ループ100回目の悪役令息は悪役王子と逃亡します

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
上 下
10 / 36

約束

しおりを挟む
リディアルはぼんやりと中庭を見つめていた。
教師の語るこの国の歴史なんか頭の中に全て入っている。
考えるのは別人になってしまったような殿下のことだ。
これまでと違って、毎日のように学院までの行きと帰りを共にしている。
対面で座っていた馬車では隣り合わせに座り、髪に触れられ手を握られ口付けを落とされる。
体の芯から冷えていくような感覚、ぞわりと這い上がる悪寒に慣れない。
もしや殿下にも同じことが起こっているのか?
いや、そうだとしてもこの変わりようには納得がいかない。
ハルにもずっと会えていない、食堂で見かけることはあっても殿下が怖くて動けない。
講義中の中庭には誰もいない、殿下は演習場だろうかとふと視線をあげると図書館の窓に人影を見つけた。
思わず立ち上がってその人を凝視する。

「ローブラウン君、どうしました?」
「あ、あの、申し訳ありません。講義中ですが、気分が悪く・・・」
「救護室へ行きますか?」
「はい」
「家に使いをやりましょうか?」
「いえ、少し休めば大丈夫かと」

付き添いましょう、という教師の言葉を断ってリディアルは講義室を後にした。
慎重に見つからないように中庭を抜け、図書館の扉を開けて体を滑り込ませまっすぐに書架の奥へと進む。
司書がいないのは偶然なのか、それとも・・・。

「ハル?」
「ディア、来てくれたんだね」

広げた両腕の中に飛び込んで、二人は暫く抱きしめあった。
求めていた温もり、耳に心地よい声、やっと息が吐ける。

「ディア、なにがあった?」
「殿下がおかしいのです」

書架の奥の修繕室、暗がりにひっそりとあるそこは大量の本が積み上げられ黴臭い匂いがした。
本を倒さぬように奥へ連れられ、正面から抱き合うように床にぺたりと座り込んだ。
殿下のおかしな行動の話が進むにつれハルから表情が失われていく。

「ハル?大丈夫?」
「・・・ディア、もしかしたら今回は上手くいくんじゃないか?」
「そんなことがありますか?」
「フレッドのそれは、ディアを愛しているようにみえるよ?」

ハルの言葉に今度はリディアルから表情が失われていった。
これが一度目なら、もしくは二度目三度目なら喜んで受け入れられたかもしれない。
けれど、これはもう何度目かわからない生なのだ。
なぜ?どうして?今更、こんなことは望んでいない。
信じて裏切られるのは肉体が朽ちるよりも辛い。
そう思うと怖くてたまらない、それに仮に上手くいったとしてハルはどうなってしまうの?

「そんなの嫌だ」
「ディア・・・」
「ハルは、そうなったらハルはどうするの?」

ハルはなにも言わない、困ったような笑みを浮かべて指通りの良いリディアルの髪を撫でるだけだ。
嫌だ嫌だと首を振るリディアルの瞳からぽろぽろと涙が止まらない。

「泣かないで、ディア」
「じゃあ、泣かせないで」

頬を伝う涙を拭われ、顎を掬われると優しい口付けが降りてきた。
下唇を食むように合わせ、空いた隙間から熱い舌がするりと入ってくる。
ぽかぽかと体が熱をもち、背筋を昇るのは快感だけだ。
支えられた後頭部も、耳を擽る長い指も、快感を与えてくれるのはハルがいい。

「僕が殿下とこのまま婚姻を結べば、ハルはミシェルと?」
「それは・・・どうかな」
「嫌だよ、ハル」
「ディアはずっとずっとフレッドに恋していただろう?」

くしゃりと歪めたその顔を見てまた涙が溢れ、縋るように抱きついた。

「約束したでしょ?一緒に逃げるって。二人でここではないどこかへ行こうって」
「ディア、俺だってそうしたいよ。でも、ディアには幸せになってほしいんだ」
「ハルがいないならそんなものは無意味だ」

俺だって、と掠れた声はいつかの書庫での声とよく似ていた。
ハルの瞳からもいくつも涙が落ち、互いに互いの頬を拭う。
抱擁を交わし唇を合わせ、溺れていく。
生かされ続けた繰り返しで今この目の前にある温もりこそが全てなのだ。
恋だの愛だのは置いておいて、心に開いた穴を埋めるのはお互いしかいない。

教会の鐘より低いその音は講義の終わりを告げる音、確かに耳にそれが入った。
けれど、動けない。
もうこのままここで終わってしまってもいいとさえ思える。

「ディア、行かないと」

ふるふると首を振ると、わがまま言わないでと髪をかきあげられて額に口付けをひとつ。
お返しとばかりにリディアルがハルの頬に口付け、すりすりと互いの頬を擦り合わせた。

──フレデリックさま、いましたか?

愛らしい声、なぜミシェルが・・・そう思うと同時に腰に回った腕の力が強くなった。
見ればハルも強ばった顔をしてじっと修繕室の扉を見つめている。

「・・・ハル」

静かに、と唇にのる人差し指、心臓が早鐘を打ち呼吸を止めるのに必死になる。

──迷子になったんでしょうか。
──リディに限ってそんなことはないはずだ。

追って聞こえてきた殿下の声にハルの喉がゴクリと動いた。
後頭部に手がまわり、ぎゅうとハルの胸に顔を埋められる。
ドクンドクンと上下するハルの心臓、堪えきれずハッハッと浅くなる呼吸が聞こえやしないかとますますしがみついた。
コツコツと聞こえる足音は恐怖でしかない。

──・・・カチャ

修繕室のノブが回る音が微かに聞こえた。



しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。 侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。 分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに 主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……? 思い出せない前世の死と 戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、 ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕! .。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ HOTランキング入りしました😭🙌 ♡もエールもありがとうございます…!! ※第1話からプチ改稿中 (内容ほとんど変わりませんが、 サブタイトルがついている話は改稿済みになります) 大変お待たせしました!連載再開いたします…!

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

処理中です...