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気づいてよ!
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コラソン王国から東に位置するマーナハン王国は砂の国である。
年中を通して気温が高く、人々の肌は褐色だという。
「そういえば街にも褐色の方がちらほらいましたね」
「あぁ、ここの温泉は有名だから内外から人が集まるんだ」
「そういえば小兄様はマーナハンにいたって」
「あぁ、ドラゴンか」
アイザックがくくくと笑うと目尻に皺ができた。
出会った頃は眉間の皺の方が気になったが、今では目尻の皺がよく目につくようになった。
ふふふと笑ってリュカはアイザックの眉間を撫でる。
宿のソファは公爵家と比べれば小さい、だから膝枕をしてもらっているアイザックの膝から下はブラリと飛び出している。
その足をゆらゆら揺らしながら眉間の指を取ってアイザックは小さく口付けた。
「なんですか?」
「リュカこそ」
交わる視線は穏やかな熱をもっていて、語りかける声は甘く多幸感に包まれる。
一部の隙もない幸せ、幸せ以上の言葉があるならきっとそれ。
『マーナハン舞踊団』は各地を巡業しながら、ここトルーマン領を訪れいずれ王都へ向かうという。
公演は日に一度きり、夜公演のみでマーナハン伝統の舞と舞踊団独自の踊りの二部構成になっている。
演芸場は宿屋からほど近い場所にあり、人三人が手を繋いでやっと一周かというほどの大きな柱が二本建っていた。
白を基調とした建物は神殿のようにも見える。
「あっ、ニコラス義兄様!」
「リュカ君も来てたの?」
「はい!」
「なかなか鑑賞券を押さえられなくてね」
「同じです」
やっぱり?と同時に笑う。
その耳元にリュカはこそりと囁く、今日も護り刀を持っているのですか?と。
ニコラスは微笑んで腰の辺りをポンと打った。
「リュカ君も守ってあげるよ」
「頼もしいです」
「さっきナルシュも見かけたよ」
「みんな考えることは同じなんですねぇ」
「まぁ、滅多に見れるものではないからね」
楽しみ、と話しているとジェラールがまた後でとニコラスを連れて行ってしまった。
「僕にまで焼きもちを妬かなくても」
「俺だってリュカを独り占めしたいよ?」
「してるじゃないですか」
「いつでも、ってこと」
腰を抱き寄せられこめかみにキスを落とされると、しょうがないなぁという気持ちになってしまう。
まもなく開演です、の声に連れ立って歩いて自然と笑みがこぼれた。
舞台は扇形になっていて、二階席などはなかった。貴族も庶民も分け隔てなく座る、舞台の前では皆等しく客だから、というのが理由らしい。
マーナハン伝統の舞は男は大きな半月刀を、女は三日月のような細い片刃刀を持って舞う。
顔の半分を薄いベールで覆い、上着は胸だけを隠しズボンはゆったりとけれど足首だけは引き絞ってあった。
ひらひらと蝶のように舞う女と時折刀を合わせながら力強く舞う男。
音楽は舞台の片隅で鳴らす弦楽器だけ。
胡座をかいた胸の中で木でできた丸い弦楽器をかき鳴らす。
男と女で別れて舞っていたそれはいつしか一対になり、最後は抱き合って終わった。
わぁっとあがる歓声と拍手、演芸場は熱気に包まれ頬が熱くなる。
「とても情熱的な舞でした・・・・・・どうしました?」
見れば隣に座るアイザックの顔色が悪い。
心做しか震えているようにも見える。
「アイク?顔色が・・・もう出ましょうか」
「いや、大丈夫だ。なんだか寒くて、それに胸騒ぎがするんだ」
「胸騒ぎ?」
「あぁ、体中を虫が這ってるような・・・落ち着かない」
「帰りましょう」
「あと少しくらい大丈夫だよ。楽しみにしてただろう?」
力なく笑う顔は血の気が引き、寒さからなのか唇が白くなっていた。
「リュカ、手を握っていてくれ」
「ねぇ、やっぱり帰りましょう?」
冷たくなった指先にはぁと息を吹きかけて優しく撫でさすっていると第二幕の幕が開いた。
舞台袖から美しく飾りたてた幾人もの踊り子が優雅に登場する。
その足元は裸足で、長い髪は頭のてっぺんで結えられていた。
薄い紫のベールで口元を覆い剥き出しの腕には金の腕輪が、手首には細いブレスレットが幾重にも重なって嵌められており動く度シャラと鳴る。
「・・・・・・アイク?」
なにかに突き動かされたように腰をあげたアイザックの視線の先にあるのは一人の美しい踊り子。
踊り子もまたアイザックを見ているのがわかった。
大きくて温かくて大好きなアイザックの手はもう自分の手の内にない。
一瞬で離れていった。
踊らない踊り子と観客席でただ一人立ちすくむ男。
ひそひそと小さかった波は次第に大きな波になり、リュカの回りを飲み込んでいく。
喧騒の中伸ばしたリュカの指先、左手に光る紫のガラス玉が目に入る。
「アイク・・・」
呼べば振り返ってくれた、手を差し出せばそっと握ってくれた。
