ループ100回目の悪役令息は悪役王子と逃亡します

谷絵 ちぐり

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いつかのあの日

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繰り返す人生の中でリディアルは、図書館の住人といっていいほどたくさんの書物を読んだ。
自分と同じ体験をしている人がいないか、どうすれば終わらせることができるのか。
なんでも良かった、なにか突破口になるようなものはないか。
伝記伝承、創作小説、誰かの自伝、歴史、天文学、占星術、果ては絵本に童話まで関係ありそうなものから無さそうなものまで、手当り次第に読み漁った。
学院の講義も王城での教育もあったが、すべてが身に染みている。
復習の時間は、すべて調べ物に充てた。

ハルに出会ったのはそんな時だ。
幾度繰り返したかわからない、殿下との茶会が直前で反故にされた。
ミシェルと出会って三月ほど経つとこういうことが増えるようになってきた。
市井調査とでも銘打って、お忍びでミシェルと会っているのだろう。
わかっているから心が痛まないと言えば嘘になる、キリキリと締めつけられるような痛みは常に心にある。
そんなものだったから、ふと王城の書庫へと足が向いたのだ。
殿下と婚約してるおかげで閲覧許可はあっさりと聞き入れられた。

学院に併設されている図書館より遥かに多い書物、その書架の一つの前にハルは佇んでいた。
整然と並んだ書物の背をぼんやりと虚ろに見つめている。
あぁ、あの顔は知っている、あの顔は毎朝鏡に映る自分の顔と同じだ。

「レオンハルト殿下」

本来なら相手が気づくまで控えているべきだ、けれどその時はそんなことどうでもよかった。
自分と同じく傷ついたその人に声をかけたかった。

「・・・リディアルか」

ゆっくりと振り返ったハルの光のない瞳、それが答えのように感じた。

「殿下は何度目ですか?」

見開かれたハルの瞳に涙の膜が張り、ぷくりと浮いたそれが頬を濡らしていく。
お前もか、という掠れた声にリディアルの瞳からも涙が落ちた。
人払いをした薄暗い書庫、縋り合うように抱きしめあった。

それから王城へ行く度に書庫で落ち合い、繰り返すお互いの生について話しあった。
ハルの母君である妃殿下は隣国から輿入れしてきた王女で、それは隣国との友好の絆を強固にするという政略婚だった。
そして、殿下の母君はこの国の公爵子息で陛下の寵愛を一身に受けている御方。
ハルの婚約者はこの国の公爵家のご令嬢であったが、その彼女が病に侵され儚くなってしまった。
それを機にハルの周囲はガラリと空気が変わったという。
まず新しい婚約者の選定が困難を極めた。
国内で王家と釣り合う家格の公爵家で、年頃の令嬢子息は一人しか残されていなかった。
ただ、その一人は現宰相の子息でありハルとの婚姻で権力が公爵家に集中するのでは?と危惧された。
では妃殿下の従姉妹君の子が輿入れするのはどうかと、なったが二代連続になるそれは王国の乗っ取りに値するとして早々に却下された。
順当にいけば次期王太子となるハルの婚約者選定は困難を極めた。

進まぬ婚約者の選定、高位貴族達の派閥争い、王妃派側室派の争い、ハルが戻るのはいつもこの時なのだという。
それはリディアル達が学院に入学する間際、望まぬ争いに辟易したハルの瞳に映るキラキラと輝く純粋なミシェル。
それは暗闇に差した一条の光に見えたとハルは言う。
そして婚約者をミシェルに、とハルは画策する。
そんな中起きたリディアルの事件。
ミシェルを巡るハルと殿下の確執、次期王太子に殿下を推し薦める声もあがりこれに正妃である妃殿下が反発。
隣国をも巻き込みかねない事態になってしまう。
元々陛下より蔑ろにされてきた妃殿下はハルの立太子だけは譲れなかった。
事態はハルの預かり知らぬうちに川水が滝壺に落ちるかのように進み、殿下の毒殺未遂事件にまで発展した。
ハルは全ての責任を負わされ失脚、そして毒杯を呷ることとなった。
一度目こそハルは悪に手を染めた、しかしハルが手を下さずとも殿下の毒殺未遂事件は起こるのだという。
足掻いても足掻いても結末は変わらない。

「ディア、もう疲れたんだよ」
「えぇ、僕も」

二人の逢瀬は密やかに続き、お互いを愛称で呼ぶまでに発展した。
いっそ逃げようか、とハルが言いリディアルもそれに頷いた。
いくつかのお互いだけがわかる符丁を取り決め、計画を立てている最中リディアルは捕縛された。
殿下がある身でありながら、ハルを誑かした不義密通の罪で。
これによりローブラウン家は降爵された。
家族に害が及ばない範囲での逃亡は難しい、けれど命があるのならばいいのではないかと思えた。
何度も繰り返す時の中でじっくりと、失敗したものは練り直しいっそ一から考え直す。
そうやって、ハルとリディアルは寄り添い合った。
お互いがお互いの温もり無しでは生きていけなかった。
この世でたった一人わかりあえる人、共にありたい人。
それが恋ではないとしても、心が他人を求めていたとしてももう離れるなんてことは考えられなかった。


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