この指灯せ

コトハナリユキ

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いっこずつ

知ること

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「…違う?」
「はい。」

 部屋の空気がピンと張り詰めた。高柳さんは僕のことを否定的な表情で見ている。

「なにが…違う…?」
「必ず違うやり方があるはずです。」
「ないよ。」
「…聞いてください。」
「…?」

 高柳さんは息を収めようとするが、また荒くなった。それでも、僕の話を聞く姿勢を見せてくれた。

「僕の学校で彼は…侠山くんは確かに、いじめ行為をしていました。…僕はそれを見てた。」

 侠山くんに視線を移すと、うなだれたままだった。高柳さんに何発も殴られ、腫れた顔からは血がポタポタと滴っている。

「…高柳さんと同じ薬を使って、いじめられていた生徒は身を守る為に、侠山くんを刺しています。事件のあと、僕はその生徒と…中島くんって言うんですけど、彼と話しました。」

 僕も少しだけ息遣いが荒くなっているのが自分でも分かった。

「中島くんはいじめられてる期間、誰にも言えず、誰にも助けを求められずに苦しんでました。でも結果、学校を離れることになって…彼は、今までで一番幸せそうな顔を見せてくれたんです。」
「…幸せ?」

 何を言っているんだ?分からない…そんな視線だった。僕はその視線の意味もなんとなくわかった。

「そうです。彼は"場所を変えれば再スタートできること"を知ったんです。やり方は間違ったかもしれないし、一歩間違えれば侠山くんは死んでたかもしれない。だけど、場所を変えたり、やり方を変えれば、人は何度だってやり直せるんです。」

 高柳さんの表情は変わらず、聞き返した。

「でも、被害者が学校を去ったとしても結局、加害者の不良たちはそのまま野放しになるんじゃないかな?そうすれば、また別の被害者が出る。」
「そうかもしれません。…けど、侠山くんは分かってくれました。僕は彼に、中島くんの話をして、罪の重さを伝えたんです。前の彼なら僕のことも、ボコボコにして話は終わってたと思う…でも、もうきっと"いじめ"なんてしない!」

 僕は侠山くんにまた視線を移した。彼は小さく頷いていた。
 高柳さんはまた微笑んだ。

「…甘いよ空也くん。弟くんも、そんな反省なんて一時的なもんさ。…彼らに良心なんてない。生まれつきのサイコパスだってたくさん居るんだよ。君はどうも、人間の性善説を僕に説きたいようだが、違うんだ。馬鹿は死なないと分からないように、犯罪者は殺さないと分からないんだよ。自分の犯した罪の重さは…。」

 高柳さんは自分の右目を掌で覆いながら、苦々しい表情で俯いた。でも僕はまだ言葉を止めない。

「殺す以外にも必ず方法はある…はずです。だって僕は…この目で見たんだから…人は、変われます。」

 首を小さく横に振る高柳さんは、子供に優しく何かを教える教師のようだった。

「一部の人間はそうなのかもしれないね。だが、僕は"彼ら"という存在に良心があるだなんて、ありえないと考えるし、許さない。…君のそれは、戯言だよ。」

 僕は一歩踏み出して、高柳さんに歩み寄った。

「高柳さんは…この数年で、人を信じれなくなってしまったんですよ。」
「信じる…?」

 その瞬間、高柳さんの目からポロポロと涙が溢れた。

「高柳さん…。」

 僕は驚いたけど、話を続けた。

「ぼ、僕も…人を信じる、なんて考えたことはなかったです。学校じゃ自分の身を守ることだけを考えてたし、毎晩のようにえぐい動画やグロ画像なんかを漁って…人が人を殺すことに意味があるなんて考えずに…ただ興奮してた。」

 頭の中で、自分が全てに対して完全に"傍観者"だった頃の姿が、ぐるぐると巡った。

「でも、人が目の前で傷ついたり、自分が殴られたりして…そして、いろんなことをきちんと受け止められるようになったんです。人の痛みを知って、人の優しさを知って、弱さを知って…侠山くんを見て、人が変われることを知ったんです。」
「…変われる…だって?あはは…。」

 と、高柳さんは涙を流しながら笑った。しばらく泣きながら力なく、笑っていた。
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