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離したくない!
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アイザックが目覚めた時、ベッドには一人きりだった。
リュカを可愛がったのか可愛がられたのか記憶も朧気で、もしかしたら全て夢だったのでは?と思いながら体を起こした。
けれど指先で触れた喉元にはうっすらだが瘡蓋の手触りがした。
「・・・リュカ」
一人きりの寝室に落ちた言葉を拾う者はおらず、外から微かに鳥の鳴き声が聞こえてくるだけだった。
ざらりとした瘡蓋をなぞってから転がるようにアイザックはベッドから飛び出した。
続き扉を勢いよく開ける。
「ッリュカ!!」
「あ、起きました?」
リュカはソファの前のローテーブルの前にぺたんと座っていた。
手にはペンを持ち、原稿用紙が散乱している。
小首を傾げてこちらを見やるリュカに駆け寄ってその体を抱きしめた。
温かい、首筋に吐息も感じる、トクトクと心臓が鼓動を打っている。
「リュカ、どうして一緒に寝てない!?」
「えっと、よくお休みのようでしたし・・・」
「せっかく久しぶりに触れ合えたんだから、少しくらい一緒にいてくれてもいいじゃないか」
むうと口を尖らせながら言うアイザックがなんだか子どものようで、リュカはころころと笑った。
「なんで笑う?」
「アイク、あなたは丸一日と半分寝てたんですよ?」
「は?」
「ずっと寝てなかったんじゃないですか?お医者様にも診ていただきましたけど、ただ眠っているだけだと仰ってました」
縋るように抱きついた顔のその頬をリュカは優しく撫でた。
「胸のつかえがとれたので、安心して眠ってしまったのでは?」
「・・・そ、うなの、か?」
「えぇ、僕はちゃんとアイクの傍にいますよ」
強ばっていた顔が緩んだのを見て、お茶を淹れましょうか?とリュカも笑んだ。
茶のいい香りをカップから漂よわせながら、リュカは小さなショコラも合わせてアイザックの前に置いた。
「小兄様はそれはそれは茶を淹れるのが下手くそだったんですよ?」
「へぇ」
「温い、薄い、濃い、渋いと味も定まらずで・・・でも、誰かを想う気持ちというのは偉大ですね。今では美味しい茶を淹れてくれます」
ふぅんとアイザックは茶を飲んでショコラを口に入れた。
オレンジリキュールの入ったそれはほろ苦く、瑞々しかった。
リュカは取り留めのないことをゆっくりと話していく。
そうしているうちにまたアイザックの目がとろりと落ちてくる。
暖かな部屋、リュカの穏やかな声、包み込むような匂い、美味しい茶。
「膝枕をしてあげましょうか?」
うん、と素直にアイザックはリュカの膝に頭を乗せて大きな欠伸をひとつ吐き出した。
「あの屋敷の兄妹のことを書いてるのか?」
「いいえ、違いますよ」
「てっきり・・・」
「聞きたいですか?」
「あぁ・・・」
アイザックは瞼に置かれた手のひら、梳くように頭を撫でる手のひらにまたとろとろと眠ってしまいそうになる。
「ある踊り子と隊商の男の話です。二人は運命の出会いを果たして隊商と共に各地を旅します。水の都や、雪の村、砂の国、からくりの街、旅をしながら絆を愛を育んでいくのです」
「それは・・・」
「隊商の男と踊子は二人共に見目麗しく、何処へ行っても注目を浴びます。踊り子は各地で男への愛の舞を舞うのです・・・・・・──」
いつの間にかすうすうと寝息をたてるのをリュカは見下ろした。
「踊り子はね、僕なんですよ?隊商の男はアイクです。僕があなたの真実の運命の人になりたかった。だから、お話の中だけでも・・・ううん、お話の中だからこそ、そうでありたかったんです」
ぽつりとアイザックの頬に雫が落ちた。
「おかえりなさい。帰ってきてくれてありがとう」
首の瘡蓋を撫でて、ごめんねとリュカは呟いた。
リュカの新しいお話を寝物語にアイザックはうとうとと眠りに落ちた。
夢の中のリュカは踊り子になっていて一緒に旅をする。
水の都では、張り巡らされている水路を小舟ですいすいと進んでいく。
途中、商船から桃を買ってかぶりついて食べる。
溢れる果汁が腕まで垂れて笑いあった。
砂の国ではフードを目深に被って砂の海を渡る。
オアシスでは手を器に冷たい水で喉を潤した。
雪の村ではみんな固めた雪に穴を掘り、地下に住んでいた。
パチパチと焚き火の爆ぜる音を聞きながら、リュカが踊る。
焚き火の傍には串に刺したチーズがあり、とろりと溶けたそれと干し肉を交互に食べた。
からくりの街は、子どもが作った積み木のような家にみんな住んでいた。
高いシルクハットに口髭の紳士が街を治めていて、リュカの踊りをいたく気に入っていた。
夢の中の二人は寄り添い、労りあい、笑いあい、終始離れることはなかった。
ふっと意識が浮上したアイザックの傍ではリュカが眠っていた。
いつの間にかベッドで寝ていて、眠るリュカの顔を月明かりが照らしている。
どこからが夢だったんだろう。
「リュカ、いつか二人でいろんな土地を旅しよう」
リュカはもちろん答えない、穏やかに眠るだけだ。
「ただいま、リュカ」
