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奪わせない
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馬車の中、リディアルは殿下に横抱きにされその膝の上に乗っていた。
落ちないよう、揺れないようにしっかりと抱かれている。
どうしてこんなことになってしまったのか。
心だけが歓喜に湧き殿下への愛が溢れているのに、体の緊張は解けず強ばったままだ。
髪にこめかみに頬に落とされる口付けが、そうされる度にびくりと震えがきてしまう。
求めてやまなかったものがすぐ傍にある、焦がれて焦がれてこの身を堕とすまで求めていたもの。
けれどもしまたなにかの拍子にあの冷たい眼差しを受けてしまったら?
今度こそ心ではなく魂が死んでしまうような気がする。
「リディ?」
耳元で甘く呼びかけられる声、愛しさを含んだような声。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い───
リディアルは吐き気を覚え、せりあがってくる熱を飲みくだし意識を失った。
眉根を寄せ苦しげな表情がすうっと解けていくのをフレデリックは見た。
やはり意識があったのか、と確信する。
あの時兄上の胸に抱かれていたリディアル、強くシャツを掴んだ手は自分が抱くとだらりと垂れた。
意識がないのだ、そういうものだろうと思っていたが微かな違和感があったのだ。
「リディ、君は私のものだよ?」
閉じられたリディアルの瞼に口付け、唇を合わせた。
薄らと開いた唇は抵抗もなく自分の舌を受け入れた。
固く縮こまった舌を撫で、上顎を舐め、歯列をなぞり、リディアルの口の端から唾液が零れるまで蹂躙した。
それでも目を覚まさないリディアルの細腰を撫で首筋にも唇を落とす。
緩めたタイを抜き取り、プチプチと釦を外していく。
浮き出た鎖骨に吸い付き痕を残した。
「誰にも渡さないよ、たとえ兄上であってもね」
外した釦をまた留めた頃、馬車が止まった。
「リディ!」
出迎えたのはリディアルの長兄で、血相を変えた表情はなるほどリディアルを可愛いがっていると聞いていただけはある。
「殿下自らお越しいただけるとは・・・」
「挨拶などはよい、リディを寝かせてやりたい」
「それは、もちろん」
トーニャ!長兄が声を上げながら行く後にリディアルを抱き抱えたフレデリックがついて行く。
現れたトーニャと呼ばれた侍女は、ハッと目を見開きリディアルを心配そうに見つめた。
「殿下、寝かせて参りますので弟を私に」
「いや、私が連れていく」
「ですが・・・」
「リディと私は婚約しているのだ。案ずることはあるまい」
今ここに家長である父はいない、商談の為に留守にしているのだ。
判断は全て長兄に委ねられている、どうしようかと逡巡した長兄だったが結局はフレデリックの言葉を飲んだ。
「こちらでございます」
静々と歩くトーニャの後について、二階の奥にあるリディアルの私室を目指す。
華美な装飾もない白を基調としたこざっぱりとしたリディアルの私室、続き扉の向こうの寝室も同じだった。
色があるのはサイドテーブルに活けてある花くらいなものだ。
寝台に横たえたリディアルは規則正しい寝息でただ眠っているだけのように見える。
「トーニャといったか?」
「はい。リディアル様付きの侍女でございます」
「長いのか?」
「はい、リディアル様が幼い頃よりお仕えしております」
ふむとフレデリックは顎に手を宛てがい考えた、長年リディアルの傍にいるのならば最近の様子のおかしい様を見ているのではないか?
「最近、リディに変わったところは?」
「いいえ、特にございません。殿下のお顔を拝見できるので学院に通うのが楽しいと仰られておりました」
トーニャの表情に曇りはない、嘘を言っているわけではないだろう。
どういうことだ?
王城までへの帰り道、フレデリックの頭にあるのは侯爵家での出来事だ。
応接室では不在の父に代わり長兄のジュリアスを相手に、フレデリックはリディアルの容態を説明した。
「貧血、でございますか?」
「あぁ、あと眠りが浅いのではないかと医師が言っていた。最近のリディの様子はどうだ?」
「特に変わった様子は見受けられませんが・・・」
「食事がとれない、というようなことは?」
「いいえ、変わりなく」
そうか、とフレデリックは思案する。
トーニャといいこの長兄といい、リディアルの様子がおかしいと感じるのは自分だけなのだろうか。
「殿下が朝に夕にと共にあることをとても喜んでおります」
「・・・それは本当か?」
「えぇ、もちろん。夕餉の時など殿下の話ばかりしております」
目も合わせず相槌ばかり打っているあのリディアルが?触れるだけで肩を強ばらせ緊張しているリディアルが?にわかには信じがたい話だ。
「殿下?」
「あぁ、いや私もリディの傍にいられるのは嬉しく思う」
「兄の贔屓目かもしれませんが、誰よりも可愛い弟です。今後ともどうかよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるジュリアスに、こちらこそとしかフレデリックは言えなかった。
リディアルは家族の前では、婚約者である自分と仲睦まじいと振舞っている。
けれど実際はそうではないとフレデリックは思う。
リディアルと自分の間には一定の距離がある。
近づけば離れられその距離が縮まることはない。
──リディ、君は一体なにを考えてるんだ・・・
落ちないよう、揺れないようにしっかりと抱かれている。
どうしてこんなことになってしまったのか。
心だけが歓喜に湧き殿下への愛が溢れているのに、体の緊張は解けず強ばったままだ。
髪にこめかみに頬に落とされる口付けが、そうされる度にびくりと震えがきてしまう。
求めてやまなかったものがすぐ傍にある、焦がれて焦がれてこの身を堕とすまで求めていたもの。
けれどもしまたなにかの拍子にあの冷たい眼差しを受けてしまったら?
