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第二章
お茶会
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どうしたらリディアルを逃がしてあげられるだろうか、ミシェルが考えるのはそのことだけだ。
自分自身には特別な力など無いに等しい、フレデリックの婚約者候補として随行しているだけでなにか権限があるわけではない。
今も外遊に向かったフレデリックの傍にはいけない。
レオンハルトの部屋は厳重に警備され、おいそれとは近づけない。
今はもう彼は重罪人なのだ。
被害者として保護されたリディアルもあの様子だと遅かれ早かれ同じく罪人になるだろう。
「ミシェル様、お茶の代わりをお持ちしましょうか?」
かけられた声に思いの底から顔をあげると湯気をたてていた茶がすっかり冷めてしまっていた。
せっかく淹れてくれたのにごめんね、と謝ろうと目に入れた侍女の姿は、丈の長いワンピースに髪はひっつめてシニヨンキャップに収められていた。
まじまじと目を丸くするミシェルに、ティーポットを持った侍女は不思議そうに首を傾げた。
ミシェルは急いでいた、フレデリックが帰る前に段取りをつけておかなければならない。
リディアルの部屋の前には護衛騎士がいるが、それを躱して部屋をノックする。
「ミシェル様?それに・・・?」
「フレデリックさまからリディアルさまの話し相手にと許可はもらっているから」
そんな許可はもらっていない、けれど今行かなければとミシェルは細く開けた扉から体を滑り込ませた。
「リディアルさま・・・」
リディアルは昨夜と変わらずベッドの上で身を起こして外を見ていた。
バルコニーには二羽の鳥が羽を休めている。
ミシェルが声をかけても振り向かない。
頑ななその姿に一瞬怯んだミシェルだったが、キュッと唇を噛んで歩みを進めた。
ドンとベッドに両手をつけるとリディアルの体が揺れる。
「リディアルさま!」
それでも振り向かないリディアルの肩を掴みミシェルは強引に振り向かせた。
頬に残る涙の後、充血した目、わなわなと震える唇を見てミシェルは息を飲んだ。
「リディアルさま、お茶にしましょう」
「・・・お茶?」
「ええ、そうです。温かいものを飲んでお腹を温めましょう」
そう言ってミシェルがパンと手を打つとワゴンを押した侍女が一人静々と入室してきた。
二人分のお茶にしては皿に盛られた多すぎる菓子と大きなティーポット。
「リディアルさま、僕は諦めません。あなたもきっとそうなのでしょう?」
でなければこんな涙の跡があるわけがない、ミシェルはそっとその頬を撫でて力強く頷いた。
部屋にふくよかな茶に匂いが満たされ、甘い菓子は皿からどんどんなくなっていく。
それをリディアルは呆気にとられ見ていることしかできなかった。
今後のことを話し終えたミシェルは侍女を伴い、リディアルの居室を後にした。
全てを聞き終えたリディアルは言葉もなかった。
「リディアル様はいかがでしたか?」
「うん、少し疲れたみたいだ。これからのことを思うとね、仕方のないことかもしれない」
護衛騎士はリディアルのことはよく知らないが、兄のマルセルのことは騎士仲間としてよく知った仲だ。
何度も見せてもらった絵姿は鈍色の髪を肩で切り揃えた美しい姿だった。
開いた扉から室内を窺い見るとすっかり色の抜けた白髪が枕にのっている。
「眠っておられるので?」
「えぇ、ゆっくり休ませてあげて」
痛ましい顔をした護衛騎士は黙礼をし、また背筋を伸ばして扉の前に陣取り、ミシェルは侍女を伴いゆっくりとその場を後にした。
早鐘を打つ心臓を落ち着かせ、自室に戻ったミシェルはふぅと大きく息を吐いた。
自分がどれほど大それたことをしたかよくわかっている。
けれど見過ごすわけにはいかない、自分自身の為にも芽生えた小さな命の為にも。
「ミシェル様・・・」
「ありがとう、君は何も見ていないし何もしていない。全ては僕がやったことだ。このことはどうか忘れてほしい」
「ですが・・・」
「いいかい?僕らは明日にはここを発つんだ。そうしたらもう無関係だ」
ミシェルはそう言うと上着に付けられたブローチを取り外した。
フレデリックの婚約者候補にあがった時に父から贈られたもの、ミシェルにとってはなんの思い入れもないものだ。
銀細工にアクアマリンが施されたそれは、売れば良い値がつくだろう。
ミシェルはそれを侍女に握らせて、もういいよと下がらせた。
侍女は戸惑いながらも一礼し、軽くなったワゴンを押して部屋を辞した。
