その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

谷絵 ちぐり

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一階の一番奥、そこは厨房だった。
大きな窯が二つ並び、調理台には埃が積もっている。
食器は欠けたものばかりで棚に雑多に入っていた。
大きな水瓶は四つ、そのどれもが割れずに鎮座している。
中身は空であったり、底に黒いなにかがへばりついたりしていた。

「ニコラス君は怖くないの?」
「んー・・・ない、ですね」
「そっか、また私は情けな・・・」
「人には得手不得手があります!ジェラールは情けなくありません!」
「・・・でも、ニコラス君に不得手なことなんてないだろう?」

ありますよ、という消え入りそうな声は頭上から聞こえた悲鳴にかき消された。

「あいつは本当にうるさいな」
「あの!ジェラールは・・・」

ん?と小首を傾げるジェラール。
その背後の瓶から無数の黒い小さな手が伸びていた。
今にも襲いかかりそうなそれ、短刀一本では無理だと判断したニコラスは手が出ている瓶に向けて投げつけた。
弾かれることも無くグサリと刺さった短刀と、ピシピシと微かな音を立てて真っ二つになる水瓶。
キィィィと嫌な声を残して数多ある手は消えた。

「ニコラス君のその短刀はすごいね。いや、ニコラス君がすごいのか」
「剣の方が得意なんですけど・・・」

これは護り刀なんです、と真っ二つになった瓶の中に落ちた短刀を拾いながらニコラスは言う。
ニコラスの手に戻った短刀の柄にはペンブルック家の鷲の意匠が掘られている。
刀身には『我主に仇なすものに報いを与えるものなり』と刻み込まれていた。

「ペンブルック家では子を身篭るとまず、懇意にしている教会に短刀を預けます。それに毎日聖霊の祝詞をあげてもらい、聖水を一滴垂らすのだそうです。そうして、七歳の祝いに護り刀として子に贈られます」
「へぇ。私達もそうしようか」
「はい。・・・は?え?あっ」

嫌かい?とからかうように笑う顔が憎らしいとニコラスは思う。
きっと今自分の顔は闇の中でもわかるくらいに赤く火照っているだろう。

「─嫌じゃな・・・」


── いぃぃやぁぁぁーーーーーーっっ!!


「またか」

ジェラールが見上げて苦笑するのに、ニコラスはムッとして頬を挟み込み口付ける。
それは唇を押し付けるだけのなんの技巧もないキスだった。

「・・・どうしたの?」
「あの子達は可愛いですけど、今は、二人、なので」

しょぼしょぼと歯切れ悪く尻すぼみになっていく。
衝動的に動いてしまったが、恥ずかしさに頭が沸騰しそうだ。
妬いた?とするりと腰に回る手と、コツンと当たる額に恥ずかしくて堪らないのに、どうしようもなく胸が高鳴る。

「かわいい」

腰が引き寄せられたのと唇が合わさったのは同時で、そうされるとすぐに体を預けたくなってしまう。

「お口あーんして、舌出して?」

出した舌はすぐさまぢゅうと吸われて、ジェラールの口内に引き込まれていく。
器用に舌先をチロチロと舐めらたかと思えば、舌全体を舐るように音を立てて扱かれた。
頭は完全に沸騰していて、ほわほわと体が軽くなっていくような気がした。

「気持ちいい?」
「・・・うん」
「ニコラス君が一番好きだよ」

蠱惑的な瞳に吸い寄せられるようにまたニコラスから口付けた。
舌を絡ませて唾液を交換して、と二人が混ざり合っていた時、厨房の隅に置かれた洗い桶からずりずりと異形の影が這い出してきていた。
ゆっくりゆっくりと影は二人に近づいていく。
そして、二人の影と異形の影が重なった時ニコラスの腰に下げた短刀がするりと音もなく落ちた。
それは弧を描き、ストンと床に突き刺さる。
刀身から溢れ出た気に異形の影はビチビチと暴れ、徐々にその姿が薄くなっていく。
ちゅぽとニコラスとジェラールの唇が離れたと同時に、異形の影も跡形も無く消え去った。

「そんな蕩けた顔、誰にも見せちゃいけないよ?」
「ん、ジェラールだけ」
「強くて弱いニコラス君が大好き」




その頃───

外は雷雨、閉じ込められた空間で次々に現れた怪異は次々に消えていった。

「お兄さま、これは面白いわ」
「あぁ、妹よ。そろそろ我らの出番か?」
「ふふふ、まだよ?まだ残ってるわ」
「あぁ、忘れていた。父と母の寝室だな?」
「えぇ、そうよ」

くすくすと笑い合うのは幼い声で、手を繋いで肖像の中からつるりと抜け出てきた。
エントランスホールでは、御者も護衛も眠ってしまっている。

「妹はどれにする?」
「そうねぇ、やっぱりあの逞しい方かしら」
「じゃぁ、僕はあのポシェットの子にしよう」

ひそひそこそこそと楽しげな様子と裏腹に内容は不穏なものだ。
この場の誰か一人でも目覚めていたら警告できたのだろう。
イチャついてる場合ではない、と。
けれど、全員が兄妹によって深い眠りに落とされていた。
兄妹は一階の西側へと、ふわふわと飛んでいく。
足があればきっとスキップしていたに違いない。
それくらい軽やかだった。
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