30 / 36
第二章
消えた二人
しおりを挟む
フレデリックの脳裏には失望と憤りと、そして悲嘆でいっぱいだった。
どうして思い通りにことが動かないんだ、その気持ちは表情にも足音にも現れた。
「ミシェル!!」
「フレデリックさま、おかえりなさい」
ミシェルに宛てがわれた一室、その扉をノックもなく派手な音を立ててフレデリックは開けた。
備え付けられたソファセットに座り、ミシェルはカップ片手にこてんと首を傾げる。
いつもなら好ましいと思うその仕草にも腹立ちが治まらない。
つかつかとそのミシェルに歩み寄ってその華奢な肩を掴んだ。
「リディがいなくなった」
「えっ、まさか、護衛がいたでしょう?」
「昼にリディと話したと騎士が言っていたが本当か?」
「えぇ、一人は寂しいかと思って・・・」
ダメでしたか?と見上げるミシェル、大きな瞳から涙が零れそうで掴んだ肩が震えていた。
この言いようのない怒りをミシェルにぶつけても仕方ないのに、とフレデリックは緩く頭を振った。
「すまない、ミシェル。怖がらせるつもりはなかったんだ」
「いいえ、リディアルさまが心配なお気持ちはわかります。しかし、どうやって抜け出したのでしょう」
「護衛の交代の隙をついたと考えている。ベッドには切られた髪があってな。戸口から見るとただ寝ているように見えたんだ。しかし・・・」
「フレデリックさまはベッドまで近づいたんですね?」
顔が見たかった、とフレデリックは沈痛な面持ちで言う。
肩に乗る大きな手にミシェルは自分の手を重ねて、悲しげに微笑んだ。
「僕も一緒に探しましょう」
「いや、ミシェルはここにいてくれ」
頼んだよ、と部屋の隅に控える侍女に言い残しフレデリックはまた足音をたてて出て行った。
侍女は深く腰を折り扉が閉まるまで頭を上げなかった。
棟の中は騎士達が右往左往しながらリディアルを探していた。
その中を抜けてフレデリックが向かうのは二階の一番奥の部屋だ。
乱暴に扉を開けたその先には簡易は手枷を嵌められたレオンハルトがベッドに腰掛けていた。
「兄上!」
「どうした、血相を抱えて」
口の端だけをあげて皮肉たっぷりに笑うレオンハルトにフレデリックは掴みかかった。
「リディをどこへやった!?」
「おかしなことを言う。俺がそんなことできると思うか?」
手枷を目の前まで持ち上げたレオンハルトはあからさまに嫌な顔をした。
「いなくなったのか?」
射抜くような瞳にフレデリックはぐうと喉を鳴らし二の句が告げない代わりにドンと肩を押した。
それでレオンハルトの体が傾ぐこともない、ただひたりとフレデリックを見つめるだけだ。
「・・・今、探してる。リディのか弱い足ではそう遠くへは行けまい」
「それはおまえの知っているリディアルだろう?今のディアはあの頃とは違う」
「ッディアと呼ぶな!」
レオンハルトの胸倉を掴み、ギリギリと睨みつけるフレデリックを一人の騎士が間に入って止めた。
「殿下、今はリディの行方を探す方が先決です」
「・・・マルセル」
「レオンハルト殿下、あなただってリディが心配でしょう?リディがどこへ行ってしまったのか心当たりはありませんか?どうか、弟を・・・」
騎士でありリディアルの兄のマルセルはレオンハルトに向き直り、跪いて頭を下げた。
「俺は何度か王都に来たことがあるが、ディアは来たことがない。小さな町や村を転々としてきたからな」
「それでは、リディは右も左もわからないではありませんか・・・」
「あぁ、ただ街の中央に時計塔があるだろう?その話はしたことがある。あの時計塔は最上階まで登ることができるんだ。そこから見る街並みは圧巻でとても美しいと言ったことがある。ディアが知ってる場所はそこだけだろう」
「では、リディはそこに?」
「さぁ、ただあそこから落ちたら確実に命を落とすだろう」
そんなまさか、と跪いたマルセルが縋るようにレオンハルトの手を握りしめた。
それに呼応するようにくしゃりと歪めたレオンハルトの表情にフレデリックの顔から血の気が引いていく。
「マルセル!時計塔だ!」
行くぞ、と踵を返すフレデリックにマルセルは付き従いレオンハルトの部屋から出て行った。
取り残されたレオンハルトは耳を澄ませ、バタバタと遠ざかる足音を聞いてから立ち上がった。
コキコキと首を回し、軽くなった手首も回す。
「陽が落ちるな」
そう言ってレオンハルトは窓から飛び降りた。
柔い草の上を転がりいくつか建てられている棟のひとつに向かって駆け出した。
まだ終わらせない、胸にあるのはたったひとつその思いだけだった。
※次話はハル×ディア側のお話です
どうして思い通りにことが動かないんだ、その気持ちは表情にも足音にも現れた。
「ミシェル!!」
「フレデリックさま、おかえりなさい」
ミシェルに宛てがわれた一室、その扉をノックもなく派手な音を立ててフレデリックは開けた。
備え付けられたソファセットに座り、ミシェルはカップ片手にこてんと首を傾げる。
いつもなら好ましいと思うその仕草にも腹立ちが治まらない。
つかつかとそのミシェルに歩み寄ってその華奢な肩を掴んだ。
「リディがいなくなった」
「えっ、まさか、護衛がいたでしょう?」
「昼にリディと話したと騎士が言っていたが本当か?」
「えぇ、一人は寂しいかと思って・・・」
ダメでしたか?と見上げるミシェル、大きな瞳から涙が零れそうで掴んだ肩が震えていた。
この言いようのない怒りをミシェルにぶつけても仕方ないのに、とフレデリックは緩く頭を振った。
