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第二章
新たなはじまり
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ふと意識が浮上すると見慣れた天井だった。
視線だけを動かして確認する、間違いなく侯爵家の自室だ。
サイドテーブルに花はない。
「リディアル様、おはようございます」
「おはよう、トーニャ」
「どうされました?」
身を起こし、無意識に脇腹を撫でていたようだ。
当然だが痛みもない、きっと傷もないんだろう。
かつて傷つけようとしたミシェルに自分が傷つけられた。
自分がミシェルを変えてしまったのだ。
これまでにないことが起こったせいでもう戻ることはない、そう思っていたのにやはり戻ってしまった。
「リディアル様?」
覆った顔をあげるとトーニャが紅茶片手に不思議そうな顔をしていた。
「モーニングティー、召し上がりませんか?」
「いや、もらうよ。ありがとう」
たっぷりミルクの入ったミルクティーはまろやかで、じわりと胃を温めた。
ベッドヘッドにもたれかかって目を閉じて、これから為すべきことを考える。
考えたところで記憶なんてあてにならないことはもうよくわかっているのに。
「トーニャ、サイドテーブルには花を活けておいて」
「かしこまりました」
目が覚めましたか?カップを受け取りながらトーニャが言う。
あぁ目が覚めたよ、とても清々しい気持ちだ。
何度も何度も繰り返し訪れた離宮の殿下の庭へ赴く。
ラナンキュラスはまた咲き誇っているだろうか。
「参られるまでお待ちください」
ここまでは変わらない、ハルもまだ戻っていない。
前回の過ちがなんだったのかはわからない、わからないけれどたったひとつだけ言えることがある。
「リディ」
ふと顔をあげた先にある笑みを浮かべた殿下の顔、リディアルはふわりと微笑んだ。
こんなに晴れやかに、平らかな気持ちで殿下に会えるなんて思ってもみなかった。
「殿下におかれましては本日もご機嫌麗しくお目にかかれましたこと至極光栄にございます」
「リディは今日も美しい」
「ふふ、ありがとうございます」
殿下に会ってもなにも感じない、潰えた恋心をそのまま持って戻ってきた。
殿下の瞳を見ても、殿下に優しく声をかけられても全ては絵空事のようだ。
舞台を演じる役者のようにリディアルはその日の茶会を終えた。
去っていく殿下の背中ではなく、ハルの庭のラナンキュラスを眺める。
そこに現れた人影、これまでになかった出来事。
「・・・ハル?」
ラナンキュラスを背に左耳に触れるハルは眩しそうに目を細め、王城へと歩みを進めた。
「リディアル様、如何されました?」
「あ、あぁ、今日は書庫へ寄って帰るよ」
「かしこまりました」
侍従に案内されながらも全身の血が駆け巡り、それを追い越して行きたいと気持ちが逸った。
書庫はこれまでと変わりなくそこにあり、静謐な空気で満たされた中を足を進める。
たらりとこめかみに浮いた汗の意味はわからない、体が熱をもち早く早くと急いていた。
「ハル?」
初めて会った書架の前あの日と同じようにそこに佇む人は、あの日と違って笑んでいた。
「ディア、おいで」
広げられた腕に飛び込んでその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「どうして?ハルが戻るのはまだもう少し先のはず・・・」
「そうなんだ、俺も目が覚めて驚いたよ」
「では、今日?」
「あぁ、今日ディアがフレッドと茶会をすると前に言っていただろう?隠れて見てた」
見上げたその顔には悪戯が成功したような表情で笑うハルがいて、リディアルもクスリと笑いを零してしまう。
ディア?と頬に手が伸びて瞳を覗き込まれて、リディアルは緩く首を振った。
「なにも感じない」
「あぁ」
「ハルを想ってる」
「俺も、ディアだけを想ってる」
今生で初めて交わした口づけは、それでもずっと前から知っている唇でその甘さに酔いしれた。
かつて語り合った書庫の隅でただ寄り添いあって、その胸に体を預ける。
また会えたことの喜び、また戻ってしまったことへの落胆、あのまま二人で終わってしまっても良かったのだ。
「この先の未来をディアと共にいられるのであれば、俺は死神に魂を売ってもかまわない」
「・・・ハル?」
「ディア、学院の入学前に逃げよう」
リディアルを見つめるハルの瞳は真剣だった。
元々の計画では大夜会で二人して姿をくらますことだった。
その頃になれば殿下とミシェルは通じ合い、リディアルが邪魔になるのだから。
「ディア、俺は近い未来死ぬことになる」
「え、そんな、なにを言って・・・」
「ディアは家族を捨てることができる?」
そんな決意はとっくにしている、しているから逃げようとハルと画策してきたのだから。
