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第二章
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閉じた扉に寄りかかってミシェルはじっと自分のつま先を見つめた。
フレデリックの婚約者であった侯爵家のリディアルを保護した、そう聞いた時は率直に生きていたのかと思った。
絵姿のリディアルは大層綺麗でフレデリックの心を捉えても仕方ないと思っていた。
けれど白磁の如き肌は小麦色に鈍色の髪は白く、その変わりように驚いた。
子が宿っていることにも気づいていなかった、だからあの達観した態度だったのかと納得はしたが何物にも頓着していないのは気にかかる。
コツコツと近づく足音に目をやればリディアルの兄だというマルセルの姿があった。
「ミシェル様、リディは・・・」
「どうぞ、お会いになってください」
ミシェルは礼をしてその場を離れ、その隣の部屋をノックする。
「フレデリックさま」
窓辺に佇みこちらを振り返ったフレデリックは、追い求めた人が見つかったというのに窶れた様相を隠しもしない。
ミシェル、名を呼ばれ傍に寄るとその胸の内に収められた。
「あれは、私のリディではない」
「だから、反逆者などと言ったのですか?」
「拐われたと思っていた、さぞや心細い思いをしているのだろうと思っていたのに・・・」
「違いましたか?」
「リディは私のことなんて見ていない。顔を合わせれば、会いたかったと泣いて縋ってくると・・・なのに子まで宿して、裏切られた思いだ」
それは今のあなたのようにですか、とミシェルは口にできなかった。
その大きな背中に手を回しポンポンと幼子をあやす様に慰める。
「ミシェル、お前は私を裏切ったりしないよな?」
「・・・いつでもフレデリックさまの傍にいます」
ミシェルはその胸に頬を擦り寄せ、自分のなすべきことに考えを巡らせる。
幻は幻のままで遠くにあることが相応しいのだから。
ミシェルが考えを巡らせていたその時、隣の部屋ではリディアルはマルセルと対面していた。
身を起こし顔を伏せるリディアルにマルセルは声をかける。
「リディ、よく顔を見せて」
ふるふると首を振ると髪が乱れ、それが一層リディアルの顔を隠した。
固く握りしめた拳を解くようにマルセルはその手を撫でた。
小麦色の肌、白くなった髪、手は荒れていた。
けれど決して不健康そうには見えない、それだけでマルセルはほっとした。
リディアルを探して探して、いよいよ駄目かと、いやきっとどこかにとその狭間で揺れた。
諦めないで良かった、心から思う。
降誕祭を控え街を見たいと言ったフレデリックの望みを叶えるため、護衛ルートの確認へ出た屋台であの絵を見た時の衝撃は今でも思い出せる。
小さなキャンパスに描かれた雑多な人々、ずっとずっと頭にあったのだ。
主役として描かれていたわけではない、それでも淡い緑の瞳に髪色は違えど間違えるはずがない。
「リディ、手荒な真似をして悪かった。俺が迎えに行ければ良かったんだが・・・」
それにもリディアルは首を振る、悪いのは兄ではない。
護衛騎士としてこの国へ、とミシェルは言っていた。
単独行動はできなかったのだろう、なんとしてでも取り戻そうと思えば多少手荒だったとしても仕方のないことだ。
悪いのは兄でも殿下でも誰でもない、自分とハルの二人だけだ。
「リディは拐われたのではなかったのか?いつからレオンハルト殿下と通じていた?腹の子は本当にレオンハルト殿下の子か?・・・俺たちには言えなかったのか?」
次々と繰り出される問いにふっとリディアルは笑った。
顔を上げて見ればいつもの兄の顔があり、その表情は困惑とと戸惑いに溢れている。
「マルセル兄様、迷惑をかけてごめんなさい」
「違う、リディにまた会えて嬉しいよ。迷惑なんてことあるもんか」
「いいえ、ローブラウン家にもなんらかの罰がくだされるかもしれません。どうぞ、何も知らなかったと訴えてください。これは僕とハルだけの咎なのです」
だから何も聞かないで、とリディアルは目で訴えた。
「そんなことはできない、できるわけない。家族なんだから、たった一人の弟なんだから」
「僕は家族を捨てたの。だから、マルセル兄様も僕を捨てて」
リディアルの目からはらはらと涙が零れ落ちる。
お願い捨てて、と掠れた声はマルセルの胸に落ちた。
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜながら、小さな弟を抱きしめる。
「可愛い弟のお願いでもそれだけはできない」
「・・・マルセル兄様は、ほんとに、馬鹿ですね」
ひっくひっくと喉が鳴って泣き止むことのできないリディアルを、マルセルはいつまでも抱きしめ続けた。
「可愛いリディ、家族みんながお前のことを愛しているよ。だけど、リディはレオンハルト殿下を愛しているんだね?」
「・・・薄情な弟だと罵ってもらってもかまわない、僕にはハルだけなの。ハルだけを愛してる」
「じゃあ、兄様に任せて。リディの幸せが俺たちの望みだ」
