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親しい
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はぁーという大きな溜息は今日何度目だろうか、とミーシャは思い返す。
浮かれたり落ち込んだり忙しいやつだな、と思いながらサッサッと文を仕分けていく。
ねぇミーシャ、と呼ぶ声にきたかと思う。
「俺さ、昔から嫌なもんは嫌でここまできたんだ」
「ふぅん」
「そしたらさ、兄は城で文官やってて、弟は作家なの。でさ、兄の番は騎士で弟の番は宰相補佐ってやつなんだ」
「へぇ」
「俺だけ、なんもないんだよ。こんなとこで誰でもできる仕事してる」
「あんたそれ喧嘩売ってんの?」
あ、とポカリと開けた口で悪気がないのはよくわかる。
よくわかるが何言ってんだこいつ、と思う気持ちの方が強い。
「で?今からなんかすごい人になりたいわけ?」
「・・・うん」
「無理でしょ。ツケが回ってきたんだよ」
「だよなぁ」
話しながらでも二人の手が止まることはない、正確に仕分けていく。
「でもあんた、もうすぐ番うんでしょ?相手になんか言われたの?」
「エルはそんなこと言わない」
「じゃ、いいじゃない」
「・・・うん」
何がなんだかしょんぼりと肩を落とす姿は濡れた鼠のようで、どうしたもんかねとミーシャも同じように嘆息した。
その頃エルドリッジはナルシュが落ち込んでいるなんて露知らず、王城の一室で平民服に着替えていた。
「うちの姫様がすまない」
ぺこりと頭を下げるのはメリッサ皇女の護衛で名をネイサン・カークライト。
愛嬌のある垂れ目に、通った鼻筋、甘茶色の髪は緩く波打っていて申し訳なさからか眉尻が下がっていた。
当時は一国の王であった現皇帝が最初に制圧した国の出で、生家はもうないらしい。
「君も大変だね」
「いや、まあ・・・」
はははと乾いた笑いでほりほりと頬を掻きながら視線はどこか宙に浮いている。
苦労してんだなぁ、とエルドリッジは同情した。
「ネイト!準備は出来たか?」
ノックも無しに開け放たれた扉からズカズカと入り込んできたのは噂の皇女だった。
燃えるような緋色の髪はどういうわけか落ち着いた茶になっていた。
もう一人の護衛は女で皇女の後をゆっくりとついて歩く。
濡羽色の髪を耳の下で切りそろえ、前髪は眉の上で真一文字に揃えられている。
女の名はリヤ、家名はない。
リヤは常に無表情で、なにを考えているかわからない。
表情に出るネイサンとリヤは正反対だった。
エルドリッジの視線に気づいた皇女はニタリと笑って、これか?と自分の頭を指した。
「目立たぬように色粉をふったのだ。湯を浴びればすぐに落ちる」
さいですか、とエルドリッジは内心独りごち黙礼するに留めた。
今から四人で街へ、貴族街ではなく平民街へと繰り出す。
曰く、民の顔を見れば国の善し悪しは概ねわかるというのだ。
もちろんそれだけを判断材料にするわけではないが、それも重要事項だという。
「じゃ、行くか」
意気揚々と大股で闊歩する皇女にリヤがついて行く。
先に立つなら案内人などいらないではないか。
眉を顰めたエルドリッジにネイサンはまた、すまないと頭を下げた。
時刻は昼時、ハルフォード商会でも昼休憩に入る。
家から持参して来る人もいれば、外へ食べに行く人もいる。
ナルシュはいつも外へ食べに行く。
「ナルシュ、今日は私が奢ったげるよ」
「え!いいの?」
「いいよ、その代わりその辛気臭い顔はもうやめて。いいじゃない、あんたはあんたで。そんなあんたのことをあの金髪は好きだって言ってんだろ?」
「うん」
「だったらもうそれでいいじゃない。何者になれなくても、好きな人が自分を好きってすごいことなんだから」
「そう、なのかな?」
「そう思っときなさいよ。その好きな人のために大嫌いな勉強頑張ってんでしょ?それは誇っていいことだ」
うん、と頷くナルシュの頭をミーシャはぐわんぐわん揺らした。
「あんたはあんただよ。私はあんたの真っ直ぐなとこが好きなんだ」
「ミーシャ、ありがと」
自分じゃないなにかにならなければいけない、と思っていた。
気づけば周りはみんな大人になっていた。
ミーシャの言うようにツケが回ってきた、だけど今の自分は前を向いていると思う。
自分から勉強するなんて考えられなかった。
落ち込むこともあるけれど、たまにちょっとサボったりするけれど、まだまだ下手くそだけどできることは少しずつ増えてきたと思いたい。
「んじゃ、行くか。緑風亭の鶏野菜サンドしか奢らないからね」
「それ一番安いヤツじゃん」
文句言うな、と言うミーシャの後を追って商会を抜けて並んで歩く。
緑風亭は広場を臨む位置に建っていて一階はパン屋、二階で軽食を食べることができる。
二階からは広場を一望できるので窓際の席はいつだって人気席だ。
「やった、空いてるよ、ナルシュ」
窓際に陣取った二人は鶏野菜サンドとかぼちゃスープを頼んだ。
かぼちゃスープはねっとりと甘くて、薄く切った鶏ハムと野菜のサンドはしっとりシャキシャキで美味しい。
「俺、頑張る」
「ん、そうしろ」
