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愛しあいたい!

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怒っていたな、とアイザックは運命の顔を思い浮かべた。
あんな顔だったんだな、と思う。
口の中の違和感にペッと吐き出すと歯の欠片が出てきた。
どの歯が欠けたんだろう、そんなにも歯を食いしばっていたのか。
そう思うと知らず笑いがこみ上げてきた。
あれだけ悪し様に罵ったんだ。
彼には、彼にも運命に囚われない人生を歩んでほしい。
自分がリュカを心から愛しているように、彼にもいつかそういう人ができてほしい。
夜の帳が下りてきた、月が昇っていく。
黄金に輝く丸い月が。



リュカは机にぺたりと頬をおっつけて花瓶のマーガレットを見ていた。
どうして今日は束だったんだろう、それになぜまたマーガレットだったんだろうか。
指先の黒と花弁についた黒とを交互に見て、これは自分なのだと思った。
アイザックの真っ白な行き道に自分が染みをつけてしまったのだ。
由緒ある家に生まれ、容姿端麗頭脳明晰のバースの頂点であるα。
元々、釣り合っていなかった。
誰しもが一度は憧れる運命の番、それがアイザックにあれば彼の人生は完璧なものになったはずだ。
自分に囚われずにアイザックには行き道を選んでほしい。
そう思っている、けれどどこかで帰ってくると期待もしてしまう。
反対の気持ちばかりを抱えるのはとても疲れる。

「・・・それでも、信じてる」

信じさせて、とリュカは目を閉じる。
愛する人の汚点に自分がなってしまったとしても一緒にいたい。
でも誰もが羨む幸せを掴んでほしい、とも思う。
翳りゆく部屋の中でリュカは小さな水溜まりを作って眠ってしまった。

夢の中ではアイザックと共にある。
朝起きて、おはようと言い合って行ってらっしゃいと送り出す。
マーサやエマに教わって刺繍をしたり、庭をジェリーと一緒にピコピコと散歩をする。
綺麗に咲いた花は手折って食卓に飾ってもらう。
ちっとも上手くならないクッキーも焼く。
おかえりなさい、と抱きついて頭を撫でてもらう。
着替えを手伝って同じものを食べる。
湯を浴びてお互いの身体を洗いあって、一日あった出来事を語り合う。
ベッドでは睦言を囁きながら確かめるように体に触れる。
ぴたりと合った肌はかけがえのないもので、多幸感が心を満たす。

こんな日がずっと続くと思っていた、続いてほしい。
目覚めるととうに陽は落ちていて、暗がりに浮かぶマーガレット。
あぁ十一本か、と今更ながらに気づいた。

「・・・私の、最愛」

窓から覗く黄金の月は真ん丸でバルコニーを照らしている。
おいでおいで、とキラキラ光っているように見えるのは願望だろうか。
思わず立ち上がるとガタンと音を立てて椅子が倒れた。
それが合図になって、リュカは弾みのついた鞠のようにバルコニーへ駆けていく。

バルコニーのその先、会いたい人が見上げている。
あ、と口を開けたその先を待たずにリュカは柵を越えた。
月明かりに輝くローズブロンドが風に靡いて、一直線にその胸に飛び込む。
どす、という鈍い音をさせてアイザックが尻もちをついた。

「・・・危ないじゃないか」

抱きとめたリュカをぎゅうと抱きしめながらアイザックが呟き、そのまま後ろに倒れ込んだ。
ぽかりと浮かんだ月がそんな二人を照らしている。
雲のない冴え冴えとした夜。
チチチと虫の鳴く声が近くに聞こえる。

「でも、受けとめてくれました」
「うん、リュカの全部を受け止めるよ」
「アイクを信じてるから」
「・・・うん」

触れた箇所がじわじわと熱をもっていくのがわかる。
甘ったるい中に混じるスパイシーな匂い。
二人だけの匂いになんだか泣けてくる。
ころと横になってお互いに顔を合わせた。
リュカは目の前の瞳の中をじっと覗き見る。
探している、とアイザックは思った。
運命の影を探している、一度奪われたものを取り返せたのかを確認している。
目の前の頬を親指で小さく撫でながらアイザックはリュカの気が済むまで全てを晒した。
リュカしか映していないのだから。
どれくらいそうしていただろうか、虫の声がチチチからキィキィリンリンと変わった。

「・・・後悔させません」

納得したリュカはほわりと笑った。
目尻の涙が月明かりにキラリと光る。
それをちゅと吸い上げて額を合わせてまた見つめあった。

「リュカ、新たに契約を結ぼう」
「─その契約には、愛が含まれていますか?」
「あぁ、リュカだけを愛すると誓う」
「─期間は?」
「死が、二人を分かつまで」

合わせた唇はどちらもカサついていて、小さくめくれた皮がチクリと刺さった。
お互いの熱を交換するように何度も交わす唇はやがてしっとりと潤っていった。

─・・・愛してる

示し合わせたわけでもないのに同時に言葉がこぼれて、声を合わせて笑ってしまう。
クスクスと笑いあって小指を絡ませてそこにキスを落とす。
離れていた時間を埋めるように二人はいつまでもそうやって抱き合って、くしゅんとくしゃみを響かせたのだった。




※タイトルの回収ができました。ちと強引だったかな。
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