ループ100回目の悪役令息は悪役王子と逃亡します

谷絵 ちぐり

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第二章

行方知れず

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その夜、リディアルは赤く燃える空を自室から見ていた。
闇夜の向こうに赤く染まる空は、どこか夕焼けにも似ている。
炎に照らされたラナンキュラスはきっと美しいに違いない。

「ッリディアル!!」

血の気を失った父の顔、その向こうの兄も表情を無くしていた。

未明に起きた火事は第一王子殿下の離宮を消失させた。
火元は第一王子殿下の寝室のランプの油が引火し、それが燃え広がったのではと考えられている。
けれど、どうしてそんな時間にランプが灯されていたのかは知る由もない。
第一王子殿下の寝台では黒焦げになった人型があり、場所が場所だけに第一王子殿下だと断定された。
深夜だったため使用人たちは全て下がっており、警備の護衛が軽傷を負っただけで済んだ。

「リディ・・・」
「お辛いでしょう、殿下」

小さく嗚咽を漏らしながら涙を流す殿下をリディアルは慰める。
大きな体を縮こまらせ、リディアルの肩口は濡れていく。
第一王子殿下の訃報に国中が悲しみにくれた。
王族として殿下は毅然とした態度で葬送の儀に参列、全ての儀式を終わらせた今はリディアルの胸で泣いている。
正妃と側室の子といえど歳の近い彼らには、彼らにしかわからないなにかがあったのかもしれない。
いずれ国王になる兄を護ると言っていた希望に満ちた瞳は嘘ではなかった。

「リディ、これからも私を支えてくれるかい?」
「殿下なら大丈夫、きっと大丈夫ですよ」

リディアルは震える背中を優しく撫でてやった。

国中が喪に服した一月を超え、延期になった入学式典を間近に控えたある日リディアルは姿を消した。
王配教育の始まるその日、リディアルを乗せた馬車がふつりとその消息を絶ったのだ。
教育に訪れるはずのリディアルがいつまでたっても来ない、と王城より使者が訪れたことにより事が発覚。
その時点でリディアルが侯爵家を出た時からかなりの時間が経っていた。
侯爵家の紋章入りの馬車は目立つはずなのに見つからず、しばらくしてから馬房にて縄で縛られた半裸の御者と馬丁が発見された。
二人とも背後から襲われ犯人は見ていないという。
馬車に乗り込むリディアルを、両親に兄、トーニャや家令が見ている。

「行ってまいります」

陽の光に淡く輝く鈍色の髪を揺らしてリディアルは笑う。
馬車にはもちろんお仕着せを着た御者が馬の手綱を握っていた。
犯人は目の前にいた、だがその顔を誰も見ていなかった。




婚約者を失ったフレデリックは嘆き悲しみ、騎士団に憲兵と使えるものはなんでも使いリディアルを捜索した。
だがその行方はようとして知れず、時間が経つにつれ絶望の色が見え始めた。
この頃になると悲しみにくれるフレデリックを、巻き毛が印象的な彼が慰める様が見受けられるようになる。
リディアルの捜索は徐々に縮小され、本人不在のまま婚約は解消された。
解消と共に王家からの捜索は打ち切られたが、諦めきれない侯爵家はいつまでもリディアルを探し続けた。

「騎士様、また来たの?」

貧民街の一角、すべてが灰色に覆われたようなその場所にそぐわない騎士隊服の男は、人を探していると三日に一度は足を運んでいた。
ローブラウン侯爵家次男のマルセルは騎士団に従事つつも、時間を見つけては弟を探している。
煙のように消えてしまった弟、両親は憔悴し兄はそんな両親を支えながら侯爵家当主代理として家業を回していた。
侯爵家の馬車はここ貧民街にあった、といっても見つけた時にはもう馬車の体をなしていなかった。
馬は盗まれ車輪も中の座席も外されて、あと一歩見つけ出すのが遅ければ壊されていただろう。
リディアルの絵姿片手に方々を歩いて探す日々。
あっちで見た、こっちで見た、小銭欲しさに貧民街の面々は嘘ばかりつく。
それでもここに馬車があったのなら、リディアルはここにいたはずだとマルセルは貧民街に足を運ぶのだ。

「なにかおかしな素振りの男はいなかったか?妙にコソコソしていたとか」
「ここらじゃそんな奴うじゃうじゃいるよ」

マルセルに声をかけた女は生まれも育ちもここ貧民街。
貧民街じゃ人が消えるなんてしょっちゅうあることだ、珍しいことでもなんでもない。
例え自分が明日消えたとしても誰も探してはくれないだろう。
探してくれる人がいるなんて羨ましい、それはすなわち必要とされているからだ。
こんな掃き溜めにいる奴らは誰からも必要とされていない。

「何か思い出したら教えてくれ」

そう言って踵を返して背中を見せる男、伸ばした背筋も整えられた髪もこことはなにもかもが違う男。
だから女はなにも言わない、教えない。
あの馬車の馬を盗んだ二人組を見たことを。
フードの下から覗いた髪の色が鈍色だったことを。
言わなければあの男はまたここへやってくる。
女はそれだけを楽しみに今日もまた街角で春を売るのだ。
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