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迎えにきたよ!

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ナルシュは号泣していた、怖さからではない。
目の前で繰り広げられるリュカ達の攻防を見ながら、エルドリッジから兄妹のことを聞いたからだ。
昔、母様から聞いたことがあるような気がする。
リュカも自分もまだ幼かったから細部まではよく覚えていない。
覚えているのは、迎えはきたの?と聞いたことだ。
それも、今ならすぐに見当がつくこと。
両親を待ちながら幼い兄妹は地すべりによって儚くなってしまった。
あの時、母様はなんと言っていただろうか。
悲しげに瞳を揺らした母様は、それでも気丈に微笑んだ気がする。

──魂だけになってもきっと兄妹の元へ駆けつけたはずよ?それでたくさん抱きしめて、たくさん名前を呼んであげたわ。
──ほんと?じゃ、兄妹は助かったの?
──もちろん、だってそうじゃないと悲しいじゃない。

母様はそう言って、兄弟三人を抱きしめてくれた。

「エル、俺ひどいこと言ったかも」
「知らなかったんだからしょうがない」
「ううん、知ってた。思い出したよ」
「それでも、怖い思いをしたんだから」

慰めてくれるエルドリッジの濡れたシャツを見てナルシュは思う。
自分のことばかりだ、と。
ひどいことをされたと泣いて、その原因をちっとも考えずに思うままに言葉をぶつけてまるで子どものようだ。
そもそも屋敷の探索だなんて言い出さなければ良かった。
ナルシュがそう反省している時、

──パトリック、バーバラ還してあげるよ

リュカの声で聞こえたそれはきっと兄妹の名前に違いない。
それは母様のお話の中でも出てこなかった名前だ。
リュカはどうして知ってるんだろう、とナルシュの涙が引っ込んだ。



「それ、わたくしたちの名前?」
「忘れちゃったの?」
「だって、誰も呼んでくれなかったんだもの」

ドレスのスカートをぎゅうと握って妹は俯いた。
兄妹は名前を呼ばれることを待ち焦がれていた。
待って待って、それはいつしか両親からの魔法の呪文だと思った。
だから、お互いのことも名で呼ばない。
だって、名を呼ぶのは両親だから。
そうしているうちに、名前を忘れてしまった。
誰も呼んでくれないから。
ぽたぽたと床に染みが出来ては消えていく。
パトリックと呼ばれた兄は呆然とそれを見ていた。

「ご両親も君たちが来るのを待っていると思うよ?」
「・・・どこで?」

パトリックの問いかけにリュカとニコラスは目を合わせた。
肩を震わせるバーバラと違い、パトリックの声はおよそ子どもらしくない地を這うような低い声音。

「待つってなにさ!迎えに来るって言ったんだ。待ってるのはぼくらのほうだ!!」

パトリックが叫んだと同時に空が一際大きく白く光った。
ドォンという轟音は地を揺らし、窓がガシャンと割れる。
割れた窓から雨風がなだれ込み、破れたカーテンを巻き上げた。

「いい加減なことを言うなーっっ!!」

パトリックの周りに風が、雨が、割れたガラスが集まっていく。
バーバラはそんなパトリックのシャツを掴みべそべそとまだ泣いていた。
ふわりと浮かんだ二人は天井からリュカ達を見下ろした。

「ぎゃぁぁああああぁあぁ!!」
「ちっ、またお前か」

叫ぶナルシュの指差す先はベッドで、あの暗闇の人型が黒く染めたシーツからまた新たな人型が少しづつ姿を見せはじめていた。

「そいつは洞窟からついてきた土塊つちくれだ。壊されてもまたすぐに新しくできるさ」

一体だった人型は二体に増え、ふらふらと揺れている。
雨も風も人型に当たると吸い込まれるように消えて無くなった。
揺れながら幼い兄妹の元へ近づいていく。

「パトリック!お願い、話を聞いて!」
「なにを聞くの?ぼくらと母様と父様を引き離そうとしてるんでしょ?ぼくらはここでずっと待ち続けるんだ!」
「違う、違う!君たちの両親はもうっ・・・」
「うるさい!うるさーい!!」

──みんな死んじゃえ!!

パトリックとバーバラ、兄妹の周りを囲んでいたガラスに雨粒がまとわりつき、風がそれを覆う。
鋭い刃になったそれは頭上から一直線にリュカ達に襲いかかった。
アイザックはすぐさまリュカをその懐に入れ背を向けた。
数が多すぎて防ぎようもない。
が、いつまでたっても予想される衝撃はこなかった。

「あ、、アイク・・・見てっ」

もぞもぞと動いたリュカが見たものは土の壁だった。
土の壁が自分たちを守っている。

「なんだ、これは・・・」
「わかんないけど、助かりました」

ほうと息を吐くリュカの温かさにアイザックも安堵した。
それはジェラールやエルドリッジも同様だった。
お互いの無事を確かめた束の間、ぼろぼろと土壁が崩れていく。
崩れたそれは床に吸い込まれ、視界が開けたその時に聞こえた声は・・・。


──遅くなってごめんね。パトリック、バーバラ


それはあの踊り場に飾ってあった肖像画に描かれていた人物達。

──迎えにきたよ

窓からは朝日が射し込んでいた。

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