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二人で
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そよぐ風もない暗がりの中、瞬く星の光は地上までは届かず細い月は朧だった。
浮かび上がるフレデリックの黄金の髪が乱れているのは駆けてきたからに違いない。
「リディアルさま!」
はぁはぁと荒い息のミシェルの目には涙を浮かび、どうして?と呟いた。
「リディ?兄上になにか吹き込まれたのか?」
「・・・違います」
「違わないだろう?リディらしくない」
さぁおいで、と伸ばされた手にハルがリディアルを隠すように抱きしめた。
その手にその胸にリディアルも全てを委ねるように顔を埋める。
やはりミシェルの相手をするべきではなかった、とフレデリックは後悔した。
油断したのだ、今夜はリディアルが笑ってくれたから。
リディアルのための贈り物で飾り立て、この日を楽しみにしていたと愛らしい笑みを見せてくれた。
あぁリディアルが戻ってきたと思った、出会った頃のあのリディアルに。
自分のことを愛しいと見つめてきていたリディアルを取り戻せた。
ミシェルを気にかける心根の優しさに心を打たれた。
それがどうだ、結局はリディアルと兄の手のひらの上というわけだったのか。
「あれ?リディアルさま?」
「ミシェル、余所見をするな。習ったとおりにステップを踏め」
「でも、今・・・」
「なんだ」
「リディアルさまが裏手に・・・」
下手くそなステップを踏みながら言うミシェルに肝が冷えた。
ついさっきまではこちらをじっと見ていたのに、と。
その時に目の端に映ったのだ、漆黒の髪が。
──お慕いしていたのです
蘇るリディアルの言葉にミシェルを放り出して駆け出していた。
突然の振る舞いにミシェルは尻もちをつき、何組かの踊りが止まった。
ざわめく中を掻き分けたどり着いた先、兄に抱えられたリディアルを見た時には心が打ち砕かれた気がした。
「兄上、酷いではありませんか。リディアルは私の婚約者です。いくら兄上とて許されることではない」
「リディアルさま、どうしてですか!?なにが気に入らないの?フレデリックさまはリディアルさまを愛しているのに!」
それをお前が言うのかミシェル、リディアルの体が小さく震えそれを宥めるように撫でる手が愛しいと思う。
「僕は、こんな僕でも傍に置いてくれたリディアルさまを優しいって・・・それに、ずっと見てたからわかるんだ。フレデリックさまはいつもいつでもリディアルさまを愛おしそうに見ていた。なのに、どうして今あなたはそこから動かないの!?僕なら・・・」
「ミシェル、もう遅いんだ」
「え?なに・・・」
小さく首を振るリディアルを見て、ぽろぽろと涙を零すミシェルが瞠目しフレデリックの眉がぴくりと動いた。
「なにが遅いんだ」
「殿下、何もかもが今更なのです。私は殿下を信用することができない」
「なにを言ってる?」
「殿下にとってはきっと一度目なのでしょう。けれど、問題はそこではないのです。この先どんな殿下に出会ったとて私はもう貴方を愛することはできない」
「嘘だ!」
言わされてるんだろう?そうだろう?フレデリックの相貌が歪み、ぶつかった視線はギシギシと不快な音を立てた。
「フレッド、諦めてくれ」
「兄上、どうして兄上が?リディは私のものだ」
「違う、ディアは俺を選んだんだ」
「そんなの許せるわけがない!」
「許さなくてかまわない。許してもらおうとも思っていない」
ハルは腕に抱いた鈍色の髪を撫で、そしてそれに静かに口づけた。
「フレッド、君は何度も何度もディアを蔑ろにしたんだ。ディアへ向ける愛などない、真実の愛を見つけた、と」
「私はそんなことは言っていない」
「そうだな、今のお前は言っていないな」
「けれど、私はそう言う殿下を何度も何度も見てきたのです」
「二人して、なにを言っている?」
歪んだ顔はそのままに訝しげな視線を送るフレデリックにリディアルは微かな笑みを見せた。
