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寂しい

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王都に帰ってから五日、リュカは自室の物書き机に根を生やしてペンを走らせる。
その間アイザックは当然放置だが、アイザックはアイザックでなかなかに多忙らしい。
らしい、というのは詳細は言えないとアイザックが言うから。
宰相補佐という仕事柄言えないこともあるだろうとリュカは頷いた。
そんなちょっぴりすれ違いの公爵家にナルシュがとぼとぼとやってきた。
元気が取り柄のナルシュの落ち込みように公爵家は慌てふためき、マーサを筆頭に使用人総出でナルシュを甘やかした。
ソルジュは慌ててアーカード家への文を早馬に持たせた。
供も付けずに歩いてくるなんて次期子爵夫人が・・・あ、これ二回目だとソルジュは当時を思い出して苦笑した。

「・・・エルがかまってくれない」

ソファでリュカにぴたりと抱きついたナルシュはそう呟いた。

「お仕事が忙しいのでは?アイクもとても忙しいみたい」
「なんで忙しいの?」
「それは、知らないけど」

そんな二人の前にティム特製のふかふかのパンケーキが置かれた。
バターたっぷりに蜂蜜がとろりとかかっている。
その蜂蜜の匂いを嗅いでまたナルシュは萎れていった。

「小兄様、発情期近いんじゃない?」
「んー、そうかも」

前はいつだったっけ、と指を折るナルシュ。

「・・・寂しいの?」
「うん」

素直なナルシュにリュカは面食らい、マーサを見やった。
マーサは深く頷いてリュカに歩み寄る。

「ナルシュ様は普段元気いっぱいで騒がしくうるさくしている分、発情期はこうなのだと思います」
「そうなの?」
「初めての発情がそうでしたから。後は薬で抑えられているので・・・」

ナルシュの発情は十四歳、普段のナルシュからは考えもつかないような落ち込みようだったとマーサは言う。
誰も立ち入れない室内から漏れ聞こえてくるのはすすり泣きと寂しいよぉというか細い声だった。

「そういえば小兄様は常に誰かといるよね」
「えぇ、邸内ではご兄弟が、外では下町の子どもらが。大人になった今ではエルドリッジ様がいらっしゃいますが、それまでは夜な夜なパブで飲んでましたしね」

ずんと暗い顔でパンケーキを食べるその顔、いつもなら美味しいよ!と破顔するところなのにとリュカは思う。

「本当にエルドリッジ義兄様が好きなのですねぇ」

頬に手を当てしみじみと呟いたリュカにマーサ始め使用人達が深く頷いた。

「小兄様との発情期休暇をとるために忙しくしてるのかも」
「じゃあなんでそう言ってくんないの?」
「確かにそうだねぇ」
「・・・それに、きっと気づいてない」

ふわわ、と欠伸をしたリュカはナルシュの肩にこてんと頭を乗せて目を閉じた。

「マーサ、リュカどうした?」
「今お書きになっているお話が大詰めなんでございますよ」
「そうなんだ。じゃ、押しかけて悪いことしちゃったな」
「まぁ!ナルシュ様がそんなこと仰るなんて・・・天国の奥様が聞いたら泣いてお喜びになるでしょう」

そう言うとマーサはナルシュの頭を撫でた。
そりゃ俺だって成長するさ、とその優しい手のひらを享受する。

「母様の手だね」
「そうでございます」
「俺は、駄目な方だから」
「そんなことございません」

マーサだけに許されたそれにナルシュは身を委ねた。
そしてそのままリュカと一緒に眠ってしまう。
ふわりとかけられたブランケットはお日様の匂いがした。



一方、王城ではアイザックとエルドリッジ、そしてセオドアが顔を突き合わせていた。

「なんっで、俺なんだ!」

グッと拳を握りエルドリッジは目の前の二人を睨んだ。
セオドアもアイザックも申し訳なさそうに眉を下げるだけだ。
本来なら王太子の前でとる態度では無いが、同窓でもあるし知らない仲でないのでセオドアも不問とし同じ酒を空けた。

「あちらからの指名なんだ、仕方ないだろ?」

とはセオドアの弁である。
空いたグラスに酒を注いでやりながらエルドリッジの顔色を窺う。

「ザックも代わると宰相に申し出たんだが了承は得られなかったんだ、なあ?」
「あぁ、できるだけ機嫌をそこねるようなことはしたくないと、そう言われてな」

ごくごくと琥珀色のそれを飲み干したエルドリッジは座った目をしていた。

「俺らが番えなかったらお前らを呪う」
「ま、まぁ、今回だけじゃないだろ?ザックなんて結婚してから番になるまで二年以上かかったんだぞ?」
「そんなもん知るか」

休暇明けからこっち、王城では皆が皆揃って多忙を極めていた。
賓客を招くにあたり警備体制を強固なものにし、各地から食材を仕入れ、雑草一本生えていないように庭師が手入れし、城の中の何もかもを磨きあげる。

「呪う相手が違うだろ?呪うなら皇女を呪え」

物騒この上ないアイザックの発言だが、ここは王太子専用サロンである。

「そうだぞ、皇女を呪え。元々は違う人間が来る予定だったんだ。それを直前に皇女に差し替えたなんて俺たちだって今日まで知らなかったんだ」

そんなことはわかっている、とエルドリッジは思う。
これは八つ当たりだ、それは本人がよくわかっている。
だが、ナルシュを思うと胸が痛い。
ただでさえ帰宅すると眠っていて、その頬にある涙の後と濃く感じられるシトラスの匂い。
それを放っておくなんて出来ない、けれど国として中枢に籍を置くものとして今回の事態も放っておけない。


後日、軍事国であるヴァルテマ帝国の皇女が訪問する。
友好国として値するのか、それを見極めにやって来る。
その案内人にエルドリッジが指名されたのである。


※エルナル番編よろしくお願いします。
どうして指名されたのかは次回あっさり判明します。
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