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第二章
疑惑
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リディアルが消えたその夜、フレデリックは眠れぬままぼんやりと眼下に広がる街並みを眺めていた。
月明かりの元ぽつりぽつりと街灯が灯っている、一際高い時計塔は尖塔部分が淡く光っているようだった。
強く握りしめた拳をバルコニーの柵に叩きつける。
時計塔にリディアルの姿はなかった。
その周辺も手当り次第に探したが終ぞその影すら掴めなかった。
「殿下、陽が落ちました。これ以上は・・・」
「・・・マルセル」
「ここは我が国ではありません。これ以上派手に動くことはお控えください」
スっと頭を下げるマルセルにフレデリックはグッと奥歯を噛み締めた。
いくらリディアルが国にいた時と違っていても一人ではそう遠くへ行けまい、きっとどこかにいる。
身一つで出奔したのであれば、宿をとることもできないだろう。
焦燥だけが募っていく、けれど他国の騎士が大っぴらに動くことができないのもまた事実だ。
「・・・兄上のところへ行く」
そう言って戻ったその先にレオンハルトはいなかった。
開いた窓から吹き込む風がヒュウと音を立て、フレデリックの頬を撫でる。
床に落ちた手枷は踏みつけられたように壊れていた。
リディアルに続いてレオンハルトまでもが消えた。
残された少数の騎士達は誰もレオンハルトの行方を知らなかった。
リディアルの捜索のために騎士の大半を連れて行ったことを悔いた。
子を成すほどにあの二人は愛し合っていたのだ、リディアル一人で消えるはずがない。
少し考えればわかる事があの時の自分は頭に血が上って考えられなかった。
あの時計塔もきっとレオンハルトに誘導されたのだ。
まんまと嵌められた自分が悔しくて、ギリギリと奥歯にも拳にも力が入る。
苛立ち紛れにまた拳を振りかぶったその時、ふと甦る記憶に妙な違和感があった。
リディアルと共に捕らえたレオンハルトは手枷を見ても眉ひとつ動かさなかった。
口をきいたのは、ディアは無事か?ということだけでそれ以外は顔を伏せ何ひとつ語らなかった。
なのに今日はどうだった?饒舌過ぎるほどに口を開いてなかったか?それに簡易な手枷と言えど簡単に逃れることができるものか?
フレデリックの視線はゆっくりと隣のミシェルの居室へと向かう。
どうしてミシェルはリディアルの話し相手なんかになった?
優しいミシェルがリディアルに同情したと言えば理解はできるが納得はできない。
婚約者候補と元婚約者、どうして通じることができる?
時計塔へ行っている間、ミシェルは本当に部屋にいたのか?
いや、考え過ぎだとフレデリックは独りごちた。
もしもミシェルがリディアルを逃がしたいと思っても、ミシェルにはなんの力もない。
あの二人を秘密裏に逃がす算段をこの短期間にミシェルがつけられる筈がないのだ。
「馬鹿馬鹿しい。ミシェルが私を裏切るなどそんなこと・・・」
穿ち過ぎだと頭を振って思い直す、ではどうしてあの二人はここから逃げ出すことができたのか。
「マルセルか・・・」
あの時、時計塔の話を聞き出したのはあの男だ。
リディアルの捜索が打ち切られてもあの男だけは、侯爵家だけは無事を信じて探し続けていた。
本来ならば連れて帰りたい、家族に会わせてやりたいと思うのが常だろうと思っていた。
けれど、リディアルの幸せがそこにないと思えば話は違ってくる。
時計塔の捜索がなんの実も結ばなかったのに、妙にあっさりと引き下がったことにもこれなら得心がいく。
国家間の事情を考えれば当然と言えば当然だが、生まれた疑惑の前にはもう不信感しか見い出せない。
邪な輩に拐われたと思った弟が実は愛する人と共にある為に自らの意思で出奔したと知ったとしたら、弟の幸せを願うのではないか?
もし、あの壊れた手枷は偽装でマルセルがあれをはずしてやったとしたら?
レオンハルトの手を縋るように握りしめていた姿が思い浮かぶ。
「裏切られてばかりだな、私は」
自分と多くの騎士をこの棟から排除し、あの二人を動きやすくした。
最後にリディアルの姿を見たのがミシェルだ、だとすればミシェルもそれに手を貸したと思うのが妥当だろう。
もしも自分が誰かを逃がしたい、そう思った時どうするだろうか。
「私だけ踊らされるわけにはいかない」
空に浮かぶ月は遠く透明になっていく、夜明けが近いなとニタリと笑うフレデリックを知る者は誰もいない。
カタカタと揺れる振動をリディアルは感じながら、早く早くと気ばかり急いていた。
なにもできないすることもない中、じっと座って待つばかりは心が消耗していく。
イリリス国の一行は予定通り夜明けと共に出立した。
動き出す前の街の中央を通り抜ける。
国境まではどれくらいあるのだろう、リディアルには全く検討もつかない。
王都を抜けるともう少し速度を出すのだろうか。
結局、一睡もできなかったリディアルは均一に揺れるそれに身を任せてうとうとと微睡んだ。
ガタン、と一際大きな揺れを感じリディアルが目を覚ますと辺りがざわついているような気がした。
自分がどれくらい眠っていたかわからない、閉ざされた空間では時間の把握も出来ない。
自分にできるのはじっと息を潜めて待つことだけ、それが辛い。
早くハルの顔が見たい、ディアと名を呼んでほしい、包み込むように抱きしめてほしい。
カタリと音がして、細く明かりが入ってくる。
眩しさに軽く目を瞬いて視界に入ってきたその人。
「兄上だとでも思ったか?」