今度こそ心ではなく魂が死んでしまうような気がする。
「リディ?」
耳元で甘く呼びかけられる声、愛しさを含んだような声。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い───
リディアルは吐き気を覚え、せりあがってくる熱を飲みくだし意識を失った。
眉根を寄せ苦しげな表情がすうっと解けていくのをフレデリックは見た。
やはり意識があったのか、と確信する。
あの時兄上の胸に抱かれていたリディアル、強くシャツを掴んだ手は自分が抱くとだらりと垂れた。
意識がないのだ、そういうものだろうと思っていたが微かな違和感があったのだ。
「リディ、君は私のものだよ?」
閉じられたリディアルの瞼に口付け、唇を合わせた。
薄らと開いた唇は抵抗もなく自分の舌を受け入れた。
固く縮こまった舌を撫で、上顎を舐め、歯列をなぞり、リディアルの口の端から唾液が零れるまで蹂躙した。
それでも目を覚まさないリディアルの細腰を撫で首筋にも唇を落とす。
緩めたタイを抜き取り、プチプチと釦を外していく。
浮き出た鎖骨に吸い付き痕を残した。
「誰にも渡さないよ、たとえ兄上であってもね」
外した釦をまた留めた頃、馬車が止まった。
「リディ!」
出迎えたのはリディアルの長兄で、血相を変えた表情はなるほどリディアルを可愛いがっていると聞いていただけはある。
「殿下自らお越しいただけるとは・・・」
「挨拶などはよい、リディを寝かせてやりたい」
「それは、もちろん」
トーニャ!長兄が声を上げながら行く後にリディアルを抱き抱えたフレデリックがついて行く。
現れたトーニャと呼ばれた侍女は、ハッと目を見開きリディアルを心配そうに見つめた。
「殿下、寝かせて参りますので弟を私に」
「いや、私が連れていく」
「ですが・・・」
「リディと私は婚約しているのだ。案ずることはあるまい」
今ここに家長である父はいない、商談の為に留守にしているのだ。
判断は全て長兄に委ねられている、どうしようかと逡巡した長兄だったが結局はフレデリックの言葉を飲んだ。
「こちらでございます」
静々と歩くトーニャの後について、二階の奥にあるリディアルの私室を目指す。
華美な装飾もない白を基調としたこざっぱりとしたリディアルの私室、続き扉の向こうの寝室も同じだった。
色があるのはサイドテーブルに活けてある花くらいなものだ。
寝台に横たえたリディアルは規則正しい寝息でただ眠っているだけのように見える。
「トーニャといったか?」
「はい。リディアル様付きの侍女でございます」
「長いのか?」
「はい、リディアル様が幼い頃よりお仕えしております」
ふむとフレデリックは顎に手を宛てがい考えた、長年リディアルの傍にいるのならば最近の様子のおかしい様を見ているのではないか?
「最近、リディに変わったところは?」
「いいえ、特にございません。殿下のお顔を拝見できるので学院に通うのが楽しいと仰られておりました」
トーニャの表情に曇りはない、嘘を言っているわけではないだろう。
どういうことだ?
王城までへの帰り道、フレデリックの頭にあるのは侯爵家での出来事だ。
応接室では不在の父に代わり長兄のジュリアスを相手に、フレデリックはリディアルの容態を説明した。
「貧血、でございますか?」
「あぁ、あと眠りが浅いのではないかと医師が言っていた。最近のリディの様子はどうだ?」
「特に変わった様子は見受けられませんが・・・」
「食事がとれない、というようなことは?」
「いいえ、変わりなく」
そうか、とフレデリックは思案する。
トーニャといいこの長兄といい、リディアルの様子がおかしいと感じるのは自分だけなのだろうか。
「殿下が朝に夕にと共にあることをとても喜んでおります」
「・・・それは本当か?」
「えぇ、もちろん。夕餉の時など殿下の話ばかりしております」
目も合わせず相槌ばかり打っているあのリディアルが?触れるだけで肩を強ばらせ緊張しているリディアルが?にわかには信じがたい話だ。
「殿下?」
「あぁ、いや私もリディの傍にいられるのは嬉しく思う」
「兄の贔屓目かもしれませんが、誰よりも可愛い弟です。今後ともどうかよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるジュリアスに、こちらこそとしかフレデリックは言えなかった。
リディアルは家族の前では、婚約者である自分と仲睦まじいと振舞っている。
けれど実際はそうではないとフレデリックは思う。
リディアルと自分の間には一定の距離がある。
近づけば離れられその距離が縮まることはない。
──リディ、君は一体なにを考えてるんだ・・・
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