この指灯せ

コトハナリユキ

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いっこずつ

乞う

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 まさに独白だった。

 僕らは高柳さんの話をずっと聞いていた。そして、凶悪殺人犯を前にして、心の中で、正義とか悪とか今まで考えたこともなかった倫理観が大きく揺らいでいるのを感じた。

「これでほとんど話せたかな。…人にこんなこと、話したことなかったけど…案外、いいもんだね。」

 少しの清々しさを感じる笑顔をぶら下げて、侠山くんの元に高柳さんは歩み寄った。お兄さんはそれを見てまた叫んだ。

「やめてくれ!優には関係ないんだ!…やめてくれ高柳ぃ!」
「兄貴…。」

 侠山くんの両腕はまだ縛られたままだ。

「すー…はぁ…。」

 高柳さんはゆっくり深呼吸し、お兄さんを横目でチラリと見た。

「…あの最後の日、僕も同じような気持ちだったよ。侠山くん、君は僕以外のものに手を出した。」
「!」

 そうして高柳さんは無言で侠山くんを何発も殴り始めた。

「やめろお前ぇ!」
「やめてください!!」

 僕も谷崎も止めに入ろうとしたが、物凄い力で跳ね除けられてしまう。お兄さんの悲痛な叫び声だけが室内に響く。

「やめろ…やめろやめろ、やめろぉぉぉぉ…!!」

 10発以上殴ったあたりで高柳さんは手を止め、侠山くんから手を離した。

「あ…あに、き。」

 顔中から血が吹き出し、侠山くんは倒れ込んだ。

「…分かったよ。じゃあ、謝らせてあげよう。…僕の母に。ほら、いいよ…謝って。」

 そうまた微笑んで高柳さんは、お兄さんの前にやってきた。お兄さんは

「すみませんでした…!すみませんでした!」

 と何度も何度も首を前後に振って謝罪の意を示した。

 「ふふ…。」

 鼻で笑い高柳さんは、お兄さんの髪の毛を掴んで上へと引っ張った。

「ぐぅ…あぁぁ…。」
「あの時も…君は僕に、こう言ったよね。」
「…?」

 お兄さんの耳元で囁きながら、高柳はポケットから何かを取り出し、飲み込んだ。…"CRY"だ。

「謝罪の答えなんだけど…。」

 高柳さんの体つきが変化していく。

「"黙ってろやインキャ野郎。気持ちわりーんだよ"。」
「あ…あ…。」

 笑顔で囁く高柳さんの目つきも体つきも、既に別物だった。中島くんが見せた変化とは比べ物にならない…。

「高柳…ゆる…。」
「さよなら…侠山くん。」

 高柳さんに持ち上げられていたお兄さんは、頭部を垂直に机に落とされ、そのまま全体重をかけられ押しつぶされ絶命した。血液だけじゃなく、様々なものが室内に飛び散った。

「兄貴ぃぃ!うわぁああぁぁ…!!」

 目の前でお兄さんを無惨に殺害された侠山くんは、高柳さんへ体当たりをしようとしたが、ビンタ一発で部屋の隅へ飛ばされてしまった。

「侠山ぁ…!」

 谷崎がすぐに走り寄り、侠山くんを抱きかかえた。

「はぁ…本番が終わったなぁ。まぁ、泣くことはないよ弟くん、これは仕方のないことだったんだ。」
「てめぇ…!」

 口の前に人差し指を立てて「シィッ」と、高柳さんは侠山くんに静かにするようポーズをとった。

「君も…自分の胸によく手をあてて考えるんだ。君が実際に何を学校でしていたかを僕は知らない。だが、兄弟揃って似たようなことをしていたんじゃないかい?」
「…。」

 侠山くんは何も言い返せなかった。事実だったからだ。

「そういうことなんだね…。つまり、君たちのような不良生徒に苦しめられて来た学生は…山ほど居る。中には自分の命を絶った者だって沢山いる。」

 確かに、その話自体は…本当だと思う。でも、何かが…何かが違うんじゃないか…?
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