鶏野菜サンドをペロリと食べたミーシャはそう言って頬に小さな笑窪を作った。
※あんまり進んでなくてすみません
浮かれたり落ち込んだり忙しいやつだな、と思いながらサッサッと文を仕分けていく。
ねぇミーシャ、と呼ぶ声にきたかと思う。
「俺さ、昔から嫌なもんは嫌でここまできたんだ」
「ふぅん」
「そしたらさ、兄は城で文官やってて、弟は作家なの。でさ、兄の番は騎士で弟の番は宰相補佐ってやつなんだ」
「へぇ」
「俺だけ、なんもないんだよ。こんなとこで誰でもできる仕事してる」
「あんたそれ喧嘩売ってんの?」
あ、とポカリと開けた口で悪気がないのはよくわかる。
よくわかるが何言ってんだこいつ、と思う気持ちの方が強い。
「で?今からなんかすごい人になりたいわけ?」
「・・・うん」
「無理でしょ。ツケが回ってきたんだよ」
「だよなぁ」
話しながらでも二人の手が止まることはない、正確に仕分けていく。
「でもあんた、もうすぐ番うんでしょ?相手になんか言われたの?」
「エルはそんなこと言わない」
「じゃ、いいじゃない」
「・・・うん」
何がなんだかしょんぼりと肩を落とす姿は濡れた鼠のようで、どうしたもんかねとミーシャも同じように嘆息した。
その頃エルドリッジはナルシュが落ち込んでいるなんて露知らず、王城の一室で平民服に着替えていた。
「うちの姫様がすまない」
ぺこりと頭を下げるのはメリッサ皇女の護衛で名をネイサン・カークライト。
愛嬌のある垂れ目に、通った鼻筋、甘茶色の髪は緩く波打っていて申し訳なさからか眉尻が下がっていた。
当時は一国の王であった現皇帝が最初に制圧した国の出で、生家はもうないらしい。
「君も大変だね」
「いや、まあ・・・」
はははと乾いた笑いでほりほりと頬を掻きながら視線はどこか宙に浮いている。
苦労してんだなぁ、とエルドリッジは同情した。
「ネイト!準備は出来たか?」
ノックも無しに開け放たれた扉からズカズカと入り込んできたのは噂の皇女だった。
燃えるような緋色の髪はどういうわけか落ち着いた茶になっていた。
もう一人の護衛は女で皇女の後をゆっくりとついて歩く。
濡羽色の髪を耳の下で切りそろえ、前髪は眉の上で真一文字に揃えられている。
女の名はリヤ、家名はない。
リヤは常に無表情で、なにを考えているかわからない。
表情に出るネイサンとリヤは正反対だった。
エルドリッジの視線に気づいた皇女はニタリと笑って、これか?と自分の頭を指した。
「目立たぬように色粉をふったのだ。湯を浴びればすぐに落ちる」
さいですか、とエルドリッジは内心独りごち黙礼するに留めた。
今から四人で街へ、貴族街ではなく平民街へと繰り出す。
曰く、民の顔を見れば国の善し悪しは概ねわかるというのだ。
もちろんそれだけを判断材料にするわけではないが、それも重要事項だという。
「じゃ、行くか」
意気揚々と大股で闊歩する皇女にリヤがついて行く。
先に立つなら案内人などいらないではないか。
眉を顰めたエルドリッジにネイサンはまた、すまないと頭を下げた。
時刻は昼時、ハルフォード商会でも昼休憩に入る。
家から持参して来る人もいれば、外へ食べに行く人もいる。
ナルシュはいつも外へ食べに行く。
「ナルシュ、今日は私が奢ったげるよ」
「え!いいの?」
「いいよ、その代わりその辛気臭い顔はもうやめて。いいじゃない、あんたはあんたで。そんなあんたのことをあの金髪は好きだって言ってんだろ?」
「うん」
「だったらもうそれでいいじゃない。何者になれなくても、好きな人が自分を好きってすごいことなんだから」
「そう、なのかな?」
「そう思っときなさいよ。その好きな人のために大嫌いな勉強頑張ってんでしょ?それは誇っていいことだ」
うん、と頷くナルシュの頭をミーシャはぐわんぐわん揺らした。
「あんたはあんただよ。私はあんたの真っ直ぐなとこが好きなんだ」
「ミーシャ、ありがと」
自分じゃないなにかにならなければいけない、と思っていた。
気づけば周りはみんな大人になっていた。
ミーシャの言うようにツケが回ってきた、だけど今の自分は前を向いていると思う。
自分から勉強するなんて考えられなかった。
落ち込むこともあるけれど、たまにちょっとサボったりするけれど、まだまだ下手くそだけどできることは少しずつ増えてきたと思いたい。
「んじゃ、行くか。緑風亭の鶏野菜サンドしか奢らないからね」
「それ一番安いヤツじゃん」
文句言うな、と言うミーシャの後を追って商会を抜けて並んで歩く。
緑風亭は広場を臨む位置に建っていて一階はパン屋、二階で軽食を食べることができる。
二階からは広場を一望できるので窓際の席はいつだって人気席だ。
「やった、空いてるよ、ナルシュ」
窓際に陣取った二人は鶏野菜サンドとかぼちゃスープを頼んだ。
かぼちゃスープはねっとりと甘くて、薄く切った鶏ハムと野菜のサンドはしっとりシャキシャキで美味しい。
「俺、頑張る」
「ん、そうしろ」
鶏野菜サンドをペロリと食べたミーシャはそう言って頬に小さな笑窪を作った。
※あんまり進んでなくてすみません
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