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護りたい!
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ナルシュに背を向けたエルドリッジはそのまま護衛が向かった方へ急いだ。
宿を通り過ぎ、演芸場の前でキャンキャンと吠える犬のようなΩに護衛が狼狽えているのが見える。
「ちょっと!どうして邪魔をするの?あの宿に居るんでしょ?知ってるんだから!」
ぷっと膨らませた頬は、見ようによっては可愛らしいのかもしれない。
どうするか、と考えていたエルドリッジに気づいたのか、アイザックの運命は眦を釣り上げた。
「あっ!あんた、あの時運命の君を連れて行った人だね!?どいつもこいつもどうして邪魔だてするんだよ!」
「あのね、その運命の君とやらは君とは会わないよ」
「どうしてっ!!」
「教えてやる義理はない」
頭ひとつ分下から睨め上げてくるが全く怖くないし、同じことでもナルシュがすれば可愛らしいだろうなと思うだけだ。
「ユーリス!」
「サビート・・・」
「何やってんだ、勝手なことするなって・・・」
演芸場の奥から出て来たのはユーリスと同じ褐色の肌をもつ男だった。
男らしく短髪に刈り上げ、耳には金の輪がぶら下がっている。
「それじゃ、我々はここで」
「ちょ、ちょっと、あんた達は・・・」
エルドリッジも護衛達もそれに答えずに背を向けた。
もう会うこともない、この時エルドリッジはそう思っていた。
宿に戻ると待合所でアイザックがぼんやりと座っていた。
視線は空を見つめているが、何も見ていないようにも見える。
護衛を持ち場に返し、簡素な椅子に腰掛ける。
「どうした」
ああ、とか、うんとか言いながらアイザックは顔を洗った。
言い淀むのを辛抱強く待つ。
「舞踊団の団長がきた」
「それで?」
「もう番がいる、と言った。だから、そっちに会うことはもうない、と」
「そうだな」
「・・・話が通じない。なにを言っても運命の番は尊い、素晴らしいと。なにかに心酔してるような信念があるような感じだった。もう二度と姿を見せるな、と言ったが・・・返事はなかった」
「厄介だなぁ」
「父親だそうだ」
厄介だなぁ、エルドリッジはもう一度そう言って天を仰いだ。
この上にナルシュがいるなぁ、とも思う。
もう泣き止んだだろうか、と思いながら続く言葉を待つ。
「エルドリッジ、俺は甘いか?」
「いや、遺恨を残すわけにはいかないからな」
そうだ、とアイザックは深く頷いた。
まさか昨夜の今日で父親が現れると思わなかった。
夜通し訪ね歩いたのだろう、そこにも執念深さを感じてしまう。
あの父親の運命の番への思いは、いっそ狂気的とも言える。
公爵家の権力を使い遠ざけることはできるだろう、金ならいくら積んでもいい。
なんならセオドアやベルフィールに頼んで舞踊団を国外退去、永久に入国不可という手もある。
リュカに好意的な二人ならやってくれるはずだ、たかが舞踊団のひとつを締め出したところで国は揺らがない。
その点は、あの舞踊団が平民の集まりで良かったと思う。
だがそれではなんの解決にもならない、とアイザックは思う。
後々、リュカに危害が及ぶようなことは絶対に避けなければならない。
ゴツゴツと組んだ手に額をぶつけて気を取り戻す。
冷静にならなければリュカを守れない。
その夜、リュカは二人分の寝息を聞きながら昼間ナルシュが言ったことを考えていた。
「選ぶのは僕じゃなくてアイクじゃないのかなぁ」
よいしょと起き上がり寝室を後にする。
暗闇の中、白いマーガレットが浮いて見える。
そっと花びらに触れてみて、奪えと言ったナルシュの声が甦る。
「そんなの、どうしたらいいかわかんないよ・・・」
窓から見える空には雲に隠れるように月が覗いていた。
キィと音を立ててバルコニーに出てみる。
冷たい風に、ほうと吐く息が白い。
───アイク・・・
下げた視線の先にはいつからいたのだろうアイザックがこちらを見上げていた。
月はもう高く昇っているし、寒さが身に染みる。
雲の切れ間に半月がその姿を見せた。
くしゃりと歪んだ顔の眉間には皺が寄っていた。
泣き笑いのような顔、リュカは何も言わなかった。
顔を見れば取り乱してしまうかと思った。
泣いてしまうかとも思った。
───あぁ、僕のアイクだ。
あの熾烈な恋情を孕んだ瞳は、今は凪いでいて深く静かな水面のようだった。
底知れぬ澄んだ美しさを湛えた瞳が真っ直ぐにリュカを射抜く。
月明かりに照らされた二人は、言葉もなく見つめあった。
流された雲がまた月を隠して、リュカは室内に戻った。
ほんの少しだったような気もするし、もっと長い時間だったかもしれない。
ぽうっと浮かび上がるマーガレット、私の運命の人。
