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第2章
国王様の隠し子(4)
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「あの、実はあたし、ミグハルド王国の国王様から……」
言葉の続きを遮るように、勢いよくドアの開く音がした。ふり返ると、大きなフォークに似た農具を手に持った白髪のおじいさんが、玄関に立っている。
「あっ、じいちゃんおかえり!」
じいちゃんと呼ばれたそのひとは、小柄でやや背中は曲がっているけれど、日に焼けていてとても健康そうだ。あたしは挨拶をしようと居住まいを正す。が、その前に
「……帰れ!」
おじいさんがこちらに歩み寄り、巨大フォークの鋭い切っ先をこちらに向けた。
「おい、じいちゃん! なにしてんだよ。マトリは悪い奴じゃないぞ」
ナナシの言葉に、あたしは高速で頷く。しかし、農具はまだこっちを狙っている。
「ふん。話は聞かせてもらったぞ、マトリとやら。おまえさんがフロンドからここへ来た理由は分かっておる。このナナシを、王位継承者として連れにきたのじゃろう!」
あたしは思わず息を飲んだ。
お、おじいさん、どうしてそれを知ってるの……!? あたしが王子様スカウト旅に出ていることは、ミグハルド王国の重役とアニイセンパイ、あとはうちの家族しかしらないはずなのに。も、もしや、うちのお母さんってば、ご近所のみなさんにうっかりしゃべったりしてないよね?! そこから回り回ってレフド区のこんなところまで噂が広がって……。
顔面蒼白のあたしをよそに、ナナシは取り乱した様子でおじいさんに駆け寄った。
「えっ! じ、じいちゃん、じゃあもしかしてマトリがそうなのか?! じいちゃんが昔からずっと言ってた、『国王の使者』ってやつ!」
「そうじゃ」
「すげえ! じいちゃんの話、ホントだったんだ! じゃあマトリ、おまえはおれを連れ去りに来た悪者だったんだな。知らなかったー、いいやつだと思ってたのに」
ナナシは口も目も全開にして、心底驚いたという表情でこっちを見ている。
「はっ?! ちょちょちょちょっと待って! おじいさんもナナシも、なんの話をしてるの? あたしには、さっぱり意味が……」
「ふん、隠してもムダじゃぞ。わしはナナシを拾ったときから、そんな気がしておったんじゃ。この子は実は国王の隠し子で、いつか必ず、王室の使者が迎えにくるとな!」
おじいさんの足が、一歩、凶器と共にこちらに近付く。
あたしは部屋の奥に逃げ、壁際に貼りついた。
「な、なんですか、それ? 気がしておった、って……え? 気がした、だけ……ですか?」
「そうじゃ!」
「そうじゃ……って! あ、あのう……そ、それって……妄想、というものなんじゃ……」
「妄想ではない、予想じゃ! わしの予想は割と当たるんじゃぞ! 昨日なぞ、朝起きた時点で予想した夕飯のメニューが当たったんじゃ。たいしたもんじろうが! だから、ナナシは間違いなく国王の隠し子じゃ! ミグハルド王国の王子なんじゃ!」
口角泡を飛ばすがごとく、おじいさんが怒鳴りつけてくる。
す、すごい! 割と当たるっていうレベルなのに、なんて堂々と……!
なにはともあれ、事情はのみ込めた。お母さん、疑ってごめんなさい。要するに全部、おじいさんの思い込みだったのね。じゃあ、早く誤解を解かないと。
「落ち着いて下さい、おじいさま。あたしはナナシが国王様の隠し子だから迎えにきたわけではなく、たまたま出会った彼を王子様候補としてスカウトをしたいだけですから!」
「黙れ! すかうと、などというわけのわからんことを言って、騙そうとしてもそうはいかんぞ。ナナシは髪の色も目の色も、国王と同じじゃ。それが血の繋がった親子の証拠じゃろ!」
「そ、そんなあ。金髪に緑色の目のひとなんて、世の中にたくさんいますって」
おじいさんは鬼の形相であたしの目の前まで走ってくると、床に農具を突き立てて、仁王立ちになった。
「ならば聞く! ナナシが国王の隠し子ではないという明確な証拠はあるのか!? 百パーセント違うという、明確な証拠が! あるなら出してみい!」
「ええっ?! えーと、そ、それは……」
「ほらみろ、ないんじゃろ! 証拠もないのに、決めつけるのは間違っておる。いいか、国王といえど、所詮は男じゃ。オスなんじゃ。汚れた大人のめくるめく欲望がどこへ向かい、どう解放されたのか、おまえのような小娘にその歴史の全てがわかるのか?!」
な、なんのこっちゃ!
あたしはただの新人スカウト係なんだから、国王の大人の事情なんて知らないってば!
「ふふん、言い返せんか。負けを認めたようじゃの。ならば小娘よ、潔く去れ! いくらナナシの産みの親が国王でも、育てたのはこのわしじゃ。ナナシの正体が王子でも、わしの息子に間違いない。ナナシは絶対に渡さん!」
再び農具は凶器へと変わり、あたしの喉元に迫る。
ひいぃぃぃぃっ! 待ってよ、なんでこうなるわけ?! アニイセンパイ、話が違いますよぉ! スカウトって、命がけのお仕事みたいですぅっ!
あたしは固く目を閉じ、守るように身を縮めた。
――ゴン!
……ん……? なに、今の鈍い音……?
そっと目を開けると、おじいさんが目を回して床に仰向けになっていた。その傍らには、いつの間にかおばあさんが立っている。口をへの字に歪め、両手でフライパンを持って。
「……おじいさん、いいかげんにおし!」
あ、あの……あたしが目をつぶってる間に、ふたりになにがおこったの……!?
