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温泉に行きたい!
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アイザックは今、警ら部へ向かっていた。
すれ違う人々は、すわ何事か!?とその背中を見送った。
なぜなら、なんとも言えない陰気な空気を纏っていたからである。
それは警らの詰所でも同じことで、つかつかとその人波を通りすぎノックもせずに部長室の扉を開けた。
「エルドリッジ!」
「なんだ」
執務机で書き物をしていたエルドリッジは驚いた様子も無くペンを置く。
どうせ来るだろうとは思っていた、とアイザックを見やった。
「本当に旅行についてくる気か!?」
「しょうがないだろ、言い出したら聞かないんだあれは」
「そこを言い聞かせるのがお前だろうが」
「じゃ、聞くがお前はリュシーを言い聞かせられるのか?」
「・・・で、、きる」
うぐっと言葉に詰まったアイザックが絞り出したそれは、はんっとエルドリッジに一蹴された。
「ほらみろ、無理じゃないか」
「・・・リュシーと呼ぶな」
「別にいいだろ」
「ほう、ナルシュが聞いたらどう思うかな」
ギリギリと睨み合う二人を止める者は誰もいない。
膠着状態を崩したのはアイザックだった。
「とにかく、お前らがトルーマン領に行くのなら好きにすればいい。だが、絶対に一緒には行かないからな」
それだけ言うと扉を乱暴に閉めて出ていった。
取り残されたエルドリッジは思う、自分だってそうしたいさ、と。
ナルシュは言い出したらきかないだろう、その証拠に今もハルフォード商会へ勤めに出ている。
働かなくていいと言った時は、人の頬はそんなに膨らむのかというくらい膨らませていた。
「ずっとこんなすごい御屋敷にいたら息がつまる!」
あの膨らんだ頬はなかなかに可愛かった、リスの衣装を着せようと決意したのはあの時だ。
元気が取り柄のようなナルシュの息がつまるのはよろしくないので、午前中だけ勤めるのを許可してみたが、昼間からパブで飲むという暴挙にでた。
護衛をあっさりと撒いたナルシュに、どこかの諜報部員疑惑がかかったのは言うまでもない。
それからは今まで通り勤めている。
楽しそうに職場の話をする顔はたいそう可愛いので、これはこれで良かった。
そんなナルシュだが、空いた時間に礼儀作法を母から学んでいる。
「公の場であなたに恥をかかすのはかわいそうだからですって」
くくくと笑いながら母は言った。
受け入れられないと思ったナルシュだったが、あっけらかんと素直で正直なので侯爵家にすぐに馴染んだ。
妹のカティアが狙っている気がするので、早々に子爵位を賜って侯爵家を出たいところだ。
結局何が言いたいかと言うと、最終的にはナルシュの言うことを聞いてしまう自分の未来が見えるということだ。
あぁー早く帰ってナルシュを可愛がりたい、そう思うエルドリッジだった。
一方、アイザックが定時で帰宅するとリュカが可愛いらしい帽子を被っていた。
それはいつか自分が贈った白く丸い帽子で、全面に紫の蝶の刺繍が施してある。
所々キラリと光るのは細かなビーズが散りばめられているからだった。
「リュカ、よく似合ってる」
「はい!エマが刺繍を刺してくれました。これを被って旅行に行きます」
「うん」
「バセットでは万年氷を見に行けなかったでしょう?」
「あぁ、そうだったな」
「その時に用意してもらったもこもこを着ます」
「うん、あれはリュカによく似合うからね」
「はい!お兄様もお誘いしたいです」
「うん、いいね」
うん?
