ループ100回目の悪役令息は悪役王子と逃亡します

谷絵 ちぐり

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仮説

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ふと目が覚めると救護室だった。
記憶に最後にあるのはミシェルの歪んだ笑顔だ。

「目が覚めたかね?」
「あの、申し訳ありません」
「なにを謝ることがある。侯爵家に使いを出そうと思っとるんだが・・・殿下の方宜しいかな?」
「いえ、もう大丈夫です」

時計を見るとそんなに長い時間が経っているわけではなさそうだ。
家族に心配をかけたくはないし、またあの殿下に送られるなんてと思うとゾッとした。

「王城での教育というものは厳しいものか?」
「いえ、そんなことは・・・」
「なんにせよ、こんを詰めすぎないように」

カカカと笑う医師に、はいと答えた声は自分が思っているよりもか細く小さかった。


しんと静まり返った第一学舎の廊下を進む、講義室では当たり前だが講義中でリディアルはそっと音をたてぬように講義室に戻った。
廊下側の一番後ろの席、窓際に座るミシェルは講師の方を見ようともせず頬杖をついて窓の外ばかり見ていた。
ミシェルはあんな風だったろうか。
思い出せない、記憶の中のミシェルはいつも花が綻ぶように笑う可愛い人だった。
殿下を愛し、殿下に愛されていた。
あれと今はなにが違う?どこが違う?

「・・・僕か」

いや、正確にはリディアルとレオンハルトの二人だ。
二人だけが結末を知っている物語。
もうその結末に否やを唱えることなんて無い。
殿下とミシェルが結ばれ、ゆくゆくは殿下がこの国の王となってもかまわない。
それを邪魔する気は毛頭ない。
ふと、意識を失う前に考えていた小さな齟齬を思い出す。
例えば、講義室の中ほどに座る二人。
子爵家と伯爵家の子息であるあの二人は隣合って座るほど親交があったか?
講師の髪を括る飾り紐に付いている飾り玉は琥珀であったか?
本当に同じ世界を繰り返していたのか?
一度目だと思っていたのは本当に一度目だったのか?
記憶にあるのがそれなだけで、それまでも記憶のないまま繰り返してきていたのではないだろうか。
それが神の悪戯か、気まぐれで記憶を持ったまま舞い戻ってしまった。
ハルに会いたい、ハルに話を聞いてほしい。

「・・・さま、リディアルさま」
「え?」
「もう大丈夫なんですか?」
「ミシェル」
「はい、昼食へ行きましょう」

ふふと笑うミシェルに手をとられ立ち上がった。

食堂では殿下も合流して一緒に食事をとった。
騎士科は演習訓練を主として座学ももちろんある。
午後からの騎士科は座学で第二学舎で講義があるという。

「眠ってしまわないか心配だ」

肩を竦める殿下にミシェルがころころと笑う。
目の前には湯気をたてるカップがあって、腰には殿下の手が回っていた。

「殿下、皆の規範となるべき貴方が居眠りなどしていいわけがありません」
「うん、そうだ、リディの言う通りだな」

あぁやっぱり違うのか、とリディアルは肩を落とした。
これまでの振り返らない殿下なら堅苦しい奴だと言わんばかりの顔をしていたというのに。

「あら、リディアルさまは救護室で眠ってたのに?」
「ミシェル・・・」
「リディ、それは本当か?」
「・・・少し、目眩がしただけです」

殿下の探るような視線が耐えられない、ミシェルは知らん顔で茶を飲んでいる。
腰を撫でさする手が肩にまわって、それから髪を梳くように頭を撫でられた。

「リディ、無理をしてはいけないよ?」
「・・・申し訳ありません、殿下」
「ほんとうに仲が良いんですねぇ」

ミシェルの言葉にぴたと殿下の手が止まった、仰いだ先の表情は眉間に皺を寄せ何事か考えているようだった。
髪に触れる手がわずかばかり震えている。

「殿下?」
「・・・あ、あぁ」
「どこかご気分でも?」

大丈夫だ、と頭を振る殿下の瞳は一瞬だけ虚ろに見えた。


それからの日々はこれまでと違って、常にミシェルが傍にいる日々。
図書館へも行けず、食事でたまに顔を合わせるハルとも会話らしい会話はできずいよいよ親睦会の日を迎えることになった。




※短め、すみません。
次回、親睦会です。



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