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疑わしい
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エルドリッジは帝国の皇女を連れて街中を闊歩する。
皇女は興味深く店先に並んだ果物を、野菜を、金物を一つ一つ手に取って見ていく。
真っ赤で艶々のりんごを買い求めて齧りながら、視線を巡らせながら歩く。
「美味いな」
「それはなによりです」
「皆、落ち着いている」
「えぇ」
「街並みも綺麗だ」
気持ちよさように深呼吸した皇女は半分齧ったりんごをリヤに投げ渡した。
リヤはなにも言わず受け取り、シャクシャクと齧る。
広場では肉屋の倅からソーセージのやつを買ってベンチに座って食べる。
「ふふふ、あの者は見慣れぬ奴がきたと思っておるな」
肉屋の倅は鉄板でソーセージを転がしながら、その横で小麦粉で作った皮を焼いているだけだ。
「あれが、この広場を統べているのだろう。なぁ、リヤ」
リヤはこくりと頷き、そして見上げた。
見上げたその先を皇女もネイサンも、そしてエルドリッジも追う。
そこには、ナルシュが女と肩を組んで二人でこちらを見下ろしていた。
「・・・ずっと、見られて、いた。でも、殺気は、ない」
「・・・は?」
初めてリヤが喋った瞬間だった。
時は少しだけ遡って──
エルドリッジ達が広場に辿り着いた時、ナルシュ達はまだ緑風亭の二階にいた。
空を眺め、広場を見下ろしながら食後の茶を飲んでいた。
「あれ、あんたの男じゃない?金髪の」
「・・・あ、ほんとだ。エルだ」
広場に入ってくる四人組、長い髪を結わえた女と小柄な女にエルドリッジに引けを取らない体躯の男。
エルドリッジは平民服に身を包み、ソーセージのやつを買い求めている。
「なにあれ、浮気?」
「いや、エルは俺のこと大好きだからそれはない」
「あーーそっ」
言い切ったナルシュにミーシャはふんっと鼻息を荒くする。
当のナルシュは、視線を広場だけでなくその周囲までチラチラと動かしていた。
「あの三人の誰かが偉いやつなんだ」
「え?そうなの?」
「・・・多分。わかりにくいけど、護衛がついてる。四人、いや五人」
「なんでそんなのわかるのさ」
ナルシュは視線を広場に落としたまま一人の男を指さした。
「あの男、背筋が伸びてるだろ?」
「そんなの他にもいるじゃない」
「見てて、あの角を曲がった後にまた戻ってくるから」
指さした男は角を曲がって、しばらくすると別の角からまた出てきた。
あれも、あっちも、とナルシュは指さしていく。
「ミーシャは目的地があったら寄り道する?」
「するわけないでしょ」
「うん、目的がある人はまっすぐ歩く。あの男には目的地がない。でも、ただぶらぶらと散策もしていない。店先の商品も見てない。広場を通り過ぎる人を見てる」
言われて見れば、とミーシャも視線を落とす。
ナルシュの指さした人は誰も彼も背筋が伸びて、足運びが一定で隙がなさそうに見える。
浮ついた雰囲気もなく、よくよく見れば眼光が鋭い。
「あと、あのエル以外の三人も相当な手練だ・・・あ、見つかった」
「え?」
「あの髪の短いちっちゃい女。こっち見た」
「たまたまでしょ」
「いや、見たあとからずっと太ももに手を当ててる。きっとなにか武器を仕込んでる」
あんたさぁ、とミーシャはナルシュの肩を抱く。
「自分はなんもないって言ってたけど、それって特技なんじゃないの?」
「それ?」
「さっきのやつ」
「こんなん誰でもわかるよ」
「いーや、私はわかんなかったもん。すごいよ、ナルシュ。どこで教わったのさ」
「どこって、マーナハンにいた時、山の管理人のおっさんと山小屋に住んでたんだよね。その山、珍しい石とか植物があって密猟とかされるんだよ。んで、密猟者と山歩きの人の違いとか、人間と獣の立てる音の違いとか、気配の消し方とか木の登り方とか崖の降り方とか教えてもらったんだ」
やるじゃん、とミーシャはナルシュを褒めた。
褒められたナルシュも嬉しそうに笑う。
「あ、今度は本当に見つかったみたいよ」
「ほんとだ」
見上げるエルドリッジに一瞬手を振ろうかと思ったが、なにかの任務中なんだろうと思い至りナルシュは微動だにしなかった。
その代わりに、任務だろ?わかってると小さく頷いた。
小さく頷いたナルシュを見たエルドリッジはわけがわからなかった。
その隣の女はなんなんだ、そしてその頷きの意味は?