「ここからが正念場だ」
脱いだ上着をクローゼットにしまい、ミシェルはその扉をパタンと閉めた。
自分自身には特別な力など無いに等しい、フレデリックの婚約者候補として随行しているだけでなにか権限があるわけではない。
今も外遊に向かったフレデリックの傍にはいけない。
レオンハルトの部屋は厳重に警備され、おいそれとは近づけない。
今はもう彼は重罪人なのだ。
被害者として保護されたリディアルもあの様子だと遅かれ早かれ同じく罪人になるだろう。
「ミシェル様、お茶の代わりをお持ちしましょうか?」
かけられた声に思いの底から顔をあげると湯気をたてていた茶がすっかり冷めてしまっていた。
せっかく淹れてくれたのにごめんね、と謝ろうと目に入れた侍女の姿は、丈の長いワンピースに髪はひっつめてシニヨンキャップに収められていた。
まじまじと目を丸くするミシェルに、ティーポットを持った侍女は不思議そうに首を傾げた。
ミシェルは急いでいた、フレデリックが帰る前に段取りをつけておかなければならない。
リディアルの部屋の前には護衛騎士がいるが、それを躱して部屋をノックする。
「ミシェル様?それに・・・?」
「フレデリックさまからリディアルさまの話し相手にと許可はもらっているから」
そんな許可はもらっていない、けれど今行かなければとミシェルは細く開けた扉から体を滑り込ませた。
「リディアルさま・・・」
リディアルは昨夜と変わらずベッドの上で身を起こして外を見ていた。
バルコニーには二羽の鳥が羽を休めている。
ミシェルが声をかけても振り向かない。
頑ななその姿に一瞬怯んだミシェルだったが、キュッと唇を噛んで歩みを進めた。
ドンとベッドに両手をつけるとリディアルの体が揺れる。
「リディアルさま!」
それでも振り向かないリディアルの肩を掴みミシェルは強引に振り向かせた。
頬に残る涙の後、充血した目、わなわなと震える唇を見てミシェルは息を飲んだ。
「リディアルさま、お茶にしましょう」
「・・・お茶?」
「ええ、そうです。温かいものを飲んでお腹を温めましょう」
そう言ってミシェルがパンと手を打つとワゴンを押した侍女が一人静々と入室してきた。
二人分のお茶にしては皿に盛られた多すぎる菓子と大きなティーポット。
「リディアルさま、僕は諦めません。あなたもきっとそうなのでしょう?」
でなければこんな涙の跡があるわけがない、ミシェルはそっとその頬を撫でて力強く頷いた。
部屋にふくよかな茶に匂いが満たされ、甘い菓子は皿からどんどんなくなっていく。
それをリディアルは呆気にとられ見ていることしかできなかった。
今後のことを話し終えたミシェルは侍女を伴い、リディアルの居室を後にした。
全てを聞き終えたリディアルは言葉もなかった。
「リディアル様はいかがでしたか?」
「うん、少し疲れたみたいだ。これからのことを思うとね、仕方のないことかもしれない」
護衛騎士はリディアルのことはよく知らないが、兄のマルセルのことは騎士仲間としてよく知った仲だ。
何度も見せてもらった絵姿は鈍色の髪を肩で切り揃えた美しい姿だった。
開いた扉から室内を窺い見るとすっかり色の抜けた白髪が枕にのっている。
「眠っておられるので?」
「えぇ、ゆっくり休ませてあげて」
痛ましい顔をした護衛騎士は黙礼をし、また背筋を伸ばして扉の前に陣取り、ミシェルは侍女を伴いゆっくりとその場を後にした。
早鐘を打つ心臓を落ち着かせ、自室に戻ったミシェルはふぅと大きく息を吐いた。
自分がどれほど大それたことをしたかよくわかっている。
けれど見過ごすわけにはいかない、自分自身の為にも芽生えた小さな命の為にも。
「ミシェル様・・・」
「ありがとう、君は何も見ていないし何もしていない。全ては僕がやったことだ。このことはどうか忘れてほしい」
「ですが・・・」
「いいかい?僕らは明日にはここを発つんだ。そうしたらもう無関係だ」
ミシェルはそう言うと上着に付けられたブローチを取り外した。
フレデリックの婚約者候補にあがった時に父から贈られたもの、ミシェルにとってはなんの思い入れもないものだ。
銀細工にアクアマリンが施されたそれは、売れば良い値がつくだろう。
ミシェルはそれを侍女に握らせて、もういいよと下がらせた。
侍女は戸惑いながらも一礼し、軽くなったワゴンを押して部屋を辞した。
「ここからが正念場だ」
脱いだ上着をクローゼットにしまい、ミシェルはその扉をパタンと閉めた。
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