ループ100回目の悪役令息は悪役王子と逃亡します

谷絵 ちぐり

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親睦会

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片側だけ複雑に編み込まれた髪、そこに光るのはアメジストの髪飾り。
小さなアメジストが寄り集まった豪華なそれは、この日の為に殿下から贈られたものだった。

「よくお似合いです。さすが、殿下ですね」
「ありがとう、トーニャ」
「殿下はまたひとつリディアル様に御心を寄せてしまうのではないかしら」

鏡の中のトーニャは困ったような顔を作ろうとして結局はふふっと笑った。
藍色の衣装にもアメジストと金があしらわれたブローチをつけて、唇にはほんの少しだけ紅を差した。

「本当にお美しい」
「トーニャはそればっかり」

ふふふと笑い合う、トーニャはどんな時でもでも包み込むような笑みで支えてくれた。
目覚めた時に最初に目に入る顔がトーニャで良かった。

「トーニャ、本当にありがとう」

くるりと目を回したトーニャは、なんですか改まってとまたふふふと笑った。


わかっていたことだけれど、殿下は親睦会へのエスコートのために我が家へ訪れた。
殿下の自分への執着めいたものが愛だとするならば、恋心が潰えた今そんなものは要らない。
けれどそれを受け入れるフリならばいくらでもできる。
心にいつもハルだけを思い浮かべて幸せそうな笑顔を見せるだけでいい。
そんなリディアルを両親も長兄も喜び、楽しんでおいでと堪えきれないというように嬉しい笑みを顔に浮かべていた。

「行ってまいります」

晴れやかに笑う、もしかしたらこれが今生の別れではないかもしれない。
それでも、そんなことは誰にもわからない。
いつだって事が起こった後に気づくのだから。
だから、笑った顔だけ覚えていてほしい。

「リディ、なんだかご機嫌だね?」
「えぇ、今日のこの日を楽しみにしてきたのです」
「なぜ、と聞いても?」
「まぁ、殿下は私と踊ってくださらないので?」

覗き込んできた顔にくすりと笑うと、殿下は信じられないものでも見るような顔になった。
それはそうだろう、ずっと境界線を引いてきたのだから。

「殿下、初めてお会いした時のことを覚えておられますか?」
「ん?あぁ、覚えているよ。同じ歳だとはとても思えなかった、小さくて愛らしいと思ったよ」
「私も、頭ひとつ分大きな殿下が同じ歳だとは思いませんでした。あの時、殿下が『仲良くしようね』と仰ってくださったのです。とても、とても嬉しかった。私はあの時からずっと殿下をお慕いしてのです」

カタンと車輪の止まる音がして、微かに揺れた体を殿下が抱きとめた。
リディと見つめられ囁かれる声は掠れていて、なぜか泣き声のように聞こえた。
迫りくる唇にそっと指先をのせ、首を振る。

「いけません、紅が落ちてしまいます」

到着いたしました、カチャリと開いた扉からしんと冷たい風が忍びこんでリディアルは微笑んだ。


学院にある音楽ホールは入学式典が行われた講堂の隣に位置し、今夜のような親睦会や卒業記念祝賀会などで使用される。
建物は円柱で天井にはステンドグラスがあり、陽の光を浴びると厳かに月明かりでは神秘的に映るホールだ。

「リディアルさま!フレデリックさま!」
「ミシェル、素敵な夜だね」
「リディアルさま、とってもお美しいです」
「ありがとう、ミシェルも」

はにかんだ笑みのミシェル、リディアルを通して殿下を見つめるミシェル。
その姿はかつての自分のようだと思う、恋焦がれて手を伸ばしても届かない想いが秘められた瞳。

ホールに全ての学院生が集められ、中央では自治会長であるハルが挨拶をしていた。
ぐるりと見渡したハルが一瞬だけその濃い紫瞳を見開き、そして左耳に触れた。
それにリディアルが反応することはない、紅の意味をハルがわかってくれればそれでいい。
だから、ただ静かに殿下の隣で佇むだけだ。

「リディ、踊ってくれますか?」
「喜んで」

楽団の奏でる音楽に合わせて踊るのはワルツだ。
練習の時から何度も踊っているワルツ、目を閉じていても踊ることができる。
くるくると回りながら目線はミシェルを探す。
ぽつりと壁に凭れかかりこちらを見ている視線と目があった。

「殿下、次はミシェルと踊ってくださいませんか?」
「ミシェルと?」
「えぇ、ミシェルは貴族社会にまだ慣れておりません。こういう場で踊る経験も必要かと」
「リディは優しいのだな」

そんなことはない、優しさなど一欠片も持ち合わせてはいない。
かつてああやって壁に沿うように立っていた、違うのは誰とも目が合うことなど無かっただけ。
今はただ都合よくミシェルがそこにいるだけ。

ミシェルと殿下を引き会わし、リディアルはそっと壁際に立った。
ちらちらとこちらを窺っていた殿下もミシェルの踏むステップに翻弄されていく、余所見などできないほどに。
頃合いだ、とリディアルは静かにその場を離れた。

リディアルは今夜、この世界から別れを告げる。

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