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心と体
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入学式典が無事に終わると次はそれぞれ講義室へと向かう。
騎士科と教養科に別れて、すり鉢状になった講義室へ。
この講義室では貴賤はない、皆思い思いに好きな場所へ座る。
リディアルは一番前の窓際が好きだった。
何度繰り返してもそこへ座る。
そこからは中庭がよく見え、向かいにある図書館も見える。
教養科の講師の挨拶を聞きながら今か今かと時を待つ。
「リディ!」
今後の予定や展望、長々と講師の挨拶を終えあとは帰るだけのそんな時、講義室の入口で殿下が手を振っていた。
胸がきゅうと締め付けられる。
あぁ来てしまったのかと思い、これから起こることを反芻した。
──フレデリックさま!
──ミシェル
ミシェル・ハワード伯爵子息、後に殿下と結ばれる御方。
馬車停りで殿下に声をかけた御方。
亜麻色の巻き毛は細くふわふわと揺れ、笑顔は溌剌と天真爛漫。
ハワード伯爵の妾の子、市井でのびのびと育った殿下の想い人。
リディアルはゆっくりと二人の元へ歩みを進めた。
「リディ、今朝はすまなかった」
「いいえ、とんでもございません」
「リディにも紹介しよう、今朝迷子になっていたミシェルだ」
「ミシェル・ハワードです」
勢いよくお辞儀をしてにっこりと笑うミシェル、礼儀作法がなんたるかをわかっていないミシェル。
それを正そうと苦言を呈するのにも疲れてしまった。
「ローブラウン侯爵家が三男、リディアルでございます」
「リディ、学院内を見て回らないか?ミシェルが明日からまた迷子になってしまわないかと不安なんだそうだ」
「そうでございますか。ですが、本日は所用がありましてお供できかねます。申し訳ございません」
「・・・それは、今日で無いと駄目なのか?」
「え?・・・えぇ、せっかくの殿下のお誘いを無下にしてしまうのは大変心苦しいのですが」
まさか食い下がられると思ってもみなかった。
殿下の声がひとつ低くなったのは気のせいだろうか。
一度目はもちろんついていった、そして細々とミシェルへ小言を聞かせたのだ。
殿下の辟易とした顔をはっきりと覚えている。
二度目以降はついて行ったり、断ったりと様々だがどちらにせよ素っ気ない態度をとられていたのに、こんな声をかけられたのは初めてだ。
「フレデリックさま、無理強いはいけませんよ?」
ねぇ?と微笑むミシェルにこちらも笑みを返す。
「そうか、そうだな。では、またなリディ」
「はい、殿下」
連れ立って歩く二人を見送ってリディアルはふぅと息を吐いた。
今回は何かがおかしい、特に殿下の様子が違う気がする。
学舎を出て中庭の方へ、辺りを窺い無人なことを確かめてから表門からは逆方向へ。
第二学舎の裏庭を目指して歩く、徐々に早足になり最後にはリディアルは駆けていた。
目指すは裏門、見えるのは質素な一頭立ての箱馬車、逸る気持ちを隠そうともせずリディアルはそれに向かった。
鉄格子のような裏門を開け、箱馬車の扉をノックする。
カチャと開いた扉、伸ばされた手はリディアルの左耳に髪をそっとかけてするりと頬を撫でた。
「おいで」
ふふふと笑って伸ばされたリディアルの手が馬車に引き込まれていく。
パタンと閉じた扉、リディアルは会いたかった人の胸に飛びこんだ。
「ハル、会いたかった」
「俺もだ、ディア」
心は殿下に向いているのに体だけはこの温もりを求めてしまう。
抱きしめてくれる腕が髪を撫でる手が優しくてうっとりと身を任せ酔いしれた。
ディアと囁く声に目を上げればすかさず甘い口付けが降りてきて、ちゅっと軽く吸われて唇を開けば熱い舌が入ってくる。
