この指灯せ

コトハナリユキ

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音が聞こえた

ボクシング部

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 職員室にやってくる生徒は珍しいようで、戸を開けると全ての先生方が僕を一瞥した。ボクシング部の顧問の稲田先生はいつものジャージ姿で、でっぷりとしたお腹を抱えてコーヒーを飲んでいた。

「すみません稲田先生、今いいですか?」

 今まで話したこともない生徒に声をかけられ驚いた様子だったが、僕がボクシングの観戦に興味があると伝えると気さくに対応してくれた。一通りうちの中学のボクシング部について聞いた後、聞きたかったタトゥーを入れた先輩の話に入った。

「噂で聞いたんですけど、首にチャンピオンってタトゥーを入れた卒業生が居て、今度大きな試合に出るそうですね。」

 稲田先生は顔を少し曇らせた。

「あぁ…藤宮のことか、あいつはボクサーとしてのセンスは凄かったからなぁ…。」
「何か、問題のある人だったんですか?」
「いや、何も…!少し、ヤンチャだっただけさ。その試合のことなら俺も聞いているよ。」
「過去に何かしたんですか?」
「…んーあ、そろそろ職員会議に行かないと、もしうちに興味があれば練習場へ見学へ行くといい、じゃ…。」

 稲田先生はタトゥーを入れた先輩の話になった途端にそそくさと職員室を出て行った。それ以上付き纏っても応えてくれる雰囲気でもなかったので、僕も一旦引き下がった。
 しょうがない…ボクシング部の練習場を覗いてみよう。
 とりあえず、タトゥーを入れた先輩の名前は「藤宮」っていうのは分かった。彼がもう死んでるってことを僕だけが知っている。
 体育館の横には武道場があり、部活の時間はそこをボクシング部と柔道部が練習で使っていた。行ってみると「なんだ一年坊、なんのようだコラぁ。」と、暇そうな先輩が絡んできた。

 「入部希望で見学にきました。」

 そう嘘ついてるのに「はぁ?はぁあ?」とか言われていると、別の部員が僕の噂を知ってたらしく、焦ったように部長を呼んでくれた。僕の入学時の作戦はここでも役に立ったみたいだ。

「部長の植田だ。よろしく。」

 スパーリングを切り上げて部長さんがきてくれた。引き締まった体をしていて、他のチンピラ部員とは違うスポーツ選手っぽさを感じた。

「ちょっとボクシングに興味があって、稲田先生に聞いたら見学に行ってみろと言われました。」
「先生ももう知ってるのか、分かった。今日は普通の練習の日だ。好きなだけ見てってくれ。」
「ありがとうございます。…あのー、藤宮先輩って卒業生の人が今度、大きな試合に出るらしいですね。」

 植田部長の表情も濁った。皆、藤宮さんの話になるとこんな表情になるのか?

「あ、藤宮さんのことを知ってるのか、誰から聞いたんだ?」
「誰からというか、そこら中で噂になってますよ。どんな人なのかなって興味もあって…。」

 白々しく尋ねてみる。

「うーん、まぁセンスはすごくある人だったよ。だけど、すぐに暴力に訴えてしまうとこもあった。」
「いわゆる、不良ってことですか。」
「まぁね。この地区じゃ珍しくはないかな…。ま、好きに見ていくといい。」

 植田部長は早歩きでスパーリングに戻っていった。
 隅っこに座って練習風景を眺めていると、さっき絡んできた部員が隣に座ってきた。


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