この指灯せ

コトハナリユキ

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音が聞こえた

残されたライオンたち

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「俺らは中島あいつをトイレに連れ込んでカツアゲするつもりだった。壁に叩きつけると、奴は床にしゃがみこんだ。そのまま少しいたぶっていると、何かを口へ放り込んだ。そんなこと気にもせずに俺らは動かなくなったあいつを叩いたり蹴ったりした。」

 僕は無言で侠山くんの話を聞いていた。閉め切られた窓の外は曇り空だった。

「そしたらよぉ、10秒も経たない位であいつはいきなり立ち上がって、俺をまっすぐ見て笑ったんだ。でも身体は震えてた。ヨダレを垂らして白目をむいて…あれは今思えば、普通じゃなかった。」

 侠山くんは肩を両手で抱え込み、震えだすのを抑えるようにして、一息深くついた。

「次の瞬間あいつは”僕じゃない!”ってデカい声で何度も叫び始めた。俺も含めて突然のことで笑っちまって、全員で”何だこいつ”って"おかしくなっちまったんじゃねーか”ってよ。気付いたら、あいつに体当たりされてトイレの外へ吹っ飛ばされてた。」

 侠山くんは俯いて続ける。

「背中で窓を割って、俺の周りにガラス破片が散らばった。背中が痛いはずなのに、なんで腹のが痛いんだ?って思ったよ。奴が目の前に立った時に、持ってたのがナイフだと分かって、それで”あ、刺されたんだ俺”って気づいた。そこへお前が現れて…。」

 力なく笑う1年生のボスを見て、なんだか可哀想にも思えた。

「…そっか、分かった。ありがとう。」

 哀れなものだ。侠山くんはこの話を始めてから、手の震えがずっと止まっていない。

「あと、もう一つ聞きたいんだけど…。」

 僕は近くの学校で長髪のモヒカンの生徒が居るか聞いてみた。すると少し戸惑った様子だったけれど、三木堂みきどう高校の1年生に佐川という生徒がいて、喧嘩っ早い人であることを教えてくれた。なんでそんなことを聞くのか問われたが、適当にごまかして病室を出ようとすると呼び止められた。

「な、なにかな…?」
「…あの時は助かった。お前が居なかったら、俺は中島に殺されてたかもしれねぇ。」

 僕はその言葉を受けて、少し考えたが言うことにした。

「そうかもしれない。でも…自分で蒔いた種じゃないか。」

 表情を変えずに僕は伝えた。

「……それも、そーだな。」

 彼は苦笑いをして、また下を向いた。

「お大事に。」

 病室の引き戸を閉める時の音が、カラカラと哀しく病院中に響いているみたいだった。雨は降りそうで降らない。
 病院からそのまま僕は学校へ来ていた。遅刻だったが、特に誰も気にしておらず、教師が「お、来たのか。」とボソッとつぶやいただけだった。
 休み時間になった。席に座っていると侠山くんの仲間らが大きな声で話しているのが聞こえてきた。

「侠山も終わったな。」
「刺された時の顔見たか?…爆笑だったよ。」
「前から鬱陶しかったんだよなー。」
「偉そうでよぉ。」

 口々に彼への不満や愚痴を漏らしていた。所詮こんなものかと、冷静に眺めた。
 侠山くん、誰も君の見舞いには行かないみたいだよ。逆に、この状況で誰かが見舞いに来てくれたなら、君はその人を一生大切にすべきかもしれないよ。僕は窓の外を眺めながら彼に伝わらない言葉を頭の中に浮かべてみた。 
 その日の授業が全て終了し、僕は職員室へ向かった。昨日死んでいたのが三木堂高校の佐川という生徒だと分かり、同じ制服を着ていたタトゥーを入れた卒業生についても探ろうと思ったからだ。…それにしても、どうして佐川って名前を出す時に侠山くんはためらったのだろうか。

「…まぁいいか。」

 ボクシング部の生徒に1人ずつ声をかけてダラダラと絡まれるより、顧問に聞いた方が情報が早く聞き出せると考え、顧問の稲田先生を訪ねた。
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