頬を包まれぐいと親指で涙を拭う、力強くも優しい手にリディアルはやっぱり涙をとめることができなかった。
フレデリックの婚約者であった侯爵家のリディアルを保護した、そう聞いた時は率直に生きていたのかと思った。
絵姿のリディアルは大層綺麗でフレデリックの心を捉えても仕方ないと思っていた。
けれど白磁の如き肌は小麦色に鈍色の髪は白く、その変わりように驚いた。
子が宿っていることにも気づいていなかった、だからあの達観した態度だったのかと納得はしたが何物にも頓着していないのは気にかかる。
コツコツと近づく足音に目をやればリディアルの兄だというマルセルの姿があった。
「ミシェル様、リディは・・・」
「どうぞ、お会いになってください」
ミシェルは礼をしてその場を離れ、その隣の部屋をノックする。
「フレデリックさま」
窓辺に佇みこちらを振り返ったフレデリックは、追い求めた人が見つかったというのに窶れた様相を隠しもしない。
ミシェル、名を呼ばれ傍に寄るとその胸の内に収められた。
「あれは、私のリディではない」
「だから、反逆者などと言ったのですか?」
「拐われたと思っていた、さぞや心細い思いをしているのだろうと思っていたのに・・・」
「違いましたか?」
「リディは私のことなんて見ていない。顔を合わせれば、会いたかったと泣いて縋ってくると・・・なのに子まで宿して、裏切られた思いだ」
それは今のあなたのようにですか、とミシェルは口にできなかった。
その大きな背中に手を回しポンポンと幼子をあやす様に慰める。
「ミシェル、お前は私を裏切ったりしないよな?」
「・・・いつでもフレデリックさまの傍にいます」
ミシェルはその胸に頬を擦り寄せ、自分のなすべきことに考えを巡らせる。
幻は幻のままで遠くにあることが相応しいのだから。
ミシェルが考えを巡らせていたその時、隣の部屋ではリディアルはマルセルと対面していた。
身を起こし顔を伏せるリディアルにマルセルは声をかける。
「リディ、よく顔を見せて」
ふるふると首を振ると髪が乱れ、それが一層リディアルの顔を隠した。
固く握りしめた拳を解くようにマルセルはその手を撫でた。
小麦色の肌、白くなった髪、手は荒れていた。
けれど決して不健康そうには見えない、それだけでマルセルはほっとした。
リディアルを探して探して、いよいよ駄目かと、いやきっとどこかにとその狭間で揺れた。
諦めないで良かった、心から思う。
降誕祭を控え街を見たいと言ったフレデリックの望みを叶えるため、護衛ルートの確認へ出た屋台であの絵を見た時の衝撃は今でも思い出せる。
小さなキャンパスに描かれた雑多な人々、ずっとずっと頭にあったのだ。
主役として描かれていたわけではない、それでも淡い緑の瞳に髪色は違えど間違えるはずがない。
「リディ、手荒な真似をして悪かった。俺が迎えに行ければ良かったんだが・・・」
それにもリディアルは首を振る、悪いのは兄ではない。
護衛騎士としてこの国へ、とミシェルは言っていた。
単独行動はできなかったのだろう、なんとしてでも取り戻そうと思えば多少手荒だったとしても仕方のないことだ。
悪いのは兄でも殿下でも誰でもない、自分とハルの二人だけだ。
「リディは拐われたのではなかったのか?いつからレオンハルト殿下と通じていた?腹の子は本当にレオンハルト殿下の子か?・・・俺たちには言えなかったのか?」
次々と繰り出される問いにふっとリディアルは笑った。
顔を上げて見ればいつもの兄の顔があり、その表情は困惑とと戸惑いに溢れている。
「マルセル兄様、迷惑をかけてごめんなさい」
「違う、リディにまた会えて嬉しいよ。迷惑なんてことあるもんか」
「いいえ、ローブラウン家にもなんらかの罰がくだされるかもしれません。どうぞ、何も知らなかったと訴えてください。これは僕とハルだけの咎なのです」
だから何も聞かないで、とリディアルは目で訴えた。
「そんなことはできない、できるわけない。家族なんだから、たった一人の弟なんだから」
「僕は家族を捨てたの。だから、マルセル兄様も僕を捨てて」
リディアルの目からはらはらと涙が零れ落ちる。
お願い捨てて、と掠れた声はマルセルの胸に落ちた。
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜながら、小さな弟を抱きしめる。
「可愛い弟のお願いでもそれだけはできない」
「・・・マルセル兄様は、ほんとに、馬鹿ですね」
ひっくひっくと喉が鳴って泣き止むことのできないリディアルを、マルセルはいつまでも抱きしめ続けた。
「可愛いリディ、家族みんながお前のことを愛しているよ。だけど、リディはレオンハルト殿下を愛しているんだね?」
「・・・薄情な弟だと罵ってもらってもかまわない、僕にはハルだけなの。ハルだけを愛してる」
「じゃあ、兄様に任せて。リディの幸せが俺たちの望みだ」
頬を包まれぐいと親指で涙を拭う、力強くも優しい手にリディアルはやっぱり涙をとめることができなかった。
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