「ハルと一緒ならばどこへだって」
この日、新しい人生が幕を開けたのだ。
視線だけを動かして確認する、間違いなく侯爵家の自室だ。
サイドテーブルに花はない。
「リディアル様、おはようございます」
「おはよう、トーニャ」
「どうされました?」
身を起こし、無意識に脇腹を撫でていたようだ。
当然だが痛みもない、きっと傷もないんだろう。
かつて傷つけようとしたミシェルに自分が傷つけられた。
自分がミシェルを変えてしまったのだ。
これまでにないことが起こったせいでもう戻ることはない、そう思っていたのにやはり戻ってしまった。
「リディアル様?」
覆った顔をあげるとトーニャが紅茶片手に不思議そうな顔をしていた。
「モーニングティー、召し上がりませんか?」
「いや、もらうよ。ありがとう」
たっぷりミルクの入ったミルクティーはまろやかで、じわりと胃を温めた。
ベッドヘッドにもたれかかって目を閉じて、これから為すべきことを考える。
考えたところで記憶なんてあてにならないことはもうよくわかっているのに。
「トーニャ、サイドテーブルには花を活けておいて」
「かしこまりました」
目が覚めましたか?カップを受け取りながらトーニャが言う。
あぁ目が覚めたよ、とても清々しい気持ちだ。
何度も何度も繰り返し訪れた離宮の殿下の庭へ赴く。
ラナンキュラスはまた咲き誇っているだろうか。
「参られるまでお待ちください」
ここまでは変わらない、ハルもまだ戻っていない。
前回の過ちがなんだったのかはわからない、わからないけれどたったひとつだけ言えることがある。
「リディ」
ふと顔をあげた先にある笑みを浮かべた殿下の顔、リディアルはふわりと微笑んだ。
こんなに晴れやかに、平らかな気持ちで殿下に会えるなんて思ってもみなかった。
「殿下におかれましては本日もご機嫌麗しくお目にかかれましたこと至極光栄にございます」
「リディは今日も美しい」
「ふふ、ありがとうございます」
殿下に会ってもなにも感じない、潰えた恋心をそのまま持って戻ってきた。
殿下の瞳を見ても、殿下に優しく声をかけられても全ては絵空事のようだ。
舞台を演じる役者のようにリディアルはその日の茶会を終えた。
去っていく殿下の背中ではなく、ハルの庭のラナンキュラスを眺める。
そこに現れた人影、これまでになかった出来事。
「・・・ハル?」
ラナンキュラスを背に左耳に触れるハルは眩しそうに目を細め、王城へと歩みを進めた。
「リディアル様、如何されました?」
「あ、あぁ、今日は書庫へ寄って帰るよ」
「かしこまりました」
侍従に案内されながらも全身の血が駆け巡り、それを追い越して行きたいと気持ちが逸った。
書庫はこれまでと変わりなくそこにあり、静謐な空気で満たされた中を足を進める。
たらりとこめかみに浮いた汗の意味はわからない、体が熱をもち早く早くと急いていた。
「ハル?」
初めて会った書架の前あの日と同じようにそこに佇む人は、あの日と違って笑んでいた。
「ディア、おいで」
広げられた腕に飛び込んでその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「どうして?ハルが戻るのはまだもう少し先のはず・・・」
「そうなんだ、俺も目が覚めて驚いたよ」
「では、今日?」
「あぁ、今日ディアがフレッドと茶会をすると前に言っていただろう?隠れて見てた」
見上げたその顔には悪戯が成功したような表情で笑うハルがいて、リディアルもクスリと笑いを零してしまう。
ディア?と頬に手が伸びて瞳を覗き込まれて、リディアルは緩く首を振った。
「なにも感じない」
「あぁ」
「ハルを想ってる」
「俺も、ディアだけを想ってる」
今生で初めて交わした口づけは、それでもずっと前から知っている唇でその甘さに酔いしれた。
かつて語り合った書庫の隅でただ寄り添いあって、その胸に体を預ける。
また会えたことの喜び、また戻ってしまったことへの落胆、あのまま二人で終わってしまっても良かったのだ。
「この先の未来をディアと共にいられるのであれば、俺は死神に魂を売ってもかまわない」
「・・・ハル?」
「ディア、学院の入学前に逃げよう」
リディアルを見つめるハルの瞳は真剣だった。
元々の計画では大夜会で二人して姿をくらますことだった。
その頃になれば殿下とミシェルは通じ合い、リディアルが邪魔になるのだから。
「ディア、俺は近い未来死ぬことになる」
「え、そんな、なにを言って・・・」
「ディアは家族を捨てることができる?」
そんな決意はとっくにしている、しているから逃げようとハルと画策してきたのだから。
「ハルと一緒ならばどこへだって」
この日、新しい人生が幕を開けたのだ。
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