「今日小兄様がまたいらっしゃって、みんなで行くと楽しさが倍になるそうです」
「うん?」
「それでお兄様とニコラス様のことをお話したら、一緒に行くとニコラス様と仲良くなれるそうです」
「あぁ、、うん」
「楽しさが三倍です」
興奮したように頬を赤くし、目はキラキラと輝き、胸の前で握る拳は可愛い。
やられた、とアイザックは思った。
まさか昨日の今日でナルシュが訪れるとは思っていなかった。
あれはリュカの喜ぶ点を的確に突いてくる。
『みんな』『楽しい』の言葉でリュカをぐらつかせ、極めつけはニコラスと仲良くなれると唆したのだ。
ジェラールから拒絶された、とめそめそと泣いたリュカならすぐさまその話にのっただろうことは想像に難くない。
「リュカ、無理強いはいけないぞ」
「大丈夫です。最初にニコラス様をお誘いして、ニコラス様からお兄様へお誘いしてもらいます」
ニコリと笑むリュカに、終わったとアイザックは思った。
愛する番にお願いされて断れるαがいるだろうか、いやいない。
そして、義弟となる愛らしいリュカにお願いされてあの良くも悪くも真面目なニコラスが断れるだろうか。
ナルシュならともかく、断ることなど出来ないだろう。
キョトと目を丸くして見つめるリュカを嘆息しながらアイザックは抱きしめる。
今夜は仕立て上がったばかりのあの小悪魔の衣装を着せよう。
それはきっとリュカによく似合う。
すれ違う人々は、すわ何事か!?とその背中を見送った。
なぜなら、なんとも言えない陰気な空気を纏っていたからである。
それは警らの詰所でも同じことで、つかつかとその人波を通りすぎノックもせずに部長室の扉を開けた。
「エルドリッジ!」
「なんだ」
執務机で書き物をしていたエルドリッジは驚いた様子も無くペンを置く。
どうせ来るだろうとは思っていた、とアイザックを見やった。
「本当に旅行についてくる気か!?」
「しょうがないだろ、言い出したら聞かないんだあれは」
「そこを言い聞かせるのがお前だろうが」
「じゃ、聞くがお前はリュシーを言い聞かせられるのか?」
「・・・で、、きる」
うぐっと言葉に詰まったアイザックが絞り出したそれは、はんっとエルドリッジに一蹴された。
「ほらみろ、無理じゃないか」
「・・・リュシーと呼ぶな」
「別にいいだろ」
「ほう、ナルシュが聞いたらどう思うかな」
ギリギリと睨み合う二人を止める者は誰もいない。
膠着状態を崩したのはアイザックだった。
「とにかく、お前らがトルーマン領に行くのなら好きにすればいい。だが、絶対に一緒には行かないからな」
それだけ言うと扉を乱暴に閉めて出ていった。
取り残されたエルドリッジは思う、自分だってそうしたいさ、と。
ナルシュは言い出したらきかないだろう、その証拠に今もハルフォード商会へ勤めに出ている。
働かなくていいと言った時は、人の頬はそんなに膨らむのかというくらい膨らませていた。
「ずっとこんなすごい御屋敷にいたら息がつまる!」
あの膨らんだ頬はなかなかに可愛かった、リスの衣装を着せようと決意したのはあの時だ。
元気が取り柄のようなナルシュの息がつまるのはよろしくないので、午前中だけ勤めるのを許可してみたが、昼間からパブで飲むという暴挙にでた。
護衛をあっさりと撒いたナルシュに、どこかの諜報部員疑惑がかかったのは言うまでもない。
それからは今まで通り勤めている。
楽しそうに職場の話をする顔はたいそう可愛いので、これはこれで良かった。
そんなナルシュだが、空いた時間に礼儀作法を母から学んでいる。
「公の場であなたに恥をかかすのはかわいそうだからですって」
くくくと笑いながら母は言った。
受け入れられないと思ったナルシュだったが、あっけらかんと素直で正直なので侯爵家にすぐに馴染んだ。
妹のカティアが狙っている気がするので、早々に子爵位を賜って侯爵家を出たいところだ。
結局何が言いたいかと言うと、最終的にはナルシュの言うことを聞いてしまう自分の未来が見えるということだ。
あぁー早く帰ってナルシュを可愛がりたい、そう思うエルドリッジだった。
一方、アイザックが定時で帰宅するとリュカが可愛いらしい帽子を被っていた。
それはいつか自分が贈った白く丸い帽子で、全面に紫の蝶の刺繍が施してある。
所々キラリと光るのは細かなビーズが散りばめられているからだった。
「リュカ、よく似合ってる」
「はい!エマが刺繍を刺してくれました。これを被って旅行に行きます」
「うん」
「バセットでは万年氷を見に行けなかったでしょう?」
「あぁ、そうだったな」
「その時に用意してもらったもこもこを着ます」
「うん、あれはリュカによく似合うからね」
「はい!お兄様もお誘いしたいです」
「うん、いいね」
うん?
「今日小兄様がまたいらっしゃって、みんなで行くと楽しさが倍になるそうです」
「うん?」
「それでお兄様とニコラス様のことをお話したら、一緒に行くとニコラス様と仲良くなれるそうです」
「あぁ、、うん」
「楽しさが三倍です」
興奮したように頬を赤くし、目はキラキラと輝き、胸の前で握る拳は可愛い。
やられた、とアイザックは思った。
まさか昨日の今日でナルシュが訪れるとは思っていなかった。
あれはリュカの喜ぶ点を的確に突いてくる。
『みんな』『楽しい』の言葉でリュカをぐらつかせ、極めつけはニコラスと仲良くなれると唆したのだ。
ジェラールから拒絶された、とめそめそと泣いたリュカならすぐさまその話にのっただろうことは想像に難くない。
「リュカ、無理強いはいけないぞ」
「大丈夫です。最初にニコラス様をお誘いして、ニコラス様からお兄様へお誘いしてもらいます」
ニコリと笑むリュカに、終わったとアイザックは思った。
愛する番にお願いされて断れるαがいるだろうか、いやいない。
そして、義弟となる愛らしいリュカにお願いされてあの良くも悪くも真面目なニコラスが断れるだろうか。
ナルシュならともかく、断ることなど出来ないだろう。
キョトと目を丸くして見つめるリュカを嘆息しながらアイザックは抱きしめる。
今夜は仕立て上がったばかりのあの小悪魔の衣装を着せよう。
それはきっとリュカによく似合う。
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