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時はほんの少しだけ遡る。
αの三人が顔を寄せ合って話しあっている間、リュカはニコラスに謝罪していた。
もちろん一日目の馬車のことだ。
「ニコラス義兄様、僕お二人の邪魔してごめんなさい」
「ん?えっと、大丈夫だよ」
「本当に?」
「えぇ、でも私たちのことを詳しく聞かれるのは恥ずかしいな」
「はい!気をつけます」
ニコラスはリュカの頭を撫でて同じように微笑んだ。
それをナルシュは首を傾げて見ていた。
「ニコラス義兄様、その腰のものは?」
「あぁ、これはね我が家に伝わる護り刀だよ」
「手に取って見てもいいですか?」
どうぞ、とニコラスは短刀をリュカに渡した。
「かっこいいですね」
「飾り気はなにも無いけどね」
「いいえ、とっても素敵です。この刻まれた文言も・・・」
言い終わらぬうちにリュカはニコラスの目の前から消えた。
「え?」
カシャンと短刀が落ちたのと同時にニコラスもまたとぷんと沈んだ。
その袖を間一髪で掴んだのはナルシュで、そのままずるりと飲み込まれた。
それは声をあげることも出来ぬほどの一瞬の出来事だった。
一階西側当主の寝室にて、幼い妹は憤っていた。
「お兄さま!なんでこれまでついてくるのよ!」
「ほんとにねぇ、これはうるさいから嫌だったんだけど」
「せっかくあの忌々しい短刀が持ち主の手から離れたというのに!」
「妹よ、そんなに怒るなよ。ここにはアレがいるではないか。それはアレにくれてやればいい」
ニヤと笑って顎でベッドを指し示す兄に妹もニヤァと返す。
ふふふとその小さな手を口にあてて愉悦たっぷりに笑った。
「そうね、食べてもらいましょ」
リュカ達三人は意識なく横たわっている。
そのうちナルシュただ一人がふわりと浮かび、大きなベッドに落とされた。
ピシリと布が引き裂かれる音がしたかと思えば、そこから暗闇の人型がズ・・・ズズ・・・と蝶が羽化するようにゆっくりとその姿を見せた。
「うふふ、お前の口にあうかしら?」
ぼとぼとと湿った雫を落としながら人型はナルシュと距離を詰める。
目も鼻も耳も無いのにそれは正確にナルシュに覆いかぶさった。
重なりナルシュを飲み込んでいく。
ゆっくりゆっくりズブズブと飲み込んでいく。
ダーズリー家の悲劇──
それはまさに悲劇というべきものであった。
王都でかつての王太子殿下の婚姻の儀が行われたその時、一貴族としてダーズリー家も参列していた。
両親と子ども二人、国をあげての祝宴を思う存分堪能した。
当主は領で生産している芋の新たな卸先も見つけダーズリー家に追い風が吹いているとそう思った。
だが、事は王都からダーズリー領に向かう帰路で起こった。
一家は裕福ではなかったが、それでも華やかな王都に充てられ少なからずの宝飾品や新種の芋の種などを携えて馬車を走らせていた。
王都から離れれば離れる程、街道の整備は細くなる。
そしてそれはシザース領を出る頃にはさらに顕著になっていく。
そこを走る王都帰りの一台の馬車。
盗賊たちの格好の餌食であった。
運悪くポツポツと降り出した雨はすぐに視界を悪くした。
そのせいで敵襲に気づくのが遅れた。
たった二人の護衛も、数には勝てなかった。
父は盗賊の足止めをし、母は兄妹を馬に乗せ走らせた。
「この先にある洞窟わかるわね?そこへ逃げなさい。いい?母か父が名を呼ぶまで出てきては駄目よ?」
「お母さまもすぐに来る?」
「えぇ、行くわ。だから行きなさい。──、──、どうか無事で!!」
兄妹はダーズリー領とシザース領の境目にある山の麓に向けて馬を走らせた。
そこには洞窟があり、側には小さいながら泉もあって家族でよく野遊びをした場所だった。
兄妹を見送った母はすぐさま盗賊に背後をとられた。
見れば夫は目を見開き倒れている。
横転した馬車に車輪は見当たらず、雨の中男が皮袋の中を検分していた。
母の首にあった首飾りは勢いよく引きちぎられ、着ていたドレスは剥ぎ取られ指輪は指ごと落とされた。
雨の流れの中に赤が混じっていく。
降り止まない雨は山を崩し泉を溢れさせた。
兄妹の望みは永遠に閉ざされたのだった。
「それが悲劇?」
「えぇ、そう母から聞きました」
アイザック達はジェラールの話を聞きながら屋敷中の部屋を開け放ち、消えたリュカたちを探し回りエントランスホールへ戻ってきていた。
「母の生家はシザース領から北にあるミラー子爵領です。ですのでこの話も昔話として流れてきたようで・・・」
ジェラールがそう言いながら見上げるのは踊り場にある家族の肖像画。
そこに、子どもたちの姿がない。
三人がゴクリと息を飲む。
残るは一階の西側のみ、そちらへ向かって跳ねるように駆け出したのは言うまでもない。
