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奪いたい!
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ナルシュがぼんやりと目を開けて、最初に目に入ったのは天井だった。
さっきまでパブでしこたま飲んで酔っ払ったところをエルドリッジがおぶってくれた。
揺れる背中の上でグチグチと文句を言うのを聞いた。
怒られているのにふわふわと気持ちが良かった。
ピタッとひっついた背中が温かかった。
「・・・夢か」
目を閉じると浮かぶのは少し長めの襟足とがっしりした肩幅と、時折顔を傾けるその横顔。
呆れながらも優しくて甘い顔、ナルと呼ぶ声。
「・・・ナル・・・ナル!ナルシュ!!」
ガバリとはね起きてキョロキョロと見渡すと戸口でニコラスも目を丸くしていた。
バルコニーを見ると丸くなったリュカの背中が見える。
足をもつれさせながら飛び出したバルコニー。
リュカは浅い息を繰り返し、下を見やればあのΩがアーカード家の護衛に挟まれてどこかへ連れていかれるところだった。
「早く連れて行け」
「ニコラス!」
遅れてきたニコラスにリュカを託す、ヒッヒッと喘ぐ息遣いが痛々しい。
「・・・エル!」
後の言葉が続かない、どうして名を呼んだのかもわからない。
構うな、踏み込むなと言った口でどうして引き止めるようなことを口に出来たのか。
顔を見たら、名を呼ぶ声を聞いたら止められなかった。
だって、それは胸の内にいつもいるから。
夢を見てしまう程にエルドリッジとの日常が愛おしいから。
見上げるエルドリッジが目を細め、緩く笑った。
「ナルシュ!俺はお前に踏み込むぞ、嫌だと言ってもお前の心に入り込んで居座って、それでお前と番う」
「・・・馬鹿かよ」
「そこは笑って、嬉しいって言え・・・泣くなよ、ナル。お前は能天気に笑ってろ、それで俺の傍にずっといてくれ」
ぼたぼたと流れる涙のままにナルシュは何度も頷いた。
うまく笑えたかわからないが、エルドリッジが嬉しそうなのできっとうまくできたんだと思う。
愛してるぜ、そう言ってエルドリッジは片目を瞑って左手の薬指にキスをして護衛を追いかけて行った。
「もうずっと、居座ってるっつうの・・・」
ははっと笑いがこぼれても、涙は止まってくれなくてナルシュはその場に蹲った。
──エルは俺の中でいつでも特等席に座ってるよ。
左手の薬指にキスを贈りながら。
ニコラスはリュカを抱え寝室へ行き、その頼りない体を座らせた。
「リュカ君。床を見てね、ゆっくり息を吐いてごらん。支えてるから体を前に倒してもいいからね」
ヒッヒッヒュッと鳴る喉、リュカの顔は青ざめていた。
吸って、吐いて吐いて、声をかけながらニコラスは背中を撫でた。
そのうちナルシュもやって来て二人でリュカに寄り添った。
落ち着くまでずっとそうして、こてんとリュカは横になった。
見上げると天井で、あの部屋のベッドは天蓋があったなとふと思った。
「ごめんなさい」
「落ち着いた?」
「リュカ、なにがあった?」
陽の光の下でも綺麗な子だった。
声は軽やかで鈴が転がってるみたいで、少し低めの自分の声と違う。
あの長い髪は三つ編みに結わえて横に流していた。
艶がある黒髪は褐色の肌によく似合っていた。
大きな瞳に長い睫毛、通った鼻筋、ぽてりと厚い唇は魅力的で、同じ男Ωでもなにもかも自分とは違う。
明日会ったら忘れてしまうような凡庸な自分とは違う。
「運命の君を知らないかって」
「はぁああぁああ!?」
思わずといった風で立ち上がったナルシュは怒りに肩を震わせた。
ニコラスは力の抜けたリュカの手をとり包む。
「・・・綺麗な子だった」
「リュカ君も可愛いよ」
「・・・ありがと」
悲しそうにへにょりと眉を下げたニコラスにリュカは薄く笑った。
「僕より、アイクの隣が似合ってる」
「そんなこと・・・」
「リュカーッ!!お前は旦那がその見てくれだけで好きになったと思うのか!お前、それは旦那への裏切りだぞ!」
小兄様?とリュカは起き上がりニコラスと目を合わせた。
立ったままのナルシュは握りこぶしを作り、真っ赤な顔をしていた。
「お前もコックスヒル家の男だろう?我が家の家訓を思い出せ!!」
天に向かって吠えるナルシュにリュカはなんと言っていいかわからない。
ナルシュは一体なにを言っているのだ。
ニコラスもぽかんとナルシュを見上げている。
「小兄様、うちに家訓はありません」
「・・・無いの?」
「無いよ」
しんと静まりかえった寝室、窓の外からはピチチと鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「ニ、ニコラスん家は?」
「うちは、家訓というか・・・高潔であれ、というのは常に・・・」
「こ、こう?・・・」
「小兄様、高潔っていうのは・・・」
「いや、言うな。無いなら俺が決めてやる!」
ナルシュはじっと左手の指輪を見つめてその手を改めて握り直す。
──欲しいものは全力で奪い取れーーっ!!