おばあさんはナナシにおじいさんをベッドに運ぶよう言いつけると、フライパンを隠すように後手に持った。
言葉の続きを遮るように、勢いよくドアの開く音がした。ふり返ると、大きなフォークに似た農具を手に持った白髪のおじいさんが、玄関に立っている。
「あっ、じいちゃんおかえり!」
じいちゃんと呼ばれたそのひとは、小柄でやや背中は曲がっているけれど、日に焼けていてとても健康そうだ。あたしは挨拶をしようと居住まいを正す。が、その前に
「……帰れ!」
おじいさんがこちらに歩み寄り、巨大フォークの鋭い切っ先をこちらに向けた。
「おい、じいちゃん! なにしてんだよ。マトリは悪い奴じゃないぞ」
ナナシの言葉に、あたしは高速で頷く。しかし、農具はまだこっちを狙っている。
「ふん。話は聞かせてもらったぞ、マトリとやら。おまえさんがフロンドからここへ来た理由は分かっておる。このナナシを、王位継承者として連れにきたのじゃろう!」
あたしは思わず息を飲んだ。
お、おじいさん、どうしてそれを知ってるの……!? あたしが王子様スカウト旅に出ていることは、ミグハルド王国の重役とアニイセンパイ、あとはうちの家族しかしらないはずなのに。も、もしや、うちのお母さんってば、ご近所のみなさんにうっかりしゃべったりしてないよね?! そこから回り回ってレフド区のこんなところまで噂が広がって……。
顔面蒼白のあたしをよそに、ナナシは取り乱した様子でおじいさんに駆け寄った。
「えっ! じ、じいちゃん、じゃあもしかしてマトリがそうなのか?! じいちゃんが昔からずっと言ってた、『国王の使者』ってやつ!」
「そうじゃ」
「すげえ! じいちゃんの話、ホントだったんだ! じゃあマトリ、おまえはおれを連れ去りに来た悪者だったんだな。知らなかったー、いいやつだと思ってたのに」
ナナシは口も目も全開にして、心底驚いたという表情でこっちを見ている。
「はっ?! ちょちょちょちょっと待って! おじいさんもナナシも、なんの話をしてるの? あたしには、さっぱり意味が……」
「ふん、隠してもムダじゃぞ。わしはナナシを拾ったときから、そんな気がしておったんじゃ。この子は実は国王の隠し子で、いつか必ず、王室の使者が迎えにくるとな!」
おじいさんの足が、一歩、凶器と共にこちらに近付く。
あたしは部屋の奥に逃げ、壁際に貼りついた。
「な、なんですか、それ? 気がしておった、って……え? 気がした、だけ……ですか?」
「そうじゃ!」
「そうじゃ……って! あ、あのう……そ、それって……妄想、というものなんじゃ……」
「妄想ではない、予想じゃ! わしの予想は割と当たるんじゃぞ! 昨日なぞ、朝起きた時点で予想した夕飯のメニューが当たったんじゃ。たいしたもんじろうが! だから、ナナシは間違いなく国王の隠し子じゃ! ミグハルド王国の王子なんじゃ!」
口角泡を飛ばすがごとく、おじいさんが怒鳴りつけてくる。
す、すごい! 割と当たるっていうレベルなのに、なんて堂々と……!
なにはともあれ、事情はのみ込めた。お母さん、疑ってごめんなさい。要するに全部、おじいさんの思い込みだったのね。じゃあ、早く誤解を解かないと。
「落ち着いて下さい、おじいさま。あたしはナナシが国王様の隠し子だから迎えにきたわけではなく、たまたま出会った彼を王子様候補としてスカウトをしたいだけですから!」
「黙れ! すかうと、などというわけのわからんことを言って、騙そうとしてもそうはいかんぞ。ナナシは髪の色も目の色も、国王と同じじゃ。それが血の繋がった親子の証拠じゃろ!」
「そ、そんなあ。金髪に緑色の目のひとなんて、世の中にたくさんいますって」
おじいさんは鬼の形相であたしの目の前まで走ってくると、床に農具を突き立てて、仁王立ちになった。
「ならば聞く! ナナシが国王の隠し子ではないという明確な証拠はあるのか!? 百パーセント違うという、明確な証拠が! あるなら出してみい!」
「ええっ?! えーと、そ、それは……」
「ほらみろ、ないんじゃろ! 証拠もないのに、決めつけるのは間違っておる。いいか、国王といえど、所詮は男じゃ。オスなんじゃ。汚れた大人のめくるめく欲望がどこへ向かい、どう解放されたのか、おまえのような小娘にその歴史の全てがわかるのか?!」
な、なんのこっちゃ!
あたしはただの新人スカウト係なんだから、国王の大人の事情なんて知らないってば!
「ふふん、言い返せんか。負けを認めたようじゃの。ならば小娘よ、潔く去れ! いくらナナシの産みの親が国王でも、育てたのはこのわしじゃ。ナナシの正体が王子でも、わしの息子に間違いない。ナナシは絶対に渡さん!」
再び農具は凶器へと変わり、あたしの喉元に迫る。
ひいぃぃぃぃっ! 待ってよ、なんでこうなるわけ?! アニイセンパイ、話が違いますよぉ! スカウトって、命がけのお仕事みたいですぅっ!
あたしは固く目を閉じ、守るように身を縮めた。
――ゴン!
……ん……? なに、今の鈍い音……?
そっと目を開けると、おじいさんが目を回して床に仰向けになっていた。その傍らには、いつの間にかおばあさんが立っている。口をへの字に歪め、両手でフライパンを持って。
「……おじいさん、いいかげんにおし!」
あ、あの……あたしが目をつぶってる間に、ふたりになにがおこったの……!?
おばあさんはナナシにおじいさんをベッドに運ぶよう言いつけると、フライパンを隠すように後手に持った。
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