ループ100回目の悪役令息は悪役王子と逃亡します

谷絵 ちぐり

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第二章

消えた二人

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フレデリックの脳裏には失望と憤りと、そして悲嘆でいっぱいだった。
どうして思い通りにことが動かないんだ、その気持ちは表情にも足音にも現れた。

「ミシェル!!」
「フレデリックさま、おかえりなさい」

ミシェルに宛てがわれた一室、その扉をノックもなく派手な音を立ててフレデリックは開けた。
備え付けられたソファセットに座り、ミシェルはカップ片手にこてんと首を傾げる。
いつもなら好ましいと思うその仕草にも腹立ちが治まらない。
つかつかとそのミシェルに歩み寄ってその華奢な肩を掴んだ。

「リディがいなくなった」
「えっ、まさか、護衛がいたでしょう?」
「昼にリディと話したと騎士が言っていたが本当か?」
「えぇ、一人は寂しいかと思って・・・」

ダメでしたか?と見上げるミシェル、大きな瞳から涙が零れそうで掴んだ肩が震えていた。
この言いようのない怒りをミシェルにぶつけても仕方ないのに、とフレデリックは緩く頭を振った。

「すまない、ミシェル。怖がらせるつもりはなかったんだ」
「いいえ、リディアルさまが心配なお気持ちはわかります。しかし、どうやって抜け出したのでしょう」
「護衛の交代の隙をついたと考えている。ベッドには切られた髪があってな。戸口から見るとただ寝ているように見えたんだ。しかし・・・」
「フレデリックさまはベッドまで近づいたんですね?」

顔が見たかった、とフレデリックは沈痛な面持ちで言う。
肩に乗る大きな手にミシェルは自分の手を重ねて、悲しげに微笑んだ。

「僕も一緒に探しましょう」
「いや、ミシェルはここにいてくれ」

頼んだよ、と部屋の隅に控える侍女に言い残しフレデリックはまた足音をたてて出て行った。
侍女は深く腰を折り扉が閉まるまで頭を上げなかった。


棟の中は騎士達が右往左往しながらリディアルを探していた。
その中を抜けてフレデリックが向かうのは二階の一番奥の部屋だ。
乱暴に扉を開けたその先には簡易は手枷を嵌められたレオンハルトがベッドに腰掛けていた。

「兄上!」
「どうした、血相を抱えて」

口の端だけをあげて皮肉たっぷりに笑うレオンハルトにフレデリックは掴みかかった。

「リディをどこへやった!?」
「おかしなことを言う。俺がそんなことできると思うか?」

手枷を目の前まで持ち上げたレオンハルトはあからさまに嫌な顔をした。

「いなくなったのか?」

射抜くような瞳にフレデリックはぐうと喉を鳴らし二の句が告げない代わりにドンと肩を押した。
それでレオンハルトの体が傾ぐこともない、ただひたりとフレデリックを見つめるだけだ。

「・・・今、探してる。リディのか弱い足ではそう遠くへは行けまい」
「それはおまえの知っているリディアルだろう?今のディアはあの頃とは違う」
「ッディアと呼ぶな!」

レオンハルトの胸倉を掴み、ギリギリと睨みつけるフレデリックを一人の騎士が間に入って止めた。

「殿下、今はリディの行方を探す方が先決です」
「・・・マルセル」
「レオンハルト殿下、あなただってリディが心配でしょう?リディがどこへ行ってしまったのか心当たりはありませんか?どうか、弟を・・・」

騎士でありリディアルの兄のマルセルはレオンハルトに向き直り、跪いて頭を下げた。

「俺は何度か王都に来たことがあるが、ディアは来たことがない。小さな町や村を転々としてきたからな」
「それでは、リディは右も左もわからないではありませんか・・・」
「あぁ、ただ街の中央に時計塔があるだろう?その話はしたことがある。あの時計塔は最上階まで登ることができるんだ。そこから見る街並みは圧巻でとても美しいと言ったことがある。ディアが知ってる場所はそこだけだろう」
「では、リディはそこに?」
「さぁ、ただあそこから落ちたら確実に命を落とすだろう」

そんなまさか、と跪いたマルセルが縋るようにレオンハルトの手を握りしめた。
それに呼応するようにくしゃりと歪めたレオンハルトの表情にフレデリックの顔から血の気が引いていく。

「マルセル!時計塔だ!」

行くぞ、と踵を返すフレデリックにマルセルは付き従いレオンハルトの部屋から出て行った。
取り残されたレオンハルトは耳を澄ませ、バタバタと遠ざかる足音を聞いてから立ち上がった。
コキコキと首を回し、軽くなった手首も回す。

「陽が落ちるな」

そう言ってレオンハルトは窓から飛び降りた。
柔い草の上を転がりいくつか建てられている棟のひとつに向かって駆け出した。
まだ終わらせない、胸にあるのはたったひとつその思いだけだった。





※次話はハル×ディア側のお話です
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