「ニコラス!!」
「はいっ」
「この先、ジェラールが余所見しそうになったら手足へし折ってでもつなぎ止めろ」
「え、いや、でも・・・」
「リュカ!!」
「はい」
「お前が好きになった旦那を信じろ」
「でも・・・」
「でももなんもあるもんか!お前が遠慮する理由なんてどこにある?リュカはリュカで欲しいものを選べ!」
がしりと掴まれた肩、真っ直ぐに見つめる瞳、その裏で母が笑ったような気がした。
「ぼ、僕は、幸せを奪ってもいいの?それは、誰かを不幸にするってことでしょう?」
「そうだ」
「っだったら!そんなこと駄目でしょ」
「それを抱えて生きていける奴だけが運命に勝てるんだ」
「そんな・・・」
「幸も不幸も背負っていけ、二人で」
背骨が折れそうなほど強く抱きしめられた、その上から今度は柔く包まれる。
それは信頼の強さで、それは強ばった心を解く柔らかさだった。
※ナルシュはこうでなくちゃと思います
こうでなくちゃナルシュではない、とも思います
ほんとはもっと卑屈なリュカがいました
この展開に納得いかない方もおられると思います
そこはほんとすみません
でも、たくさんたくさん書いてみて、これが一番"らしい"と思ってます
さっきまでパブでしこたま飲んで酔っ払ったところをエルドリッジがおぶってくれた。
揺れる背中の上でグチグチと文句を言うのを聞いた。
怒られているのにふわふわと気持ちが良かった。
ピタッとひっついた背中が温かかった。
「・・・夢か」
目を閉じると浮かぶのは少し長めの襟足とがっしりした肩幅と、時折顔を傾けるその横顔。
呆れながらも優しくて甘い顔、ナルと呼ぶ声。
「・・・ナル・・・ナル!ナルシュ!!」
ガバリとはね起きてキョロキョロと見渡すと戸口でニコラスも目を丸くしていた。
バルコニーを見ると丸くなったリュカの背中が見える。
足をもつれさせながら飛び出したバルコニー。
リュカは浅い息を繰り返し、下を見やればあのΩがアーカード家の護衛に挟まれてどこかへ連れていかれるところだった。
「早く連れて行け」
「ニコラス!」
遅れてきたニコラスにリュカを託す、ヒッヒッと喘ぐ息遣いが痛々しい。
「・・・エル!」
後の言葉が続かない、どうして名を呼んだのかもわからない。
構うな、踏み込むなと言った口でどうして引き止めるようなことを口に出来たのか。
顔を見たら、名を呼ぶ声を聞いたら止められなかった。
だって、それは胸の内にいつもいるから。
夢を見てしまう程にエルドリッジとの日常が愛おしいから。
見上げるエルドリッジが目を細め、緩く笑った。
「ナルシュ!俺はお前に踏み込むぞ、嫌だと言ってもお前の心に入り込んで居座って、それでお前と番う」
「・・・馬鹿かよ」
「そこは笑って、嬉しいって言え・・・泣くなよ、ナル。お前は能天気に笑ってろ、それで俺の傍にずっといてくれ」
ぼたぼたと流れる涙のままにナルシュは何度も頷いた。
うまく笑えたかわからないが、エルドリッジが嬉しそうなのできっとうまくできたんだと思う。
愛してるぜ、そう言ってエルドリッジは片目を瞑って左手の薬指にキスをして護衛を追いかけて行った。
「もうずっと、居座ってるっつうの・・・」
ははっと笑いがこぼれても、涙は止まってくれなくてナルシュはその場に蹲った。
──エルは俺の中でいつでも特等席に座ってるよ。
左手の薬指にキスを贈りながら。
ニコラスはリュカを抱え寝室へ行き、その頼りない体を座らせた。
「リュカ君。床を見てね、ゆっくり息を吐いてごらん。支えてるから体を前に倒してもいいからね」
ヒッヒッヒュッと鳴る喉、リュカの顔は青ざめていた。
