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一緒にいたい!

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保養地に来て三日目、リュカはようやく街の散策に乗り出した。
初日は少ししか見て回れなかったので、今日はやる気充分で丸い帽子を被る。
せっかく旅行に来たのに二日目は宿の部屋から出ることは叶わなかった。
温泉が万能というのも今では眉唾物だと思っている。
確かに浸かるといつまでも体がポカポカして気持ちいいが、瞬時に回復なんて出来るわけない。
どっかの誰かじゃあるまいし、とチラとアイザックを見る。
アイザックは相変わらず姿見を前にしたリュカの回りをくるくると回っている。

「今日は僕の欲しいものを全部買ってもらいます」
「買う!なんでも買うから機嫌なおして?」
「別に怒ってはないですけど・・・」
「じゃあ、拗ねてるの?かわいー」

アイザックはもうずっとこの調子で、ちゅちゅと降ってくるキスに呆れ返るばかりだ。
三大欲求のひとつが突き抜け過ぎではないだろうか。


街は色んな食べ物の匂いと温泉の匂いが混じりあって独特な匂いがした。
気温が低いはずなのにそこここで上がる湯気には温かさを感じてなんだかホッとする。

「リュカ、何が欲しい?」
「初日に見た白いものを食べてみたいのです」

あれかぁ、とアイザックと手を繋いで歩く。
大きな手は温かで、たまにこしょこしょと手のひらをくすぐられて胸がきゅうとなる。
ギュッギュッと二回握ると、少し腰を屈めて耳を傾けてくれる。
ギュッと握りすぎてたまにじっとりと汗をかいてしまうがそれもまた一興で、決して手を離すことはない。
一人で気ままに歩く散策も好きだが、こうして二人で歩くのはもっと好きとうきうきした気持ちのリュカだった。

「あれじゃないか?」
「どれですか?」

ほらあそこ、と指さす方を見るとなるほど白いものを持った人がある店から出てくる。
よく見ると長い行列ができていて、その中にエルドリッジの姿を見つけた。
頭一つ飛び出しているのでよく目立つ。

「小兄様」
「あ、リュカも来てたの?」
「うん、あの白いの食べたくて」
「あれはな、ミルクアイスってんだ」

得意気なナルシュに別れを告げて列の最後尾に並ぶ。
こうして列に並ぶことにアイザックはもう異を唱えることはない。
ヒソヒソと言葉を交わしながら、並んで待つ時間を楽しんでくれる。
結局、二人ならばなんだって楽しいのだ。

ミルクアイスはミルクを時間をかけて煮詰めたものに砂糖を入れて甘くし、樽のようなものに入れてぐるんぐるん回してできるらしい。
その時に細かく砕いた氷とちょっぴりの塩を入れる。
そうするとふわふわで滑らかで冷たいミルクアイスができる。
それをタルトの底を深くしたような容器に入れて食べる。
容器まで食べれるのでとてもお得だ。
前方を見やれば、ナルシュ達が列から離れて行く。
手にはミルクアイスがあって、それをナルシュが小さな木のスプーンで掬ってエルドリッジに食べさせていた。

「ひとつだけだなんて甘いのが苦手なんでしょうか」
「ふん、あぁやって食わせてもらいたいんだろ?」
「アイクもですか?」

そうは言ったものの二人はちゃんと二つ買った。
リュカは内心、良かったと思っていた。
半分こしてもいいができるなら全部食べたい、ひと匙くらいならあげてもいいけど・・・と思っていたから。
溶けるから気をつけて、と渡されたミルクアイスを簡素な木のベンチに座って食べる。
街のあちらこちらにこの木のベンチがあって、皆そこで何かしら食べていた。

「リュカ。はい、あーん」
「ん?同じものですよ?」
「うん、それでもね、あーんして」

あーんと食べたリュカは同じようにアイザックにもひと匙食べさせた。
にっこりと満足そうな顔を見るとこれがしたかったのか、と合点がいった。
ミルクアイスはひんやりとして甘くて口に入れるとたちまち溶けてなくなってしまった。
固い器は溶けたミルクアイスでしっとりとしてまた美味しかった。

店は食べもの以外にも沢山あって、食器や洋服にアクセサリーも売っていた。
一番興味を引かれたのは、アクセサリーを敷物を石畳に直接敷いて売っている店だ。

「変わった売り方ですね」
「王都では見かけないなぁ」

そう言いながら一軒一軒冷やかしていくと、三日月が黄色のガラス玉を抱いた指輪があった。
石の色は様々で他に赤や青、紫もある。
もちろんリュカが気に入ったのは紫で、それは首から下げている月と星のペンダントによく似合っていると思った。

「リュカ、ご機嫌だな」
「美味しいものを食べて、素敵な指輪を買ってもらって・・・僕は幸せ者です」
「王都に帰ったらお揃いのを作ろうな」
「はい」

指輪は残念ながらアイザックの指に合うものはなかった。
その後も散策していると至る所に『マーナハン舞踊団公演』と広告が貼り付けられていた。
東のマーナハン王国から舞踊団が訪れているらしい。

「見たい?」
「ぜひ!」

公演は満員御礼で鑑賞券が手に入ったのはそれから三日後のことだった。




※この世界のアイスクリームはこんな感じなんだぁとふわっと思っていただければ幸いです。

※どこかに入れようと思って入らなかった話→アイクの両親は保養地を離れ、今はモーティマーにいます。なのでアイクはこの旅行を決断しました。
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