お互いの舌を絡ませるちゅくちゅくという音、混じり合う吐息、衣擦れの音、このまま時間が止まればいいのにと思ってしまう。
「んっ・・・ハル」
これ以上はいけない、駄目?と囁かれても駄目だ。
「馬車の中ですよ?」
「そうだった」
鼻先をすり合わせてふふふと笑い合う。
最後にもう一度軽く口付けてリディアルはその肩にこてんと体を預けた。
「ディア、フレッドに恋してる?」
「えぇ、心が殿下を求めてる。ハルは?彼に惹かれた?」
「あぁ、キラキラとこの先の未来を疑わない瞳をしていたよ」
「懲りませんね、僕たち」
「あぁ、全くだ」
カタカタと馬車の振動と時折扉を叩く横風、窓は布で閉ざされ薄暗く狭い空間。
ここだけがホッと息をつける場所。
「変わりはなかったかい?」
「えぇ・・・いや、殿下の様子がなんだかおかしいような」
「ん?」
「先程、これまでのように学院内を見て回らないかと言われて・・・これまでなら断ったとしてもそれまでだったのに」
「違った?」
「うん、その用は今日でないと駄目なのか?と口調が少し苛立っておられたような」
くるくると髪を弄んでいたハルの手がぴたりと止まった。
「どういうことだ?」
「わからない」
「計画を早めた方がいいと思うか?」
「どうでしょう。彼と殿下が順調であればその必要はないような」
「様子見か」
こくんとリディアルは頷き、ハルを見上げた。
吸い込まれそうな紫瞳、なにも言わなくても求めた唇が降ってくる。
「ディア、この世界で共に在りたいと思うのは君だけだ」
「僕も、ハルだけ」
不思議なことにどれだけ心が殿下を求めていようと、殿下との未来が見えない。
繰り返せば繰り返すほどぼんやりと霞がかっていくのだ。
心と体、求める先が違うのは何故だろう。
どちらが真実なのだろう、この温もりを離したくないという想いは一体なんなのだろう。
狂っているのはこの世界ではなく、ちぐはぐな想いを抱えた僕らなのかもしれない。
騎士科と教養科に別れて、すり鉢状になった講義室へ。
この講義室では貴賤はない、皆思い思いに好きな場所へ座る。
リディアルは一番前の窓際が好きだった。
何度繰り返してもそこへ座る。
そこからは中庭がよく見え、向かいにある図書館も見える。
教養科の講師の挨拶を聞きながら今か今かと時を待つ。
「リディ!」
今後の予定や展望、長々と講師の挨拶を終えあとは帰るだけのそんな時、講義室の入口で殿下が手を振っていた。
胸がきゅうと締め付けられる。
あぁ来てしまったのかと思い、これから起こることを反芻した。
──フレデリックさま!
──ミシェル
ミシェル・ハワード伯爵子息、後に殿下と結ばれる御方。
馬車停りで殿下に声をかけた御方。
亜麻色の巻き毛は細くふわふわと揺れ、笑顔は溌剌と天真爛漫。
ハワード伯爵の妾の子、市井でのびのびと育った殿下の想い人。
リディアルはゆっくりと二人の元へ歩みを進めた。
「リディ、今朝はすまなかった」
「いいえ、とんでもございません」
「リディにも紹介しよう、今朝迷子になっていたミシェルだ」
「ミシェル・ハワードです」
勢いよくお辞儀をしてにっこりと笑うミシェル、礼儀作法がなんたるかをわかっていないミシェル。
それを正そうと苦言を呈するのにも疲れてしまった。
「ローブラウン侯爵家が三男、リディアルでございます」
「リディ、学院内を見て回らないか?ミシェルが明日からまた迷子になってしまわないかと不安なんだそうだ」
「そうでございますか。ですが、本日は所用がありましてお供できかねます。申し訳ございません」
「・・・それは、今日で無いと駄目なのか?」
「え?・・・えぇ、せっかくの殿下のお誘いを無下にしてしまうのは大変心苦しいのですが」
まさか食い下がられると思ってもみなかった。