吸って、吐いて吐いて、声をかけながらニコラスは背中を撫でた。
そのうちナルシュもやって来て二人でリュカに寄り添った。
落ち着くまでずっとそうして、こてんとリュカは横になった。
見上げると天井で、あの部屋のベッドは天蓋があったなとふと思った。
「ごめんなさい」
「落ち着いた?」
「リュカ、なにがあった?」
陽の光の下でも綺麗な子だった。
声は軽やかで鈴が転がってるみたいで、少し低めの自分の声と違う。
あの長い髪は三つ編みに結わえて横に流していた。
艶がある黒髪は褐色の肌によく似合っていた。
大きな瞳に長い睫毛、通った鼻筋、ぽてりと厚い唇は魅力的で、同じ男Ωでもなにもかも自分とは違う。
明日会ったら忘れてしまうような凡庸な自分とは違う。
「運命の君を知らないかって」
「はぁああぁああ!?」
思わずといった風で立ち上がったナルシュは怒りに肩を震わせた。
ニコラスは力の抜けたリュカの手をとり包む。
「・・・綺麗な子だった」
「リュカ君も可愛いよ」
「・・・ありがと」
悲しそうにへにょりと眉を下げたニコラスにリュカは薄く笑った。
「僕より、アイクの隣が似合ってる」
「そんなこと・・・」
「リュカーッ!!お前は旦那がその見てくれだけで好きになったと思うのか!お前、それは旦那への裏切りだぞ!」
小兄様?とリュカは起き上がりニコラスと目を合わせた。
立ったままのナルシュは握りこぶしを作り、真っ赤な顔をしていた。
「お前もコックスヒル家の男だろう?我が家の家訓を思い出せ!!」
天に向かって吠えるナルシュにリュカはなんと言っていいかわからない。
ナルシュは一体なにを言っているのだ。
ニコラスもぽかんとナルシュを見上げている。
「小兄様、うちに家訓はありません」
「・・・無いの?」
「無いよ」
しんと静まりかえった寝室、窓の外からはピチチと鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「ニ、ニコラスん家は?」
「うちは、家訓というか・・・高潔であれ、というのは常に・・・」
「こ、こう?・・・」
「小兄様、高潔っていうのは・・・」
「いや、言うな。無いなら俺が決めてやる!」
ナルシュはじっと左手の指輪を見つめてその手を改めて握り直す。
──欲しいものは全力で奪い取れーーっ!!
「ニコラス!!」
「はいっ」
「この先、ジェラールが余所見しそうになったら手足へし折ってでもつなぎ止めろ」
「え、いや、でも・・・」
「リュカ!!」
「はい」
「お前が好きになった旦那を信じろ」
「でも・・・」
「でももなんもあるもんか!お前が遠慮する理由なんてどこにある?リュカはリュカで欲しいものを選べ!」
がしりと掴まれた肩、真っ直ぐに見つめる瞳、その裏で母が笑ったような気がした。
「ぼ、僕は、幸せを奪ってもいいの?それは、誰かを不幸にするってことでしょう?」
「そうだ」
「っだったら!そんなこと駄目でしょ」
「それを抱えて生きていける奴だけが運命に勝てるんだ」
「そんな・・・」
「幸も不幸も背負っていけ、二人で」
背骨が折れそうなほど強く抱きしめられた、その上から今度は柔く包まれる。
それは信頼の強さで、それは強ばった心を解く柔らかさだった。
※ナルシュはこうでなくちゃと思います
こうでなくちゃナルシュではない、とも思います
ほんとはもっと卑屈なリュカがいました
この展開に納得いかない方もおられると思います
そこはほんとすみません
でも、たくさんたくさん書いてみて、これが一番"らしい"と思ってます
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