まさか、いや、ナルシュに限ってそんなことはない、浮気なんてそんなはずはない。
俺のことが大好きなんだ、そんなわけは・・・とエルドリッジはここのところ忙殺されていた日々を思い返した。
遅く帰る日々、強引に起こして抱いた夜、帰れなかった昨夜・・・
エルドリッジは駆け出した、愛想をつかされてたまるかと思いながら職務放棄した。
その後ろ姿を皇女とリヤが首を傾げながら見送った。
ネイサンだけは見上げた先から視線が動かない。
「・・・姫様。見つけました」
「いいんじゃないか?好きにしろ」
惚けたように見上げるネイサン。
それを皇女は面白そうに笑ってついでのようにリヤを抱き寄せ、その小作りな頭の旋毛にキスを落とした。
(ꕤ ॑꒳ ॑*)ノHappyMerrychristmas*↟⍋*↟
皇女は興味深く店先に並んだ果物を、野菜を、金物を一つ一つ手に取って見ていく。
真っ赤で艶々のりんごを買い求めて齧りながら、視線を巡らせながら歩く。
「美味いな」
「それはなによりです」
「皆、落ち着いている」
「えぇ」
「街並みも綺麗だ」
気持ちよさように深呼吸した皇女は半分齧ったりんごをリヤに投げ渡した。
リヤはなにも言わず受け取り、シャクシャクと齧る。
広場では肉屋の倅からソーセージのやつを買ってベンチに座って食べる。
「ふふふ、あの者は見慣れぬ奴がきたと思っておるな」
肉屋の倅は鉄板でソーセージを転がしながら、その横で小麦粉で作った皮を焼いているだけだ。
「あれが、この広場を統べているのだろう。なぁ、リヤ」
リヤはこくりと頷き、そして見上げた。
見上げたその先を皇女もネイサンも、そしてエルドリッジも追う。
そこには、ナルシュが女と肩を組んで二人でこちらを見下ろしていた。
「・・・ずっと、見られて、いた。でも、殺気は、ない」
「・・・は?」
初めてリヤが喋った瞬間だった。
時は少しだけ遡って──
エルドリッジ達が広場に辿り着いた時、ナルシュ達はまだ緑風亭の二階にいた。
空を眺め、広場を見下ろしながら食後の茶を飲んでいた。
「あれ、あんたの男じゃない?金髪の」
「・・・あ、ほんとだ。エルだ」
広場に入ってくる四人組、長い髪を結わえた女と小柄な女にエルドリッジに引けを取らない体躯の男。
エルドリッジは平民服に身を包み、ソーセージのやつを買い求めている。
「なにあれ、浮気?」
「いや、エルは俺のこと大好きだからそれはない」
「あーーそっ」
言い切ったナルシュにミーシャはふんっと鼻息を荒くする。
当のナルシュは、視線を広場だけでなくその周囲までチラチラと動かしていた。
「あの三人の誰かが偉いやつなんだ」
「え?そうなの?」
「・・・多分。わかりにくいけど、護衛がついてる。四人、いや五人」
「なんでそんなのわかるのさ」
ナルシュは視線を広場に落としたまま一人の男を指さした。
「あの男、背筋が伸びてるだろ?」
「そんなの他にもいるじゃない」
「見てて、あの角を曲がった後にまた戻ってくるから」
指さした男は角を曲がって、しばらくすると別の角からまた出てきた。
あれも、あっちも、とナルシュは指さしていく。
「ミーシャは目的地があったら寄り道する?」
「するわけないでしょ」
「うん、目的がある人はまっすぐ歩く。あの男には目的地がない。でも、ただぶらぶらと散策もしていない。店先の商品も見てない。広場を通り過ぎる人を見てる」
言われて見れば、とミーシャも視線を落とす。
ナルシュの指さした人は誰も彼も背筋が伸びて、足運びが一定で隙がなさそうに見える。
浮ついた雰囲気もなく、よくよく見れば眼光が鋭い。
「あと、あのエル以外の三人も相当な手練だ・・・あ、見つかった」
「え?」
「あの髪の短いちっちゃい女。こっち見た」
「たまたまでしょ」
「いや、見たあとからずっと太ももに手を当ててる。きっとなにか武器を仕込んでる」
あんたさぁ、とミーシャはナルシュの肩を抱く。
「自分はなんもないって言ってたけど、それって特技なんじゃないの?」
「それ?」
「さっきのやつ」
「こんなん誰でもわかるよ」
「いーや、私はわかんなかったもん。すごいよ、ナルシュ。どこで教わったのさ」
「どこって、マーナハンにいた時、山の管理人のおっさんと山小屋に住んでたんだよね。その山、珍しい石とか植物があって密猟とかされるんだよ。んで、密猟者と山歩きの人の違いとか、人間と獣の立てる音の違いとか、気配の消し方とか木の登り方とか崖の降り方とか教えてもらったんだ」
やるじゃん、とミーシャはナルシュを褒めた。
褒められたナルシュも嬉しそうに笑う。
「あ、今度は本当に見つかったみたいよ」
「ほんとだ」
見上げるエルドリッジに一瞬手を振ろうかと思ったが、なにかの任務中なんだろうと思い至りナルシュは微動だにしなかった。
その代わりに、任務だろ?わかってると小さく頷いた。
小さく頷いたナルシュを見たエルドリッジはわけがわからなかった。
その隣の女はなんなんだ、そしてその頷きの意味は?
まさか、いや、ナルシュに限ってそんなことはない、浮気なんてそんなはずはない。
俺のことが大好きなんだ、そんなわけは・・・とエルドリッジはここのところ忙殺されていた日々を思い返した。
遅く帰る日々、強引に起こして抱いた夜、帰れなかった昨夜・・・
エルドリッジは駆け出した、愛想をつかされてたまるかと思いながら職務放棄した。
その後ろ姿を皇女とリヤが首を傾げながら見送った。
ネイサンだけは見上げた先から視線が動かない。
「・・・姫様。見つけました」
「いいんじゃないか?好きにしろ」
惚けたように見上げるネイサン。
それを皇女は面白そうに笑ってついでのようにリヤを抱き寄せ、その小作りな頭の旋毛にキスを落とした。
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