この指灯せ

コトハナリユキ

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傍観者

暴力と小動物

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 春。僕は中学生になった。
 僕のクラスは30人。4人しかまともな生徒は居ない。残りの25人はいわゆる不良と呼ばれる人種だった。…え?1人足りない?…それは、ちょっと待ってて。
 4人のまともな生徒はまるで、ライオンの居る檻に放り込まれた小動物の様だった。いつ食べられてもおかしくない。
 通常、問題児は別々のクラスになるように散らされると思うんだけど、どうやら違ったらしい。
 普通の生徒4人は、肩を寄せ合うようにしてそっと静かに過ごしていた。怯える声が背中から聴こえてくるようで、ひどく可哀想だった。

(僕はここに居ません…。)
(私に興味を持たないでください…。)

 という悲痛な心の叫びは、きっと誰にも届いていない。机にこけしが置いてあるかのように、ぬいぐるみが置いてあるかのように4人とも、気配を消していた。
 …え?だから人数が合わないって?…そうだった。忘れてた。残り1人は僕のこと。僕もいたって普通の生徒だけど、不良たちを恐れる必要はない。なんでかというと、ちょっとした工夫をしたからだ。ほんのちょっとだけどね。それはまた後で話すとして、そんな4人をいつも見守ってた。「何も無いといいね」と。
 …でも、大体そうもいかない。退屈したライオンは小動物にちょっかいを出し始めた。最初は、いたって普通に会話のキャッチボールをしようとする。そんな雰囲気を出していたのだけれど…。

「…なぁ、田中、お前もそう思うだろう?」

 教室の後方から前方に向けて声が響いた。軽いノリの声だ。でも、気配を消していた小動物…もとい田中君の背中が、ブルルっと小さく震えたのを僕は見逃さなかった。驚くのも無理はない。1年生の不良達のボスである侠山きょうやま君が、いきなりなんの脈略もなく彼に言い放ったのだ。不良仲間達も驚いた様子だったが、すぐにそれが田中君をからかい始めたのだと気づき、ニヤニヤし始めた。

「おう田中、どう思うんだよ…なんか言ってみろよ。」

 そんなはやし立てる声もする。

「な、なにがかな?きょ、侠山くん…。」

 田中君は後ろを振り向いてオドオドしながら尋ねた。彼の短い前髪は脂汗でぺたりとおでこにひっついている。ちょっとやそっとでは動かないほどに。

「は?お前聞いてなかったのかよ。」

 侠山君は眉間に皺を寄せて、めちゃくちゃな言い分で田中君を詰めた。
 金髪を逆立てて眉毛も無い侠山君の顔はとても怖い。そんな彼が真面目そうな普通の生徒にすごんでいる。それを僕は頬杖をついてただ眺めていた。

「あ、ごっ…ごめんね。」

 悪くもないのに立ち上がって謝る田中君を侠山君は殴った。続いてお腹に蹴りをいれ、机に手をかけて前屈みになった田中君の顎をまた殴った。不良仲間たちはそれをニヤニヤと眺めている。
 その後、田中君はトイレに連れていかれて、さらに暴力を受けてから、お金を盗られたみたいだった。
 誰も止めなかったし、残りの小動物…もとい普通の生徒の3人は田中君を見ないようにして、見事に傍観者を装い切った。…まぁそれは仕方のないことだ。次の標的には誰でもなりたくはない。
 だが、ついにこのクラスでもイジメが始まってしまった。それにはとてもがっかりした。こんなことが始まるまでは不良たちの中で「俺が一番強いんだ!」って1年生同士で争いをやっていて、ワクワクしながらそれを眺めていたのに…結局これだ。
 恐らくこうやって1人ずつ学校に来なくなるだろう。1人目の田中くんは、最初の中間テストまでもてばいい方かな。
 でも結局一番残念だったことは、あの争いを勝ち抜いて学年のボスとなった侠山くんも、所詮…ダサい不良の1人だったということが、分かってしまったことだ。
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