ループ100回目の悪役令息は悪役王子と逃亡します

谷絵 ちぐり

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振り返る

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一番強烈に残っている記憶はやはり一度目だろう、とリディアルは振り返る。
殿下は天真爛漫なミシェルにどんどん惹かれ、リディアルを蔑ろにしていく。
離宮での茶会ではいつの間にかミシェルが加わり、三人の茶会になった。
心変わりした殿下、いやそもそも自分のことなんてなにも思っていなかったのだろう。
殿下の一番近いところで、自分以外の誰かを見つめていることに心が痛んだ。
王城での厳しい教育、学院での勉学、全てが殿下の隣に立てると思っていたからこそだった。
ささくれた心の矛先は殿下ではなく、ミシェルへと向かった。
自分から殿下を奪おうとする下賎の男。
爵位も教育もなにもかもが自分より下なのに、殿下の心はミシェルへと一直線に向かう。
寂しい、辛い、悲しい、どうして、どうして、どうして───

入学より半年後、学院主催の親睦会で殿下はリディアルではなくミシェルをエスコートした。
貴賤なしと謳われる学院、それを盾にリディアルは袖にされたのだ。
惨めだった、それはもう涙も出ないくらいに。
周囲からの憐れみと好奇の視線に晒されポツンと一人壁の花になった。
殿下と踊るミシェル、何度も殿下の足を踏みそれでも殿下は笑みを絶やさずリードしていた。
自分がこれまで辿った道はなんだったのか、辛く厳しい教育を耐え抜いたのはなんの為だったのか。
じわじわと足の先から力が抜けていった。

それからも殿下はミシェルと共にあり、リディアルの心はどんどんと荒んでいった。
ミシェルがいなければ、という思いが日増しに強くなり憎しみはとどまることを知らなかった。
それが頂点に達したのはその年の瀬の大夜会、とうとう殿下はその大夜会でミシェルをエスコートして現れる。
王城の休憩室、待てど暮らせど現れない殿下に痺れを切らした自分が見たものはあまりに残酷だった。
枯れたと思っていた涙が後から後から溢れてきた。
その時の自分の感情は、どうして?しかなかったような気がする。
なぜ、どうして、なにがいけなかったのだろう、どこかでなにかを間違えたのだろうか。
フラフラと足は踊る殿下とミシェルへと向かった。
それは重大な過失だ、踊る空間に足を踏み入れるなんて。
けれど、その時の自分はそんなことは考えられなかった。
静かだった、音楽も喧騒も何も聞こえなかった。
目に映るのはミシェルだけ、殿下に守られるように寄り添うミシェルだけ。
髪に差した金色の髪飾り、それをミシェルに振り下ろした。
それは庇った殿下の手の甲を傷つけた。
プツプツと細く赤い線が見えて、即刻捕縛された。
組み敷かれ見上げた殿下の冷たく刺すような視線に心が死んだ。

王族を傷つけた罪は重い、そこに如何なる事情があったとしても。
ローブラウン家に泥を塗った嫉妬に塗れた令息としてリディアルは冷たい牢獄で夜を明かし斬首された。


二度目はわけがわからなかった。
どうしてまた戻ってきたのか、自分が何を求められてここにいるのか。
それでも、心は殿下に恋をしていた。
けれど、もう前のようには振る舞えない。
だから、何もしなかった。
ミシェルに苦言を呈すことも、殿下を追いかけることも。
何もしなければあんなことにはならないと思っていた。
自分のことしか考えていなかった。
だから、憔悴していく弟の姿を見て兄が動いたのだ。
殿下を誑かす下賎の子として、侯爵家の権威を振りかざしハワード伯爵家を潰しにかかった。
ハワード家が持つ商会も、事業も取引先に圧力をかけ似たような施策を講じ全て潰した。
それが殿下によって明るみになった時、ローブラウン家は一家丸ごと潰された。
自分のことしか考えていなかったリディアルは心底後悔した。
愛し愛されていた家族も使用人も、自分の行いひとつで亡きものになってしまった。

それからは、とにかく足掻いた。
思い切って婚約を解消できないか?と試みた時は、揉めに揉めて時間がかかったけれども解消できた。
殿下のお傍に居られないことは辛く悲しいことだったけれど、家族が守られると思えば耐えられた。
けれど、結局一家は潰れてしまった。
なんのことはない、ただ強盗に入られて一家諸共惨殺されたのだ。
婚約が解消できない時は、大人しく殿下とミシェルの恋を見守った。
二人が結ばれ表向きは円満に解消された婚約、けれどその年にリディアルと父と次兄が流行病に罹患し呆気なく命を落とした。

なにが正しく、なにが間違いなのかわからない。
どんな結末を迎えても舞い戻る。
いっそ逃げてしまえ、と舞い戻って数日のうちに着の身着のまま市井に下った。
その日のうちに身ぐるみ剥がされ殺された。
けれど、それはとても良い事のように思えた。
犠牲になるのは自分だけだったのだから。
それからは舞い戻るたびに市井に下りた、そして殺される。
幾度それを繰り返しただろう、ある時から殺されなくなった。
ある時は出入りの商人に、またある時は次兄に、市井に下りてすぐに見つかり邸に戻された。
そして監視がつくようになり、眼前で殿下とミシェルの恋に視線を送り続け儚くなるのだ。

もしも、前世というものがあるのならば自分は一体どんな大罪人だったのだろう。
なんの咎があったのだろう、それはいつ許されるのだろうか。




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