リュカのなにもかもがアイザックに届かない。
──お願い、アイク・・・僕に気づいてよ。
年中を通して気温が高く、人々の肌は褐色だという。
「そういえば街にも褐色の方がちらほらいましたね」
「あぁ、ここの温泉は有名だから内外から人が集まるんだ」
「そういえば小兄様はマーナハンにいたって」
「あぁ、ドラゴンか」
アイザックがくくくと笑うと目尻に皺ができた。
出会った頃は眉間の皺の方が気になったが、今では目尻の皺がよく目につくようになった。
ふふふと笑ってリュカはアイザックの眉間を撫でる。
宿のソファは公爵家と比べれば小さい、だから膝枕をしてもらっているアイザックの膝から下はブラリと飛び出している。
その足をゆらゆら揺らしながら眉間の指を取ってアイザックは小さく口付けた。
「なんですか?」
「リュカこそ」
交わる視線は穏やかな熱をもっていて、語りかける声は甘く多幸感に包まれる。
一部の隙もない幸せ、幸せ以上の言葉があるならきっとそれ。
『マーナハン舞踊団』は各地を巡業しながら、ここトルーマン領を訪れいずれ王都へ向かうという。
公演は日に一度きり、夜公演のみでマーナハン伝統の舞と舞踊団独自の踊りの二部構成になっている。
演芸場は宿屋からほど近い場所にあり、人三人が手を繋いでやっと一周かというほどの大きな柱が二本建っていた。
白を基調とした建物は神殿のようにも見える。
「あっ、ニコラス義兄様!」
「リュカ君も来てたの?」
「はい!」
「なかなか鑑賞券を押さえられなくてね」
「同じです」
やっぱり?と同時に笑う。
その耳元にリュカはこそりと囁く、今日も護り刀を持っているのですか?と。
ニコラスは微笑んで腰の辺りをポンと打った。
「リュカ君も守ってあげるよ」
「頼もしいです」
「さっきナルシュも見かけたよ」
「みんな考えることは同じなんですねぇ」
「まぁ、滅多に見れるものではないからね」
楽しみ、と話しているとジェラールがまた後でとニコラスを連れて行ってしまった。
「僕にまで焼きもちを妬かなくても」
「俺だってリュカを独り占めしたいよ?」
「してるじゃないですか」
「いつでも、ってこと」
腰を抱き寄せられこめかみにキスを落とされると、しょうがないなぁという気持ちになってしまう。
まもなく開演です、の声に連れ立って歩いて自然と笑みがこぼれた。
舞台は扇形になっていて、二階席などはなかった。貴族も庶民も分け隔てなく座る、舞台の前では皆等しく客だから、というのが理由らしい。
マーナハン伝統の舞は男は大きな半月刀を、女は三日月のような細い片刃刀を持って舞う。
顔の半分を薄いベールで覆い、上着は胸だけを隠しズボンはゆったりとけれど足首だけは引き絞ってあった。
ひらひらと蝶のように舞う女と時折刀を合わせながら力強く舞う男。
音楽は舞台の片隅で鳴らす弦楽器だけ。
胡座をかいた胸の中で木でできた丸い弦楽器をかき鳴らす。
男と女で別れて舞っていたそれはいつしか一対になり、最後は抱き合って終わった。
わぁっとあがる歓声と拍手、演芸場は熱気に包まれ頬が熱くなる。
「とても情熱的な舞でした・・・・・・どうしました?」
見れば隣に座るアイザックの顔色が悪い。
心做しか震えているようにも見える。
「アイク?顔色が・・・もう出ましょうか」
「いや、大丈夫だ。なんだか寒くて、それに胸騒ぎがするんだ」
「胸騒ぎ?」
「あぁ、体中を虫が這ってるような・・・落ち着かない」
「帰りましょう」
「あと少しくらい大丈夫だよ。楽しみにしてただろう?」
力なく笑う顔は血の気が引き、寒さからなのか唇が白くなっていた。
「リュカ、手を握っていてくれ」
「ねぇ、やっぱり帰りましょう?」
冷たくなった指先にはぁと息を吹きかけて優しく撫でさすっていると第二幕の幕が開いた。
舞台袖から美しく飾りたてた幾人もの踊り子が優雅に登場する。
その足元は裸足で、長い髪は頭のてっぺんで結えられていた。
薄い紫のベールで口元を覆い剥き出しの腕には金の腕輪が、手首には細いブレスレットが幾重にも重なって嵌められており動く度シャラと鳴る。
「・・・・・・アイク?」
なにかに突き動かされたように腰をあげたアイザックの視線の先にあるのは一人の美しい踊り子。
踊り子もまたアイザックを見ているのがわかった。
大きくて温かくて大好きなアイザックの手はもう自分の手の内にない。
一瞬で離れていった。
踊らない踊り子と観客席でただ一人立ちすくむ男。
ひそひそと小さかった波は次第に大きな波になり、リュカの回りを飲み込んでいく。
喧騒の中伸ばしたリュカの指先、左手に光る紫のガラス玉が目に入る。
「アイク・・・」
呼べば振り返ってくれた、手を差し出せばそっと握ってくれた。
リュカのなにもかもがアイザックに届かない。
──お願い、アイク・・・僕に気づいてよ。
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