この指灯せ

コトハナリユキ

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声なき声を

加害者と傍観者

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「…なんだよ。いい加減うぜぇぞ、紅原。」

 かなり不機嫌そうに僕を睨みつける侠山くんだったが僕は気にしない。

「昨日、中島くんに会ってきたよ。」
「…へぇ。」

 興味なさそうな返事だったけれど、侠山くんは僕から目を逸らして、刺されたお腹に手をあてた。僕は続ける。

「彼はもう学校に戻らないよ。」
「はっ。…戻れねぇの間違いだろ?」

 侠山くんは悪態をつく。なんだろう…イライラする。前ならこんなことで心がざわついたりしなかったのに。

「…確かに、それもあるかもね。でも彼は新しい場所でやり直すんだ。」
「陰キャはとっとと消えりゃいんだよ。目障りだからなー。」

 奥歯をギュッと噛み締めている自分が居た。「ふぅ。」と一息ついて落ち着かせる。

「…侠山くんはさ、もっと自分のしてしまったことを"悪いこと"だと認識するべきだと思う。」

 反射的に侠山くんの目の色が変わったように思った。イラつきから怒りへと一気に切り替わった。

「は?噂の"売人野郎"が俺に説教すんのか…反省しろってか?あぁ?」
「いや、反省しろと言われても、自分では無理だろうね。」
「なに?」
「…。」

 こんな反応は想定していた。だから僕は用意してきた物があった。

「…だからさ、もう1回くらい刺されとく?」
「なんだとコラァ。」
「…今度は死ぬかもね。」

 僕はナイフを取り出し、顔の前にあえて持ち上げ、彼にナイフを認識させた。そしてそのまま彼に迫った。

「うわ!やめろぉ!」

 今までにないほどの大声を出して、自分を守ろうと両腕を振り回す侠山くんの姿は、とても小さく見えた。あの時植え付けられた恐怖心が彼をそうさせているのだろう。

「…刺すわけないじゃん。」
「…?」

 僕は家から持ってきた果物ナイフを投げ捨てた。

『カラン!』

 ナイフが地面に落ちた音が小さく響く。
 身体を守ったまま固まっている侠山くんを見下ろした。

「てめぇ…!」

 状況が分かり、彼は僕の胸ぐらに掴みかかった。

「侠山くん。…中島くん達は、いつもこんな恐怖と学校で戦ってたんだ。」
「はぁ?」
「それを…君も、僕も、他の生徒もみんなもしなかった。」
「うるせぇ!」
「!」

 僕は殴られた。痛かった。

「うるせぇよ…!」
「はぁ、はぁ…侠山くん。さっきから僕と目を合わさないね。それってさ…そういうことでしょ?」

 また殴られた。痛い。

「…黙れ、紅原。」

 殴っても僕のことをしっかり見れない侠山くんだったが、僕は一切目を逸らすことはなかった。

「あの刺された瞬間、君は強がってたのかもしれないけど…本当は気づいたはずだ。」
「やめろ…!」
「自分がやってきたこと全部が、間違ってたことに。」
「この…!」

 侠山くんはまた右手を引きつけていたが、その手がもう一度顔面に飛んでくることはなかった。そして僕の胸元を掴んでいた左手も力なく離れ、彼はまた階段に座り込み、足元に顔を向けた。

「…俺は、ずっとこうやって来たんだ!」

 向き合いたくても向き合えない。気づいているのに気付かないふりを続けてきた少年は、今叩きつけられた事実を前にどう対応するんだろう。

「もっとガキの頃からずっとずっと…このやり方しか知らねんだよ。こうでもしねーと、俺みてぇな奴…」
「誰も相手にしないって?」

 僕は冷たく彼の言葉を遮った。

「…。」
「ははは。そうかもしれないね。だけど…中には、僕みたいな奴もいる。」

 侠山くんは僕のことを見上げた。何かにすがりたくて仕方なさそうな目をしていた。僕の表情は変わらない。

「前にも言ったじゃないか。自分で蒔いた種だよ。」
「…。」

 侠山くんの顔つきは、不良グループのボスで、いじめの主犯のものではない。…少なくとも、僕はそんな風に受け取った。

「…君がいじめなんかに走り出す前に、こんな風に話せてたらよかったのにね。」
「紅原…。」

 殴られて口元が切れていたようだ。口元を手で拭うと血がついた。僕はしばらくその手を見てから彼にこう言った。

「今日の放課後、裏門を出た方にあるコンビニ。」
「…は?」
「待ってるよ。それじゃ。」

 彼は後ろからなにか言ってたみたいだけど、僕は無視してその場を歩き去った。僕の言いたいことは伝えた。
 プールを離れて、手当をしてもらう為に保健室へ向かった。
 顔中が痛いし熱い。唇だけじゃなくて口の中も切れてるようだ。多分、鼻血も出てる。胸ぐらを掴まれるとあんなにも苦しくて、怖いのか…殴られると、こんなにも痛いのか。…ピアスを開けるのとは訳が違う痛みだ。

 知らなかった。僕はいつも安全なところから見ているだけだったから…。
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