「わからなくてもいいのです、殿下。私にはもうわかりあえる人がいますので」
愛しげに見つめる先、同じ視線でもって見つめ合うのはフレデリックではなくハルだった。
辛うじて保っていたフレデリックの理性の糸がぶつりと切れた時、それは起こった。
「あっ・・・」
ドンという鈍い音と、リディアルの口から零れた小さな声。
「リディアルさま、どうしてフレデリックさまを苦しめるの?僕は、僕だったらフレデリックさまを愛することができるのに」
「ミシェル・・・」
拭うこともなく流れるままのミシェルの涙をリディアルは指先でそっと払う。
リディアルの脇腹には小型ナイフが深々と刺さっていた。
ミシェルが故郷から持ち出したそれ、ミシェルにとってお守りのような相棒のような大事なもの。
「ミシェル、君はなにもしていない。いいね?殿下を頼んだよ」
そう言ってリディアルはナイフを一息に抜いた、どくどくととめどなく溢れる赤に馬たちが怯え鼻を鳴らす。
ぺたりとへたりこんだミシェルは大きく体を震わし、あ、あ、と声にならない声をあげていた。
「ハル、ここまでみたい」
「あぁ、俺もすぐにいくから」
支えるハルの手は真っ赤に染まり、ガクリと力を失ったリディアルと共に跪いた。
かき抱いたリディアルの髪が肩が頬が赤く染まっていく。
失われていく顔色にハルは深く長く口づけた。
「な、なんなんだ・・・これは、リディ、兄上ッ」
今にも愛する人が命を落としそうだというのにどうして兄は落ち着いていられる?
どうしてリディアルは簡単に死を受け入れようとしている?
「・・・こんな、こんなのは間違ってる、リディを助けないと、、今ならまだ間に合うはずだ、兄上ッ」
「フレッド、すまないな」
そう言うと胸ポケットから取り出した小瓶の中身をハルは一気に呷り、リディアルに口づけた。
ごぼりとどちらとも言えない鮮血が口から溢れ、それはリディアルとハルを汚しその目を閉じさせた。
フレデリックの獣のような咆哮が響き渡り、驚いた馬が嘶きハルが手綱を切った馬は暴れ出し逃げていく。
ミシェルは血に染った手をいつまでも震わせ、フレデリックは声が枯れるまで叫び続けた。
浮かび上がるフレデリックの黄金の髪が乱れているのは駆けてきたからに違いない。
「リディアルさま!」
はぁはぁと荒い息のミシェルの目には涙を浮かび、どうして?と呟いた。
「リディ?兄上になにか吹き込まれたのか?」
「・・・違います」
「違わないだろう?リディらしくない」
さぁおいで、と伸ばされた手にハルがリディアルを隠すように抱きしめた。
その手にその胸にリディアルも全てを委ねるように顔を埋める。
やはりミシェルの相手をするべきではなかった、とフレデリックは後悔した。
油断したのだ、今夜はリディアルが笑ってくれたから。
リディアルのための贈り物で飾り立て、この日を楽しみにしていたと愛らしい笑みを見せてくれた。
あぁリディアルが戻ってきたと思った、出会った頃のあのリディアルに。
自分のことを愛しいと見つめてきていたリディアルを取り戻せた。
ミシェルを気にかける心根の優しさに心を打たれた。
それがどうだ、結局はリディアルと兄の手のひらの上というわけだったのか。
「あれ?リディアルさま?」
「ミシェル、余所見をするな。習ったとおりにステップを踏め」
「でも、今・・・」
「なんだ」
「リディアルさまが裏手に・・・」
下手くそなステップを踏みながら言うミシェルに肝が冷えた。
ついさっきまではこちらをじっと見ていたのに、と。
その時に目の端に映ったのだ、漆黒の髪が。
──お慕いしていたのです
蘇るリディアルの言葉にミシェルを放り出して駆け出していた。
突然の振る舞いにミシェルは尻もちをつき、何組かの踊りが止まった。
ざわめく中を掻き分けたどり着いた先、兄に抱えられたリディアルを見た時には心が打ち砕かれた気がした。
「兄上、酷いではありませんか。リディアルは私の婚約者です。いくら兄上とて許されることではない」
「リディアルさま、どうしてですか!?なにが気に入らないの?フレデリックさまはリディアルさまを愛しているのに!」