二度目の恋は静かに幕を開けた。
なにをどうしたってあなたしか愛せない、愛したくはないから。
宿を通り過ぎ、演芸場の前でキャンキャンと吠える犬のようなΩに護衛が狼狽えているのが見える。
「ちょっと!どうして邪魔をするの?あの宿に居るんでしょ?知ってるんだから!」
ぷっと膨らませた頬は、見ようによっては可愛らしいのかもしれない。
どうするか、と考えていたエルドリッジに気づいたのか、アイザックの運命は眦を釣り上げた。
「あっ!あんた、あの時運命の君を連れて行った人だね!?どいつもこいつもどうして邪魔だてするんだよ!」
「あのね、その運命の君とやらは君とは会わないよ」
「どうしてっ!!」
「教えてやる義理はない」
頭ひとつ分下から睨め上げてくるが全く怖くないし、同じことでもナルシュがすれば可愛らしいだろうなと思うだけだ。
「ユーリス!」
「サビート・・・」
「何やってんだ、勝手なことするなって・・・」
演芸場の奥から出て来たのはユーリスと同じ褐色の肌をもつ男だった。
男らしく短髪に刈り上げ、耳には金の輪がぶら下がっている。
「それじゃ、我々はここで」
「ちょ、ちょっと、あんた達は・・・」
エルドリッジも護衛達もそれに答えずに背を向けた。
もう会うこともない、この時エルドリッジはそう思っていた。
宿に戻ると待合所でアイザックがぼんやりと座っていた。
視線は空を見つめているが、何も見ていないようにも見える。
護衛を持ち場に返し、簡素な椅子に腰掛ける。
「どうした」
ああ、とか、うんとか言いながらアイザックは顔を洗った。
言い淀むのを辛抱強く待つ。
「舞踊団の団長がきた」
「それで?」
「もう番がいる、と言った。だから、そっちに会うことはもうない、と」
「そうだな」
「・・・話が通じない。なにを言っても運命の番は尊い、素晴らしいと。なにかに心酔してるような信念があるような感じだった。もう二度と姿を見せるな、と言ったが・・・返事はなかった」
「厄介だなぁ」
「父親だそうだ」
厄介だなぁ、エルドリッジはもう一度そう言って天を仰いだ。
この上にナルシュがいるなぁ、とも思う。
もう泣き止んだだろうか、と思いながら続く言葉を待つ。
「エルドリッジ、俺は甘いか?」
「いや、遺恨を残すわけにはいかないからな」
そうだ、とアイザックは深く頷いた。
まさか昨夜の今日で父親が現れると思わなかった。
夜通し訪ね歩いたのだろう、そこにも執念深さを感じてしまう。
あの父親の運命の番への思いは、いっそ狂気的とも言える。
公爵家の権力を使い遠ざけることはできるだろう、金ならいくら積んでもいい。
なんならセオドアやベルフィールに頼んで舞踊団を国外退去、永久に入国不可という手もある。
リュカに好意的な二人ならやってくれるはずだ、たかが舞踊団のひとつを締め出したところで国は揺らがない。
その点は、あの舞踊団が平民の集まりで良かったと思う。
だがそれではなんの解決にもならない、とアイザックは思う。
後々、リュカに危害が及ぶようなことは絶対に避けなければならない。
ゴツゴツと組んだ手に額をぶつけて気を取り戻す。
冷静にならなければリュカを守れない。
その夜、リュカは二人分の寝息を聞きながら昼間ナルシュが言ったことを考えていた。
「選ぶのは僕じゃなくてアイクじゃないのかなぁ」
よいしょと起き上がり寝室を後にする。
暗闇の中、白いマーガレットが浮いて見える。
そっと花びらに触れてみて、奪えと言ったナルシュの声が甦る。
「そんなの、どうしたらいいかわかんないよ・・・」
窓から見える空には雲に隠れるように月が覗いていた。
キィと音を立ててバルコニーに出てみる。
冷たい風に、ほうと吐く息が白い。
───アイク・・・
下げた視線の先にはいつからいたのだろうアイザックがこちらを見上げていた。
月はもう高く昇っているし、寒さが身に染みる。
雲の切れ間に半月がその姿を見せた。
くしゃりと歪んだ顔の眉間には皺が寄っていた。
泣き笑いのような顔、リュカは何も言わなかった。
顔を見れば取り乱してしまうかと思った。
泣いてしまうかとも思った。
───あぁ、僕のアイクだ。
あの熾烈な恋情を孕んだ瞳は、今は凪いでいて深く静かな水面のようだった。
底知れぬ澄んだ美しさを湛えた瞳が真っ直ぐにリュカを射抜く。
月明かりに照らされた二人は、言葉もなく見つめあった。
流された雲がまた月を隠して、リュカは室内に戻った。
ほんの少しだったような気もするし、もっと長い時間だったかもしれない。
ぽうっと浮かび上がるマーガレット、私の運命の人。
二度目の恋は静かに幕を開けた。
なにをどうしたってあなたしか愛せない、愛したくはないから。
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