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来ないで!

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アイザックが運命の相手と出会ってから一夜明けた今日、リュカはこじんまりした客室でぼんやりしていた。
宿の使用人に頼んで借りた一輪挿しにはマーガレットが活けてある。
会いたいな、と思う。
あの広い胸に抱きしめられたいな、とも思う。
けれどそう思う度にあの演芸場で見た横顔がチラついて心が沈んでしまう。
あの時、強引に連れ帰ってしまえば今もアイザックの隣で笑っていられたのに。

「どうして僕じゃないんだろう」
「ん?」
「・・・なんでもないです」

ナルシュは向かいのソファで横たわって寝ているし、ニコラスは隣で護り刀である短刀の手入れをしている。
どれだけ磨いてみても曇りが取れないらしい。

「あの屋敷で助けてくれましたもんね」
「そうだね」
「お兄様、かっこよかったですね?」
「あぁ、うん。かっこいいんだ」

照れた笑顔には大好きと書いてあるようで、リュカはグリグリと体を押し付けた。

「僕と一緒にいなくてもいいんですよ?」
「どうして?いるよ」

ニコラスもナルシュも何も聞かないし、何も言わない。
それを申し訳なく思いながらも、ただ寄り添ってくれることが嬉しい。
アイザックなんていなくても平気なんじゃないか?と思って、想像して、絶望する。
締め切った部屋は静かで、ナルシュの寝息と時折鳥の声がする。
窓から見える青々と茂った木を根城にしているのかもしれない。
濃緑の大きな葉を惜しげも無く茂らせ、冬の冷たい風にも葉が落ちることはない。
力強く逞しい木、あぁ図鑑があればとリュカは思う。

トントンと控えめなノックの音にニコラスの肩がピクリと跳ねた。

「・・・ニコラス君、いるかい?」
「ニコラス義兄様、大丈夫だよ」

曖昧に頷いたニコラスはゆっくりゆっくりと歩いていく。
肩が大きく上下しているので緊張しているのかもしれない。

「そりゃ、好きな人と一緒にいたいよね」

一人は嫌だ、傍にいてほしい、でもそう望む事で大切な人の邪魔をしてしまうなら一人の方がいいのかもしれない。
リュカはそっと静かにバルコニーへ向かった。


「ジェラール、どうしましたか?」
「ここは開けてくれない?」
「・・・ごめんなさい」

扉越しの会話はくぐもって聞こえて、なんだか心許ない。

「リュカは?」
「落ち着いています」
「・・・なら、良かった」
「そう・・・見えるだけかもしれないけど」
「うん」

ぺたりと扉につけた額がじわじわと熱をもって、手のひらもじりじりと熱くなっていく。
焦がれて止まない人がこの一枚隔てた先にいる。
それを心が、体が喜んでいる。

「ニコラス君。私は、何度でも君を好きになるよ。それだけ伝えに来たんだ。急にごめんね」

声を出すと我慢していた涙が溢れそうでニコラスはなにも答えられなかった。
なにか言わなければ、と思えば思うほど言葉にならない。

「ニコラス、君だけを愛してるよ」
「・・・わたしも」

ようやっと絞り出した言葉は愛する人の耳に届いただろうか。



その頃、アイザックは宿の一階で一人の男と対峙していた。
宿の受付がよく見える客の待合所、簡素な椅子が並べてある。
そこで相対するのはあの舞踊団の団長だった。
汗を拭きながらペコペコと頭を下げる。

「急な訪問にも関わらず、お会いしてくださりありがとうございます」
「どうしてここがわかった?」
「その・・・訪ね歩きました。まさか、公爵様とは知らず・・・ですが、その」
「私の運命のことか」
「えぇ、えぇ!そうでございます。あの子はあなたを待っています。どうか早く迎えに行ってあげてもらえませんか?」
「それはできない」

は?と団長の目は大きく見開き、その手からハンカチがパサリと音を立てて落ちた。

「そ、それはなぜでしょう?あの子は、ユー・・・」
「名は聞かないし、聞きたくも知りたくもない。私にはもう番がいる」
「で、ですが、運命なんですよ?その前では、他の番なんぞ塵に等しいでしょう?貴方様もあの子を見つめていたではありませんか」

ギリと奥歯を噛めしめアイザックは目の前の団長を睨みつけた。
グゥと喉を鳴らし一瞬怯んだ団長だったが、なんとか持ちこたえ言い募った。

「惹かれ合ったのでしょう?それは分かたれた半身を求めているからなのです。あの子はあなたを幸福に導く存在です」
「そうか。なら、なぜ私は今ここにいる?今はもう何も感じない。私が愛して止まないのはたった一人だからだ」
「ですから、それが間違いなのです!運命とは何物にも代えがたい尊いものなのです」
「間違いなわけあるか!」

堪りかねたアイザックが団長の胸ぐらを掴んだ。

「いいか?二度とその姿を見せるな」

ゴクリと息を飲んだ団長はそれでもアイザックから目を離さなかった。



その頃、リュカはバルコニーからあの大きな木を見ていた。
灰色の鳥は木を出たり入ったりしている。
雛がいるのかもしれないな、そう思ったその時──

「ねぇ!」

軽やかな声に視線が階下に落ちる。

「私の運命のきみを知らない?」

リュカの息がヒュっと止まった。


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