αの三人が顔を寄せ合って話しあっている間、リュカはニコラスに謝罪していた。
もちろん一日目の馬車のことだ。
「ニコラス義兄様、僕お二人の邪魔してごめんなさい」
「ん?えっと、大丈夫だよ」
「本当に?」
「えぇ、でも私たちのことを詳しく聞かれるのは恥ずかしいな」
「はい!気をつけます」
ニコラスはリュカの頭を撫でて同じように微笑んだ。
それをナルシュは首を傾げて見ていた。
「ニコラス義兄様、その腰のものは?」
「あぁ、これはね我が家に伝わる護り刀だよ」
「手に取って見てもいいですか?」
どうぞ、とニコラスは短刀をリュカに渡した。
「かっこいいですね」
「飾り気はなにも無いけどね」
「いいえ、とっても素敵です。この刻まれた文言も・・・」
言い終わらぬうちにリュカはニコラスの目の前から消えた。
「え?」
カシャンと短刀が落ちたのと同時にニコラスもまたとぷんと沈んだ。
その袖を間一髪で掴んだのはナルシュで、そのままずるりと飲み込まれた。
それは声をあげることも出来ぬほどの一瞬の出来事だった。
一階西側当主の寝室にて、幼い妹は憤っていた。
「お兄さま!なんでこれまでついてくるのよ!」
「ほんとにねぇ、これはうるさいから嫌だったんだけど」
「せっかくあの忌々しい短刀が持ち主の手から離れたというのに!」
「妹よ、そんなに怒るなよ。ここにはアレがいるではないか。それはアレにくれてやればいい」
ニヤと笑って顎でベッドを指し示す兄に妹もニヤァと返す。
ふふふとその小さな手を口にあてて愉悦たっぷりに笑った。
「そうね、食べてもらいましょ」
リュカ達三人は意識なく横たわっている。
そのうちナルシュただ一人がふわりと浮かび、大きなベッドに落とされた。
ピシリと布が引き裂かれる音がしたかと思えば、そこから暗闇の人型がズ・・・ズズ・・・と蝶が羽化するようにゆっくりとその姿を見せた。
「うふふ、お前の口にあうかしら?」
ぼとぼとと湿った雫を落としながら人型はナルシュと距離を詰める。
目も鼻も耳も無いのにそれは正確にナルシュに覆いかぶさった。
重なりナルシュを飲み込んでいく。
ゆっくりゆっくりズブズブと飲み込んでいく。
ダーズリー家の悲劇──
それはまさに悲劇というべきものであった。
王都でかつての王太子殿下の婚姻の儀が行われたその時、一貴族としてダーズリー家も参列していた。
両親と子ども二人、国をあげての祝宴を思う存分堪能した。
当主は領で生産している芋の新たな卸先も見つけダーズリー家に追い風が吹いているとそう思った。
だが、事は王都からダーズリー領に向かう帰路で起こった。
一家は裕福ではなかったが、それでも華やかな王都に充てられ少なからずの宝飾品や新種の芋の種などを携えて馬車を走らせていた。
王都から離れれば離れる程、街道の整備は細くなる。
そしてそれはシザース領を出る頃にはさらに顕著になっていく。
そこを走る王都帰りの一台の馬車。
盗賊たちの格好の餌食であった。
運悪くポツポツと降り出した雨はすぐに視界を悪くした。
そのせいで敵襲に気づくのが遅れた。
たった二人の護衛も、数には勝てなかった。
父は盗賊の足止めをし、母は兄妹を馬に乗せ走らせた。
「この先にある洞窟わかるわね?そこへ逃げなさい。いい?母か父が名を呼ぶまで出てきては駄目よ?」
「お母さまもすぐに来る?」
「えぇ、行くわ。だから行きなさい。──、──、どうか無事で!!」
兄妹はダーズリー領とシザース領の境目にある山の麓に向けて馬を走らせた。
そこには洞窟があり、側には小さいながら泉もあって家族でよく野遊びをした場所だった。
兄妹を見送った母はすぐさま盗賊に背後をとられた。
見れば夫は目を見開き倒れている。
横転した馬車に車輪は見当たらず、雨の中男が皮袋の中を検分していた。
母の首にあった首飾りは勢いよく引きちぎられ、着ていたドレスは剥ぎ取られ指輪は指ごと落とされた。
雨の流れの中に赤が混じっていく。
降り止まない雨は山を崩し泉を溢れさせた。
兄妹の望みは永遠に閉ざされたのだった。
「それが悲劇?」
「えぇ、そう母から聞きました」
アイザック達はジェラールの話を聞きながら屋敷中の部屋を開け放ち、消えたリュカたちを探し回りエントランスホールへ戻ってきていた。
「母の生家はシザース領から北にあるミラー子爵領です。ですのでこの話も昔話として流れてきたようで・・・」
ジェラールがそう言いながら見上げるのは踊り場にある家族の肖像画。
そこに、子どもたちの姿がない。
三人がゴクリと息を飲む。
残るは一階の西側のみ、そちらへ向かって跳ねるように駆け出したのは言うまでもない。
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