頬にそっと口づけたアイザックはリュカを抱いてまたその目を閉じた。
※運命の番編、これにておしまい。
読んでくださりありがとうございます。
リュカを可愛がったのか可愛がられたのか記憶も朧気で、もしかしたら全て夢だったのでは?と思いながら体を起こした。
けれど指先で触れた喉元にはうっすらだが瘡蓋の手触りがした。
「・・・リュカ」
一人きりの寝室に落ちた言葉を拾う者はおらず、外から微かに鳥の鳴き声が聞こえてくるだけだった。
ざらりとした瘡蓋をなぞってから転がるようにアイザックはベッドから飛び出した。
続き扉を勢いよく開ける。
「ッリュカ!!」
「あ、起きました?」
リュカはソファの前のローテーブルの前にぺたんと座っていた。
手にはペンを持ち、原稿用紙が散乱している。
小首を傾げてこちらを見やるリュカに駆け寄ってその体を抱きしめた。
温かい、首筋に吐息も感じる、トクトクと心臓が鼓動を打っている。
「リュカ、どうして一緒に寝てない!?」
「えっと、よくお休みのようでしたし・・・」
「せっかく久しぶりに触れ合えたんだから、少しくらい一緒にいてくれてもいいじゃないか」
むうと口を尖らせながら言うアイザックがなんだか子どものようで、リュカはころころと笑った。
「なんで笑う?」
「アイク、あなたは丸一日と半分寝てたんですよ?」
「は?」
「ずっと寝てなかったんじゃないですか?お医者様にも診ていただきましたけど、ただ眠っているだけだと仰ってました」
縋るように抱きついた顔のその頬をリュカは優しく撫でた。
「胸のつかえがとれたので、安心して眠ってしまったのでは?」
「・・・そ、うなの、か?」
「えぇ、僕はちゃんとアイクの傍にいますよ」
強ばっていた顔が緩んだのを見て、お茶を淹れましょうか?とリュカも笑んだ。
茶のいい香りをカップから漂よわせながら、リュカは小さなショコラも合わせてアイザックの前に置いた。
「小兄様はそれはそれは茶を淹れるのが下手くそだったんですよ?」
「へぇ」
「温い、薄い、濃い、渋いと味も定まらずで・・・でも、誰かを想う気持ちというのは偉大ですね。今では美味しい茶を淹れてくれます」
ふぅんとアイザックは茶を飲んでショコラを口に入れた。
オレンジリキュールの入ったそれはほろ苦く、瑞々しかった。
リュカは取り留めのないことをゆっくりと話していく。
そうしているうちにまたアイザックの目がとろりと落ちてくる。
暖かな部屋、リュカの穏やかな声、包み込むような匂い、美味しい茶。
「膝枕をしてあげましょうか?」
うん、と素直にアイザックはリュカの膝に頭を乗せて大きな欠伸をひとつ吐き出した。
「あの屋敷の兄妹のことを書いてるのか?」
「いいえ、違いますよ」
「てっきり・・・」
「聞きたいですか?」
「あぁ・・・」
アイザックは瞼に置かれた手のひら、梳くように頭を撫でる手のひらにまたとろとろと眠ってしまいそうになる。
「ある踊り子と隊商の男の話です。二人は運命の出会いを果たして隊商と共に各地を旅します。水の都や、雪の村、砂の国、からくりの街、旅をしながら絆を愛を育んでいくのです」
「それは・・・」
「隊商の男と踊子は二人共に見目麗しく、何処へ行っても注目を浴びます。踊り子は各地で男への愛の舞を舞うのです・・・・・・──」
いつの間にかすうすうと寝息をたてるのをリュカは見下ろした。
「踊り子はね、僕なんですよ?隊商の男はアイクです。僕があなたの真実の運命の人になりたかった。だから、お話の中だけでも・・・ううん、お話の中だからこそ、そうでありたかったんです」
ぽつりとアイザックの頬に雫が落ちた。
「おかえりなさい。帰ってきてくれてありがとう」
首の瘡蓋を撫でて、ごめんねとリュカは呟いた。
リュカの新しいお話を寝物語にアイザックはうとうとと眠りに落ちた。
夢の中のリュカは踊り子になっていて一緒に旅をする。
水の都では、張り巡らされている水路を小舟ですいすいと進んでいく。
途中、商船から桃を買ってかぶりついて食べる。
溢れる果汁が腕まで垂れて笑いあった。
砂の国ではフードを目深に被って砂の海を渡る。
オアシスでは手を器に冷たい水で喉を潤した。
雪の村ではみんな固めた雪に穴を掘り、地下に住んでいた。
パチパチと焚き火の爆ぜる音を聞きながら、リュカが踊る。
焚き火の傍には串に刺したチーズがあり、とろりと溶けたそれと干し肉を交互に食べた。
からくりの街は、子どもが作った積み木のような家にみんな住んでいた。
高いシルクハットに口髭の紳士が街を治めていて、リュカの踊りをいたく気に入っていた。
夢の中の二人は寄り添い、労りあい、笑いあい、終始離れることはなかった。
ふっと意識が浮上したアイザックの傍ではリュカが眠っていた。
いつの間にかベッドで寝ていて、眠るリュカの顔を月明かりが照らしている。
どこからが夢だったんだろう。
「リュカ、いつか二人でいろんな土地を旅しよう」
リュカはもちろん答えない、穏やかに眠るだけだ。
「ただいま、リュカ」
頬にそっと口づけたアイザックはリュカを抱いてまたその目を閉じた。
※運命の番編、これにておしまい。
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