「すまない、ミシェル。怖がらせるつもりはなかったんだ」
「いいえ、リディアルさまが心配なお気持ちはわかります。しかし、どうやって抜け出したのでしょう」
「護衛の交代の隙をついたと考えている。ベッドには切られた髪があってな。戸口から見るとただ寝ているように見えたんだ。しかし・・・」
「フレデリックさまはベッドまで近づいたんですね?」
顔が見たかった、とフレデリックは沈痛な面持ちで言う。
肩に乗る大きな手にミシェルは自分の手を重ねて、悲しげに微笑んだ。
「僕も一緒に探しましょう」
「いや、ミシェルはここにいてくれ」
頼んだよ、と部屋の隅に控える侍女に言い残しフレデリックはまた足音をたてて出て行った。
侍女は深く腰を折り扉が閉まるまで頭を上げなかった。
棟の中は騎士達が右往左往しながらリディアルを探していた。
その中を抜けてフレデリックが向かうのは二階の一番奥の部屋だ。
乱暴に扉を開けたその先には簡易は手枷を嵌められたレオンハルトがベッドに腰掛けていた。
「兄上!」
「どうした、血相を抱えて」
口の端だけをあげて皮肉たっぷりに笑うレオンハルトにフレデリックは掴みかかった。
「リディをどこへやった!?」
「おかしなことを言う。俺がそんなことできると思うか?」
手枷を目の前まで持ち上げたレオンハルトはあからさまに嫌な顔をした。
「いなくなったのか?」
射抜くような瞳にフレデリックはぐうと喉を鳴らし二の句が告げない代わりにドンと肩を押した。
それでレオンハルトの体が傾ぐこともない、ただひたりとフレデリックを見つめるだけだ。
「・・・今、探してる。リディのか弱い足ではそう遠くへは行けまい」
「それはおまえの知っているリディアルだろう?今のディアはあの頃とは違う」
「ッディアと呼ぶな!」
レオンハルトの胸倉を掴み、ギリギリと睨みつけるフレデリックを一人の騎士が間に入って止めた。
「殿下、今はリディの行方を探す方が先決です」
「・・・マルセル」
「レオンハルト殿下、あなただってリディが心配でしょう?リディがどこへ行ってしまったのか心当たりはありませんか?どうか、弟を・・・」
騎士でありリディアルの兄のマルセルはレオンハルトに向き直り、跪いて頭を下げた。
「俺は何度か王都に来たことがあるが、ディアは来たことがない。小さな町や村を転々としてきたからな」
「それでは、リディは右も左もわからないではありませんか・・・」
「あぁ、ただ街の中央に時計塔があるだろう?その話はしたことがある。あの時計塔は最上階まで登ることができるんだ。そこから見る街並みは圧巻でとても美しいと言ったことがある。ディアが知ってる場所はそこだけだろう」
「では、リディはそこに?」
「さぁ、ただあそこから落ちたら確実に命を落とすだろう」
そんなまさか、と跪いたマルセルが縋るようにレオンハルトの手を握りしめた。
それに呼応するようにくしゃりと歪めたレオンハルトの表情にフレデリックの顔から血の気が引いていく。
「マルセル!時計塔だ!」
行くぞ、と踵を返すフレデリックにマルセルは付き従いレオンハルトの部屋から出て行った。
取り残されたレオンハルトは耳を澄ませ、バタバタと遠ざかる足音を聞いてから立ち上がった。
コキコキと首を回し、軽くなった手首も回す。
「陽が落ちるな」
そう言ってレオンハルトは窓から飛び降りた。
柔い草の上を転がりいくつか建てられている棟のひとつに向かって駆け出した。
まだ終わらせない、胸にあるのはたったひとつその思いだけだった。
※次話はハル×ディア側のお話です
43
お気に入りに追加
574
あなたにおすすめの小説
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます
瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。
そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。
そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する
めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。
侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。
分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに
主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……?
思い出せない前世の死と
戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、
ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕!
.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚
HOTランキング入りしました😭🙌
♡もエールもありがとうございます…!!
※第1話からプチ改稿中
(内容ほとんど変わりませんが、
サブタイトルがついている話は改稿済みになります)
大変お待たせしました!連載再開いたします…!

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる