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ずれていく
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ミシェルはお喋りだ、くるくると変わる表情にあっちこっちへ逸れる話。
初めて受けた講義のこと、今朝も迷子になりそうになったこと、そして市井で暮らしていた時のこと。
市井の話は殿下の興味をひき、花が咲くように二人は語り合っていた。
それに適度に相槌を打ちながらリディアルは早々に食事を終え、ほぅとひと息吐いた。
「殿下、午後の講義について予め調べたいことがあるのです。先に失礼しても宜しいでしょうか?」
「なにを調べるんだい?」
「午後からは地質学ですので、将来賜る領地について少し・・・」
「リディアルさまはとても熱心なのですね!僕も見習わないといけないなぁ」
にこにこと無邪気な笑みのミシェルにひとつ頷いてリディアルは席を立った。
「リディ、あまり頑張り過ぎないように」
「はい、御前失礼致します」
意識してゆっくりと歩く、気持ちのままに慌ただしく動いてはいけない。
目指すは図書館、結ばれたタイに触れた意味は図書館にある。
中庭を突っ切って図書館の重い扉を開ける、受付には昼休憩の札が置いてあり幾人かの生徒がいるだけだった。
受付を素通りして、緑の傘のランプがある一人掛けの学習机で万年筆と手帳を取り出した。
──会いたい
たった一言、手帳を破り書架のLの棚その中の『ルイス・ホワイト詩集』に挟み込んで祈るようにまた戻した。
午後からの講義は二つ、その合間にリディアルは図書館へ駆けた。
詩集に挟まれた一枚の紙切れ『明日、馬車で』リディアルはそれを押し抱いた。
リディ、背後からかけられた声に咄嗟にくしゃりと紙切れを丸めて胸ポケットにしまう。
「殿下・・・なぜここに?」
「演習場からリディが駆けていくのが見えたんだよ」
第一学舎から中庭を挟み図書館があり、その図書館の向こうには騎士科の演習場が確かにある。
あるが距離は短くない、間に木立もあるのだ。
心臓が早鐘を打ち、巡る血が恐ろしく早い速度で体中を流れていくような感覚がした。
「・・・昼に調べものをした際に万年筆を落としたようで探しに参ったのです」
「そう、見つかった?」
「えぇ」
「大事なものなのかい?」
「入学祝いにと兄からいただいたものですので」
それは良かった、言うと同時にその胸に招き入れられた。
演習服からは汗の匂いがツンと鼻を刺し、殿下の心臓の音が聞こえた。
「帰りも邸まで送るからね」
「・・・はい」
腰を撫でさする手と耳元で囁かれる声に鳥肌がたった。
ふわふわと舞い上がる心とは逆に体は地の底に沈んでいくような奇妙な感覚。
一際強く抱きしめられたその時、胸元でカサリと紙が潰れる音がした。
講義が終わると宣言通り、殿下が講義室までやってきた。
これが一度目なら嬉しくて飛び上がっていただろう、二度目なら訝しみながらも喜んでいたかもしれない。
けれど、数え切れない程の繰り返しの今は不気味としか言いようがない。
「リディ、行こうか」
「はい、殿下」
「フレデリックさま、リディアルさま、また明日!」
大きく手を振るミシェル、周囲の人間のギョッとした視線は気づいていないのかもしれない。
王家と格上の爵位、ミシェルには垣根がない。
みな等しく親交を深めることができると思っている。
「ミシェル、もう迷子になるなよ」
ぽんっと頬を薔薇色に染めてミシェルはペロリと舌を出した。
無邪気で無垢で愛らしい、殿下が惹かれてしまっても仕方がない。
行きと同じように馬車に乗り込み、騎士科の演習の話に相槌を打った。
伯爵家の誰ぞの太刀筋が良いとか、子爵家の何某は基本がなっていないとか。
「リディ、学院での親睦会だが」
「はい」
「新しい衣装を贈ろう」
なぜ?喉元までせりあがったそれを辛うじて飲み下した。
そんなことはなかった、なかったはず、エスコートすらされなかったのだ。
「ありがとうございます」
それだけを言うのに精一杯だった。
その夜、リディアルはなかなか寝付けず何度も何度も寝返りをうった。
思い返すのは殿下のことばかり、一度目なら二度目なら嬉しくて眠れなかったかもしれない。
ずっと振り向いてほしいと思っていた。
なのに、どうしてこんなにも落ち着かないんだろう。
「ハル・・・」
なにかが狂ってきている、これまでの記憶が当てにならない。
いや当てになったことなんてあっただろうか。
怖い、怖くてたまらない、リディアルはぎゅうと自身を抱きしめた。
この体を抱きしめてくれるのはハルがいい。
初めてハルと肌を合わせたのは、二人して王都から逃げた時だった。
馬を駆り、馬が疲れ果てるまでただ真っ直ぐに逃げた。
荒れ果てた納屋を見つけそこで夜を明かした。
「もしも、次に生まれ変わるならなにがいい?」
「んー、鳥とか?」
納屋の片隅で外套に身を包み肩を寄せあい、くすくすと笑いあった。
「湖に住む魚や蝶でもいいかもしれない。ハルは?」
「そうだな、鳥になったディアの羽を休める枝葉になろうか。それとも、泳ぎに疲れたディアが休める岩場かディアが吸う花の蜜でもいいかもしれない」
「そんなの駄目だよ」
「どうして?」
「だって、二人で飛びたいし二人で泳ぎたい。二人でひらひらと舞いたいよ」
それはいいな、とハルに抱きしめられ同じように抱きしめ返した。
初めての口付けもその時だった。
優しく啄むように唇を合わせ、見つめ合い笑いあった。
それからどうしたんだっけ?あぁそうだ、隣国への山越えの途中で滑落したんだった。
そして、気づけばまたここで眠っていた。
どちらが先に命を落としたのか、同時だったらいいけれどとリディアルはとろとろと眠りに落ちた。
初めて受けた講義のこと、今朝も迷子になりそうになったこと、そして市井で暮らしていた時のこと。
市井の話は殿下の興味をひき、花が咲くように二人は語り合っていた。
それに適度に相槌を打ちながらリディアルは早々に食事を終え、ほぅとひと息吐いた。
「殿下、午後の講義について予め調べたいことがあるのです。先に失礼しても宜しいでしょうか?」
「なにを調べるんだい?」
「午後からは地質学ですので、将来賜る領地について少し・・・」
「リディアルさまはとても熱心なのですね!僕も見習わないといけないなぁ」
にこにこと無邪気な笑みのミシェルにひとつ頷いてリディアルは席を立った。
「リディ、あまり頑張り過ぎないように」
「はい、御前失礼致します」
意識してゆっくりと歩く、気持ちのままに慌ただしく動いてはいけない。
目指すは図書館、結ばれたタイに触れた意味は図書館にある。
中庭を突っ切って図書館の重い扉を開ける、受付には昼休憩の札が置いてあり幾人かの生徒がいるだけだった。
受付を素通りして、緑の傘のランプがある一人掛けの学習机で万年筆と手帳を取り出した。
──会いたい
たった一言、手帳を破り書架のLの棚その中の『ルイス・ホワイト詩集』に挟み込んで祈るようにまた戻した。
午後からの講義は二つ、その合間にリディアルは図書館へ駆けた。
詩集に挟まれた一枚の紙切れ『明日、馬車で』リディアルはそれを押し抱いた。
リディ、背後からかけられた声に咄嗟にくしゃりと紙切れを丸めて胸ポケットにしまう。
「殿下・・・なぜここに?」
「演習場からリディが駆けていくのが見えたんだよ」
第一学舎から中庭を挟み図書館があり、その図書館の向こうには騎士科の演習場が確かにある。
あるが距離は短くない、間に木立もあるのだ。
心臓が早鐘を打ち、巡る血が恐ろしく早い速度で体中を流れていくような感覚がした。
「・・・昼に調べものをした際に万年筆を落としたようで探しに参ったのです」
「そう、見つかった?」
「えぇ」
「大事なものなのかい?」
「入学祝いにと兄からいただいたものですので」
それは良かった、言うと同時にその胸に招き入れられた。
演習服からは汗の匂いがツンと鼻を刺し、殿下の心臓の音が聞こえた。
「帰りも邸まで送るからね」
「・・・はい」
腰を撫でさする手と耳元で囁かれる声に鳥肌がたった。
ふわふわと舞い上がる心とは逆に体は地の底に沈んでいくような奇妙な感覚。
一際強く抱きしめられたその時、胸元でカサリと紙が潰れる音がした。
講義が終わると宣言通り、殿下が講義室までやってきた。
これが一度目なら嬉しくて飛び上がっていただろう、二度目なら訝しみながらも喜んでいたかもしれない。
けれど、数え切れない程の繰り返しの今は不気味としか言いようがない。
「リディ、行こうか」
「はい、殿下」
「フレデリックさま、リディアルさま、また明日!」
大きく手を振るミシェル、周囲の人間のギョッとした視線は気づいていないのかもしれない。
王家と格上の爵位、ミシェルには垣根がない。
みな等しく親交を深めることができると思っている。
「ミシェル、もう迷子になるなよ」
ぽんっと頬を薔薇色に染めてミシェルはペロリと舌を出した。
無邪気で無垢で愛らしい、殿下が惹かれてしまっても仕方がない。
行きと同じように馬車に乗り込み、騎士科の演習の話に相槌を打った。
伯爵家の誰ぞの太刀筋が良いとか、子爵家の何某は基本がなっていないとか。
「リディ、学院での親睦会だが」
「はい」
「新しい衣装を贈ろう」
なぜ?喉元までせりあがったそれを辛うじて飲み下した。
そんなことはなかった、なかったはず、エスコートすらされなかったのだ。
「ありがとうございます」
それだけを言うのに精一杯だった。
その夜、リディアルはなかなか寝付けず何度も何度も寝返りをうった。
思い返すのは殿下のことばかり、一度目なら二度目なら嬉しくて眠れなかったかもしれない。
ずっと振り向いてほしいと思っていた。
なのに、どうしてこんなにも落ち着かないんだろう。
「ハル・・・」
なにかが狂ってきている、これまでの記憶が当てにならない。
いや当てになったことなんてあっただろうか。
怖い、怖くてたまらない、リディアルはぎゅうと自身を抱きしめた。
この体を抱きしめてくれるのはハルがいい。
初めてハルと肌を合わせたのは、二人して王都から逃げた時だった。
馬を駆り、馬が疲れ果てるまでただ真っ直ぐに逃げた。
荒れ果てた納屋を見つけそこで夜を明かした。
「もしも、次に生まれ変わるならなにがいい?」
「んー、鳥とか?」
納屋の片隅で外套に身を包み肩を寄せあい、くすくすと笑いあった。
「湖に住む魚や蝶でもいいかもしれない。ハルは?」
「そうだな、鳥になったディアの羽を休める枝葉になろうか。それとも、泳ぎに疲れたディアが休める岩場かディアが吸う花の蜜でもいいかもしれない」
「そんなの駄目だよ」
「どうして?」
「だって、二人で飛びたいし二人で泳ぎたい。二人でひらひらと舞いたいよ」
それはいいな、とハルに抱きしめられ同じように抱きしめ返した。
初めての口付けもその時だった。
優しく啄むように唇を合わせ、見つめ合い笑いあった。
それからどうしたんだっけ?あぁそうだ、隣国への山越えの途中で滑落したんだった。
そして、気づけばまたここで眠っていた。
どちらが先に命を落としたのか、同時だったらいいけれどとリディアルはとろとろと眠りに落ちた。
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