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嬉しい

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杖をついた婆の後ろにはネイサンが湯気のあがるカップの乗った盆を、リヤが菓子の乗った盆を持っていた。

「あそこな、置いとくれ。椅子やテーブルがいるなら隣の部屋のやつ使っていいから」

そう言って婆はまたゆっくりと退いていった。
なんとものんびりな姿にふふっとナルシュは笑いがこみ上げてきて、ぐっと飲み込んだ。
新たに運び込まれた椅子にエルドリッジと一緒に腰掛ける。
明らかに安宿の野暮なカップでも高貴な人間が持つと高級なものに見えるなぁ、とナルシュは目の前の皇女を見つめた。

音も立てずに口に運ぶ仕草や、カップの傾け方、いいなぁ、美しいなぁ、綺麗だなぁ、俺もあんな風になれたらいいなぁ。

「ナル、声に出てるぞ」
「へっ?出てた?」
「はっきり出てた」

ごめんなさいと言うが早いか、ぶふふと皇帝が笑った。

「いいなぁ」
「おやめください」

ピシャリと言い放つ皇女のドスの効いた声にナルシュの尻が少し浮いた。
それにも笑われてしまっていよいよナルシュはいたたまれなくなった。

「茶なんぞ口に入ってしまえば終いだ。美味そうに楽しく飲めばいい。菓子もそうだ、ちまちまと食うより思いきり頬張った方が美味い」
「そ、そういうわけには、ま、参りません。お・・・わたしは、ちゃんとしなければ。今まで、ずっとずっと後回しにしてきたことを回収して、もっと、もっと・・・誰から見ても、も文句を言われないように、もっと・・」
「もっと?」
「・・・エルに好きになってもらいたい。エルの自慢になりたい、から」

膝に置いた揃えた指先だけを見つめてつっかえながらもナルシュは言った。
そこに包むように乗せられた大きな手に、こんなとこで皇帝相手に何言ってんだ?と急に恥ずかしくなった。
しんと静まりかえった空気がなんだか息苦しい。
そもそも、どうして帝国の人がいるんだろう?
なにもわからなくてつい、また思うままに口走ってしまった。
挽回しようと決意した途端これだ。
なんとか修正して、やればできるところを見せたい。

「あ、の・・・そうじゃなくて、わた、わたしになにかお話しがあったのでは?」

そろっと顔をあげると、信じられないものを見るような顔が二つ。
またなにか間違えたかな?と隣を見やるとこちらは思いの外優しい顔があった。
空気を読むだとか場に合わせるとか苦手なんだよ、とそんな自分が嫌になる。
そんな中、ふっと息が漏れる音が聞こえたかと思うとがははと豪快な笑い声が響いた。
それに混じってからからと明るい笑い声も。

「そなたは、まだわかっていないのか?」
「ナルは拐かされたんだよ」
「え、誰に?」
「そこに御座す皇帝陛下に」
「えっと、普通に歩いてきたけど?」

きょとんとするナルシュにエルドリッジが顛末を語る。
ここのところ、ずっと忙しかったのは皇女が訪問するにあたっての準備をしていたこと。
予定の日より早く皇女が来訪したこと。
今日はお忍びで街を散策していたこと。
そこでナルシュを見つけたこと。

「そんな重大な任務なのに、なんで俺のとこ来たの?」
「それはだな・・・昨夜は帰れなかったから、その・・・」

たった一晩なのに、とナルシュはぷぷぷと笑った。
それでも同じように寂しく思っていてくれたなら、もういいやと思う。
それから、護衛は本当は四人だったこと。
ナルシュの言う五人目の話を聞きに商会へ行ったこと。
そしたら誰かに連れられて行ったと聞いて探したこと。

「なんか大変だったんだねぇ」
「おま、どんだけ心配したと思ってんだ」
「でも、いつも見つけてくれるし」

だろ?としししと笑う顔はいつもの屈託のないナルシュに戻っていた。

「と、いう訳です。父上の指輪を事務員が覚えていました」
「ははぁ、目敏いやつもいるんだなぁ」
「この国でも、周辺国でも男は指輪を嵌めないらしいですから」

ん?と皇帝の視線がナルシュの左手の薬指へ向かう。
えへへーとはにかむ顔はこれまでのあれこれがまたすっ飛んでいた。

「帝国の流儀がこちらへ流れてきたというわけか」
「そうなりますね」
「いいな、そういうのはとても良い」

なぁ?と言われたナルシュはよくわからないが頷いた。
笑む顔が優しかったから、それだけできっといい事なんだと思う。

「俺ねぇ、次の発情期で番になるんだぁ」

誰にでも吹聴していたナルシュだったが、最後にとんでもない大物の前で盛大に自慢した。

甘酸っぱいチェリーパイの匂いが一際濃くなって夕陽が落ちた。





☆良いお年をお迎えください(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
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