シロクさんにグラスを手渡す。そしてテーブルの上にあったお酒の瓶を手に取ると、グラスにそれを注いだ。

「さあさあ、みんなもグラスを持つっす。ほら、ナナシもマトリさんも」

 言われるがまま、手近なグラスを持つ。カンジさんは「ふたりはこっちのほうがいいっすかね」と、果物のジュースを注いでくれた。
 ジュースを受け取りながら、ナナシはキョロキョロとまわりを見回している。

「なになに? なにがあんの?」
「一家の者が門出を迎える際には、杯を交わして送り出す、という掟があるんす。えーと、分かりやすく言うと、仲間の旅の出発をみんなで酒でも飲んでお祝いしよう、ってことっす」
「そっか、わかった! しようしよう!」

 全員にグラスが行き渡ると、カンジさんはみんなの前にあたしを呼んだ。

「それではマトリさん。景気のいい乾杯の音頭を頼むっす」
「えっ!? あ、あたしがっ?!」
「マトリさんは、ライドを平和に導く案内人っすからね」

 えーっ、まいったなあ。あたしは一家のメンバーでもないし、これまでみんなの代表で人前に立った経験もないのに、こんな大役担っていいの?
 んーでも、みなさんがシロクさんを快く送り出してくれるお礼を込めて、照れ臭いけどやってみちゃおっかな。

「えーっと、では……ライドの平和な未来に、そして無限の可能性に、乾杯っ!」
「乾杯!」

 男たちの決意のこもった野太い声と、グラスのぶつかる音が、ライドの地に響き渡った。

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