ループ100回目の悪役令息は悪役王子と逃亡します

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
上 下
27 / 36
第二章

内緒話

しおりを挟む
アクセラ王国、王族居住区の反対側は国賓を招き饗し滞在する棟が建っている。
今回の降誕祭へはフレデリックとその父である国王陛下の二人が参加した。
正妃は我が子である第一王子を失ってから目に見えて衰え、公務に姿を現すこともなく枕から頭があがらないという。
それでも正妃の生国とあってフレデリック達は一棟を与えられた。
星さえも眠りにつく深い夜、その棟をひたひたと歩く者がいた。
目的の部屋の前には護衛騎士が不寝番をしていたが、こくりこくりと舟を漕いでいる。
よく効いてるな、とその者は騎士の守るその部屋にそっと忍びこんだ。

「・・・リディアルさま、起きてますか?」

カーテンも閉めない室内で月明かりに光る白髪が揺れる。
身を起こし外を見ていたようだ、振り返ったその顔にはほんの少しだけ驚きが滲んでいた。

「ミシェル様・・・どうされました?外には騎士がいるのでは?」

くすりと密やかにミシェルは笑い、唇に人差し指を乗せた。
そのままゆっくりとリディアルのベッドまで進み、側の椅子に腰掛けた。

「交代の騎士に眠り薬を少し・・・フレデリックさまが眠れない時に飲まれるものですので害のあるものではありません」

まぁ、と目を丸くするリディアルがなんだか可愛らしく見えてミシェルはまたくすくすと笑った。

「リディアルさまとお話がしたかったのです」
「そう、ですか・・・」
「リディアルさまは本当にこのままで良いと思ってるのですか?」

こてと首を傾いで曖昧に微笑むリディアル、小さな手のひらは腹の上に乗っていた。

「レオンハルト殿下は逃げてません」
「え?」
「別室に捕らわれてます」
「そんな・・・」
「逃げた、とそう言えばあなたがレオンハルト殿下に幻滅するとでも思ったのでしょう。けれどあなたは取り乱すこともなかった。なぜです?」

リディアルを見つめるミシェルの瞳は真剣で、いっそ悲痛さも感じさせた。

「愛しあっているのでしょう?でなければあんな大掛かりなことをしないと僕は思うのです。他に道はなかったのですか?何も言わず何もせずに逃げるのは卑怯だと・・・僕は、そう思う」

勢いのままに前のめりになったミシェルの言葉が徐々に萎んで、最後には消え入りそうな涙声になった。
膝の上で握りしめた拳が小さく震えて、それがぐいと目元を擦った。

「できることはしたんだよ」
「・・・え?」
「考えられるできることはね、したんだ。でも、なにをしても変わらなかった。行く道が変わるだけで行き着く先はどれも同じだったんだ」
「どういう・・・」
「ミシェル様、あなたは殿下をお慕いしているのでしょう?大丈夫、殿下もあなたを大切に想うようになります。二人は結ばれてきっと幸せになる」
「フレデリックさまの心にはまだ・・・」

いいえ、とリディアルは首を振って、ミシェルの手をとってそれに手を重ねた。
市井で雑事をしていたミシェルの荒れた手は今は滑らかで、そこにかさつき荒れたリディアルの手が撫でさする。

「これまでと違うことをしてしまったから、少し道が逸れているかもしれないけれどすぐに正しい道へと辿り着くはずです。だから、それまで殿下の傍にいてあげて?」
「なにを、おかしなことを・・・」
「そう私はね、もうとっくにおかしくなっているんだ。狂ってるんだよ、どうしようもなく」

ふふふと笑みながらリディアルはミシェルの手を撫で、青い顔をしたミシェルがその手を振り払うように引っ込めた。
月明かりに照らされ微笑むリディアルは壮絶なまでに美しく、まさに狂気に見えた。

「あ、明後日にはここを発ちます。本国へ帰ればなんらかのお咎めがあるでしょう。それでいいんですか?腹の子はどうするのです?」

びくりとリディアルの肩が揺れ、それまで浮かべていた笑みは途端に消え去りミシェルを睨めつけた。
ギリギリと歯ぎしりが聞こえそうなほどに唇を引き結び、ゆらりと立ち上がる。
逆行になって見えないはずなのにその瞳は爛々と輝いて、ミシェルに照準を合わせていた。
こんな筈ではなかった、とミシェルは思う。
腹の子を持ち出せば助けてくれと懇願されるものだと思っていた。
例えそう言われなくともミシェルはリディアルを助けるつもりであった。
それが自身の欲望に塗れたものであったとしても。


「・・・どうすると言ったか?私になにか選ぶ権利があると?今生はここまでだったという話だ。この次があるかもわからない。もしあったとてまたこの子が帰ってくるかどうかもわからない。帰ってきたとてそれがこの子と同じだとどう思える?お前になにがわかる?私からなにもかもを奪ったお前になにができると言うの?」

ゆらゆらとゆれる体、髪は白く輝き口から覗く舌は赤く、ゾッとするほど艶かしい。
あぁこの人は確かに気が触れている、ミシェルはゴクリと生唾を飲み込んだ。

「・・・に、にが、逃がしてあげます!レオンハルト殿下と一緒にっ、どこか、どこか遠くへ・・・僕は、それをっあなたに伝えたくて・・・」
「そんなことできるものか」

言葉と共にどうとリディアルは倒れた。
ギシリとベッドが嫌な音を立て、リディアルを受け止める。
再び月明かりに照らされたその頬には一筋の涙が伝い、目を閉じたリディアルは先程までの凄艶さはなりを潜め幼子のように見えた。
その頬に伝う雫をミシェルは拭う。

──リディアルさま、あなたは一体なにを背負っているのですか?

しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。 侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。 分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに 主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……? 思い出せない前世の死と 戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、 ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕! .。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ HOTランキング入りしました😭🙌 ♡もエールもありがとうございます…!! ※第1話からプチ改稿中 (内容ほとんど変わりませんが、 サブタイトルがついている話は改稿済みになります) 大変お待たせしました!連載再開いたします…!

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

処理中です...