リディアルは言葉を失い、ゾッとするほど冷たい微笑みに囚われたのだった。
※更新が空いてしまい大変大変大変申し訳ありません。
月明かりの元ぽつりぽつりと街灯が灯っている、一際高い時計塔は尖塔部分が淡く光っているようだった。
強く握りしめた拳をバルコニーの柵に叩きつける。
時計塔にリディアルの姿はなかった。
その周辺も手当り次第に探したが終ぞその影すら掴めなかった。
「殿下、陽が落ちました。これ以上は・・・」
「・・・マルセル」
「ここは我が国ではありません。これ以上派手に動くことはお控えください」
スっと頭を下げるマルセルにフレデリックはグッと奥歯を噛み締めた。
いくらリディアルが国にいた時と違っていても一人ではそう遠くへ行けまい、きっとどこかにいる。
身一つで出奔したのであれば、宿をとることもできないだろう。
焦燥だけが募っていく、けれど他国の騎士が大っぴらに動くことができないのもまた事実だ。
「・・・兄上のところへ行く」
そう言って戻ったその先にレオンハルトはいなかった。
開いた窓から吹き込む風がヒュウと音を立て、フレデリックの頬を撫でる。
床に落ちた手枷は踏みつけられたように壊れていた。
リディアルに続いてレオンハルトまでもが消えた。
残された少数の騎士達は誰もレオンハルトの行方を知らなかった。
リディアルの捜索のために騎士の大半を連れて行ったことを悔いた。
子を成すほどにあの二人は愛し合っていたのだ、リディアル一人で消えるはずがない。
少し考えればわかる事があの時の自分は頭に血が上って考えられなかった。
あの時計塔もきっとレオンハルトに誘導されたのだ。
まんまと嵌められた自分が悔しくて、ギリギリと奥歯にも拳にも力が入る。
苛立ち紛れにまた拳を振りかぶったその時、ふと甦る記憶に妙な違和感があった。
リディアルと共に捕らえたレオンハルトは手枷を見ても眉ひとつ動かさなかった。
口をきいたのは、ディアは無事か?ということだけでそれ以外は顔を伏せ何ひとつ語らなかった。
なのに今日はどうだった?饒舌過ぎるほどに口を開いてなかったか?それに簡易な手枷と言えど簡単に逃れることができるものか?
フレデリックの視線はゆっくりと隣のミシェルの居室へと向かう。
どうしてミシェルはリディアルの話し相手なんかになった?
優しいミシェルがリディアルに同情したと言えば理解はできるが納得はできない。
婚約者候補と元婚約者、どうして通じることができる?
時計塔へ行っている間、ミシェルは本当に部屋にいたのか?
いや、考え過ぎだとフレデリックは独りごちた。
もしもミシェルがリディアルを逃がしたいと思っても、ミシェルにはなんの力もない。
あの二人を秘密裏に逃がす算段をこの短期間にミシェルがつけられる筈がないのだ。
「馬鹿馬鹿しい。ミシェルが私を裏切るなどそんなこと・・・」
穿ち過ぎだと頭を振って思い直す、ではどうしてあの二人はここから逃げ出すことができたのか。
「マルセルか・・・」
あの時、時計塔の話を聞き出したのはあの男だ。
リディアルの捜索が打ち切られてもあの男だけは、侯爵家だけは無事を信じて探し続けていた。
本来ならば連れて帰りたい、家族に会わせてやりたいと思うのが常だろうと思っていた。
けれど、リディアルの幸せがそこにないと思えば話は違ってくる。
時計塔の捜索がなんの実も結ばなかったのに、妙にあっさりと引き下がったことにもこれなら得心がいく。
国家間の事情を考えれば当然と言えば当然だが、生まれた疑惑の前にはもう不信感しか見い出せない。
邪な輩に拐われたと思った弟が実は愛する人と共にある為に自らの意思で出奔したと知ったとしたら、弟の幸せを願うのではないか?
もし、あの壊れた手枷は偽装でマルセルがあれをはずしてやったとしたら?
レオンハルトの手を縋るように握りしめていた姿が思い浮かぶ。
「裏切られてばかりだな、私は」
自分と多くの騎士をこの棟から排除し、あの二人を動きやすくした。
最後にリディアルの姿を見たのがミシェルだ、だとすればミシェルもそれに手を貸したと思うのが妥当だろう。
もしも自分が誰かを逃がしたい、そう思った時どうするだろうか。
「私だけ踊らされるわけにはいかない」
空に浮かぶ月は遠く透明になっていく、夜明けが近いなとニタリと笑うフレデリックを知る者は誰もいない。
カタカタと揺れる振動をリディアルは感じながら、早く早くと気ばかり急いていた。
なにもできないすることもない中、じっと座って待つばかりは心が消耗していく。
イリリス国の一行は予定通り夜明けと共に出立した。
動き出す前の街の中央を通り抜ける。
国境まではどれくらいあるのだろう、リディアルには全く検討もつかない。
王都を抜けるともう少し速度を出すのだろうか。
結局、一睡もできなかったリディアルは均一に揺れるそれに身を任せてうとうとと微睡んだ。
ガタン、と一際大きな揺れを感じリディアルが目を覚ますと辺りがざわついているような気がした。
自分がどれくらい眠っていたかわからない、閉ざされた空間では時間の把握も出来ない。
自分にできるのはじっと息を潜めて待つことだけ、それが辛い。
早くハルの顔が見たい、ディアと名を呼んでほしい、包み込むように抱きしめてほしい。
カタリと音がして、細く明かりが入ってくる。
眩しさに軽く目を瞬いて視界に入ってきたその人。
「兄上だとでも思ったか?」
リディアルは言葉を失い、ゾッとするほど冷たい微笑みに囚われたのだった。
※更新が空いてしまい大変大変大変申し訳ありません。
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