それをお前が言うのかミシェル、リディアルの体が小さく震えそれを宥めるように撫でる手が愛しいと思う。
「僕は、こんな僕でも傍に置いてくれたリディアルさまを優しいって・・・それに、ずっと見てたからわかるんだ。フレデリックさまはいつもいつでもリディアルさまを愛おしそうに見ていた。なのに、どうして今あなたはそこから動かないの!?僕なら・・・」
「ミシェル、もう遅いんだ」
「え?なに・・・」
小さく首を振るリディアルを見て、ぽろぽろと涙を零すミシェルが瞠目しフレデリックの眉がぴくりと動いた。
「なにが遅いんだ」
「殿下、何もかもが今更なのです。私は殿下を信用することができない」
「なにを言ってる?」
「殿下にとってはきっと一度目なのでしょう。けれど、問題はそこではないのです。この先どんな殿下に出会ったとて私はもう貴方を愛することはできない」
「嘘だ!」
言わされてるんだろう?そうだろう?フレデリックの相貌が歪み、ぶつかった視線はギシギシと不快な音を立てた。
「フレッド、諦めてくれ」
「兄上、どうして兄上が?リディは私のものだ」
「違う、ディアは俺を選んだんだ」
「そんなの許せるわけがない!」
「許さなくてかまわない。許してもらおうとも思っていない」
ハルは腕に抱いた鈍色の髪を撫で、そしてそれに静かに口づけた。
「フレッド、君は何度も何度もディアを蔑ろにしたんだ。ディアへ向ける愛などない、真実の愛を見つけた、と」
「私はそんなことは言っていない」
「そうだな、今のお前は言っていないな」
「けれど、私はそう言う殿下を何度も何度も見てきたのです」
「二人して、なにを言っている?」
歪んだ顔はそのままに訝しげな視線を送るフレデリックにリディアルは微かな笑みを見せた。
「わからなくてもいいのです、殿下。私にはもうわかりあえる人がいますので」
愛しげに見つめる先、同じ視線でもって見つめ合うのはフレデリックではなくハルだった。
辛うじて保っていたフレデリックの理性の糸がぶつりと切れた時、それは起こった。
「あっ・・・」
ドンという鈍い音と、リディアルの口から零れた小さな声。
「リディアルさま、どうしてフレデリックさまを苦しめるの?僕は、僕だったらフレデリックさまを愛することができるのに」
「ミシェル・・・」
拭うこともなく流れるままのミシェルの涙をリディアルは指先でそっと払う。
リディアルの脇腹には小型ナイフが深々と刺さっていた。
ミシェルが故郷から持ち出したそれ、ミシェルにとってお守りのような相棒のような大事なもの。
「ミシェル、君はなにもしていない。いいね?殿下を頼んだよ」
そう言ってリディアルはナイフを一息に抜いた、どくどくととめどなく溢れる赤に馬たちが怯え鼻を鳴らす。
ぺたりとへたりこんだミシェルは大きく体を震わし、あ、あ、と声にならない声をあげていた。
「ハル、ここまでみたい」
「あぁ、俺もすぐにいくから」
支えるハルの手は真っ赤に染まり、ガクリと力を失ったリディアルと共に跪いた。
かき抱いたリディアルの髪が肩が頬が赤く染まっていく。
失われていく顔色にハルは深く長く口づけた。
「な、なんなんだ・・・これは、リディ、兄上ッ」
今にも愛する人が命を落としそうだというのにどうして兄は落ち着いていられる?
どうしてリディアルは簡単に死を受け入れようとしている?
「・・・こんな、こんなのは間違ってる、リディを助けないと、、今ならまだ間に合うはずだ、兄上ッ」
「フレッド、すまないな」
そう言うと胸ポケットから取り出した小瓶の中身をハルは一気に呷り、リディアルに口づけた。
ごぼりとどちらとも言えない鮮血が口から溢れ、それはリディアルとハルを汚しその目を閉じさせた。
フレデリックの獣のような咆哮が響き渡り、驚いた馬が嘶きハルが手綱を切った馬は暴れ出し逃げていく。
ミシェルは血に染った手をいつまでも震わせ、フレデリックは声が枯れるまで叫び続けた。
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