殿下の声がひとつ低くなったのは気のせいだろうか。
一度目はもちろんついていった、そして細々とミシェルへ小言を聞かせたのだ。
殿下の辟易とした顔をはっきりと覚えている。
二度目以降はついて行ったり、断ったりと様々だがどちらにせよ素っ気ない態度をとられていたのに、こんな声をかけられたのは初めてだ。
「フレデリックさま、無理強いはいけませんよ?」
ねぇ?と微笑むミシェルにこちらも笑みを返す。
「そうか、そうだな。では、またなリディ」
「はい、殿下」
連れ立って歩く二人を見送ってリディアルはふぅと息を吐いた。
今回は何かがおかしい、特に殿下の様子が違う気がする。
学舎を出て中庭の方へ、辺りを窺い無人なことを確かめてから表門からは逆方向へ。
第二学舎の裏庭を目指して歩く、徐々に早足になり最後にはリディアルは駆けていた。
目指すは裏門、見えるのは質素な一頭立ての箱馬車、逸る気持ちを隠そうともせずリディアルはそれに向かった。
鉄格子のような裏門を開け、箱馬車の扉をノックする。
カチャと開いた扉、伸ばされた手はリディアルの左耳に髪をそっとかけてするりと頬を撫でた。
「おいで」
ふふふと笑って伸ばされたリディアルの手が馬車に引き込まれていく。
パタンと閉じた扉、リディアルは会いたかった人の胸に飛びこんだ。
「ハル、会いたかった」
「俺もだ、ディア」
心は殿下に向いているのに体だけはこの温もりを求めてしまう。
抱きしめてくれる腕が髪を撫でる手が優しくてうっとりと身を任せ酔いしれた。
ディアと囁く声に目を上げればすかさず甘い口付けが降りてきて、ちゅっと軽く吸われて唇を開けば熱い舌が入ってくる。
お互いの舌を絡ませるちゅくちゅくという音、混じり合う吐息、衣擦れの音、このまま時間が止まればいいのにと思ってしまう。
「んっ・・・ハル」
これ以上はいけない、駄目?と囁かれても駄目だ。
「馬車の中ですよ?」
「そうだった」
鼻先をすり合わせてふふふと笑い合う。
最後にもう一度軽く口付けてリディアルはその肩にこてんと体を預けた。
「ディア、フレッドに恋してる?」
「えぇ、心が殿下を求めてる。ハルは?彼に惹かれた?」
「あぁ、キラキラとこの先の未来を疑わない瞳をしていたよ」
「懲りませんね、僕たち」
「あぁ、全くだ」
カタカタと馬車の振動と時折扉を叩く横風、窓は布で閉ざされ薄暗く狭い空間。
ここだけがホッと息をつける場所。
「変わりはなかったかい?」
「えぇ・・・いや、殿下の様子がなんだかおかしいような」
「ん?」
「先程、これまでのように学院内を見て回らないかと言われて・・・これまでなら断ったとしてもそれまでだったのに」
「違った?」
「うん、その用は今日でないと駄目なのか?と口調が少し苛立っておられたような」
くるくると髪を弄んでいたハルの手がぴたりと止まった。
「どういうことだ?」
「わからない」
「計画を早めた方がいいと思うか?」
「どうでしょう。彼と殿下が順調であればその必要はないような」
「様子見か」
こくんとリディアルは頷き、ハルを見上げた。
吸い込まれそうな紫瞳、なにも言わなくても求めた唇が降ってくる。
「ディア、この世界で共に在りたいと思うのは君だけだ」
「僕も、ハルだけ」
不思議なことにどれだけ心が殿下を求めていようと、殿下との未来が見えない。
繰り返せば繰り返すほどぼんやりと霞がかっていくのだ。
心と体、求める先が違うのは何故だろう。
どちらが真実なのだろう、この温もりを離したくないという想いは一体なんなのだろう。
狂っているのはこの世界ではなく、ちぐはぐな想いを抱えた僕らなのかもしれない。
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