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由々しい

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ハルフォード商会を出て表通り、広場を抜けて裏通りへ。
ナルシュはほてほてと歩いていた。
頭にあるのはエルドリッジが怒られたらどうしよう、そればかりだった。
そんなもんだったから、自分がどこに向かって一体誰と歩いているのか?を深く考えていなかった。

こちらへ、と案内されたのは小さな宿屋で受付には腰の曲がった婆が杖を支えに一人腰掛けていた。
うとうとと船を漕いでいるのか、はたまたお辞儀をしているのかぺこぺこと下がる頭を通り過ぎて二階へ向かう。
狭いけれど埃もなく、手入れが行き届いた部屋で年季の入った丸いテーブルに椅子が二脚あった。

「自己紹介が遅れましたな。私は、ブ・・・ラックと申します」
「ナルシュです。あ、ナルシュ・コックスヒル、コックスヒル伯爵家の次男です」
「伯爵家の・・・」
「はい。あの、皇女・・・様は?」
「あぁ、すぐに参られます」

ラックがニコリと笑ったと同時に、ほとほとと扉が叩かれた。
来た!ナルシュは思いきりよく立ち上がり、平伏する勢いで腰を折り曲げた。

「まぁまぁ、ご丁寧に」

おほほと笑いながら受付の婆がゆっくりと入ってきた。
片手に杖、片手に盆を持ちその上には湯気の上がったカップが二つ。

「起きてたのか・・・」
「いやですよ、ちゃんと婆の目は開いておりますよ」

婆から盆を受け取ったラックはそれをテーブルに置くと、婆を戸口までエスコートした。
洗練されたその所作にラックは只者ではないんじゃないか?とナルシュに疑念が湧いた。

「あの時・・・」
「あの時?」
「護衛の一人が血相を変えてパン屋へ走りましたな?なにがあったので?」

ふうふうとカップを冷ましながらラックは聞いた。
ナルシュはカップに口をつけようとして、はたと考える。
そういえばなんであんな慌てて来たんだろう?

「・・・ずっと見てた、から?よくわかりません」
「何を?」
「エルが平民服着てたから、なにかの任務なのかなって。あと護衛も隠れて五人いたから偉い人がいるのかなぁって」

ラックの小指がピクと動いて、五人?と確かめる。

「ラックが一番上手でした」

ずずずと音をたてて茶を飲んだナルシュは、あ、音たてちゃった、と慌ててカップを置いた。
礼儀がなってない、と減点されるかなとそろっと目の前のラックを窺うと意外にも笑った顔があった。

「どうして私が内密に控えていると?」
「大人しくベンチに座ってる風でしたけど、時々視線が他の護衛を追っていたから。あと、膝の本の頁を捲ってなかったから足音を聞いてるのかなって。あとはなんか、景色に溶け込むようにしてるっていうか・・・気配を上手く隠してる感じ?」

うーん、と空を見つめながらナルシュは思い出す。
カカカと快活に笑ったラックにナルシュの肩が跳ねた。

「五人いたと言うのは皇女に伝えたかい?」
「はい・・・駄目、でしたか?バレたら怒られちゃいますか?」

しおしおと縮こまるナルシュにラックはニタリと笑った。



その頃、事務員はナルシュを訪ねてきた客について語っていた。

「普通のおじさんです。レッドブラウンの髪の子はいるか?って。うちにレッドブラウンの髪はナルちゃんしかいないから、ナルちゃん?って聞いたらそうだって」
「それで?」
「そこで二人で話してたけど、そのうち外に出ていいきました」
「どっちへ?」
「それはわからないけど・・・あ、そのおじさん指輪してました。ナルちゃんもしてるけど、おじさんの指輪なんて珍しいからよく覚えてる」

青っぽい紫みたいな石がついていた、と言う事務員に皇女は舌打ちをした。

「知ってるのか?」
「あぁ、よく知ってる」

ありがとう、礼を言い皇女はバタンと古びた扉を開けた。
何故かその背中には闘気がみなぎっていて、エルドリッジはゴクリと息を飲んだ。

「エルドリッジ、探すぞ」
「そりゃ、もちろん」

エルドリッジに威圧するな、と言った皇女が今度はただならぬ雰囲気をだしている。
ネイサンとリヤの顔も真剣で、一体なにが起きてるんだとエルドリッジの内に不安が渦巻いた。



一方、ナルシュは宿屋の二階で婆が焼いたというチェリーパイを頬張っていた。

「こーんな、こーんな大きいんだって!ありゃ、大将だと思う」
「そりゃ、すごい。それでどうしたのだ?」
「こうさ、俺の師匠がさ木のてっぺんから飛び降り様に斬りつけたのよ」
「あらあら、怖いこと」
「脳天目掛けて斬りつけたけどさ、既でかわされちゃって・・・」

ラックと婆相手にマーナハンの山で出会った大熊との格闘の話に花を咲かせていた。

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