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解ける二人

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ニコラスの脳内は、混乱していた。
巨大な氷山が崩れ落ちお花畑が現れたかと思いきや、そのお花畑が洪水に見舞われどでかい湖になりその水面には波紋がいくつも広がっている。
それもこれも全てこの目の前で尻もちをついている男のせいなのだ。

「・・・・・・嫌いです」

かっこ悪いだの、情けないだの、みっともないだのとなぜそんなに自分に自信がない?
そんな風に言ってしまうあなたが嫌いだ。
もっと自分自身を見てほしい。
後ろばかり見てほしくない。
愛しい人の悪口なんて聞きたくない。
どうして直接自分に婚約を申し込んでくれなかった?
次期当主として、との思いからかもしれないがそこは直接言ってほしかった。
あぁ、だけどって自分と同じ気持ちだったということでいいの?
いや、でも婚約おめでとうってあの時言っていた。
ありがとうって、あれはなんだったの?
それに、悪いことしてしまうっていうのは一体?


ニコラスが自身の湧き上がる感情に翻弄されている間、ジェラールはそれをぽかんと見上げていた。
眉間の皺から見るに不快そうだが、口の端はピクピクと動いておりともすれば笑みを浮かべそうであった。
ぎゅうと閉じられた目はなにを浮かべて、小さく震える拳はなにを考えているのだろうか。
それよりなにより、さっきからジャスミンの香りがまとわりついておかしくなりそうだ。
ここにいてはいけない、そう思い至ったジェラールは立ち上がろうとして立ち上がれなかった。
ズシリと太ももに乗る体重は今しがたまで、なんとも言えない表情をしていた彼でガシッと肩を掴まれている。

「ジェラール殿」
「はい」
「どうして婚約のことを言ってくれなかったのですか?」
「えっと、どっちの?」
「どっ、ち?」
「ナルシュ?それとも・・・」

ニコラスの気持ちも考えずに打診してしまったことを改めて謝罪した方がいいだろうか。
蒸し返すようで不快な思いをさせてしまうのは本意ではない。
どうしようか、と口を閉ざしたジェラールにニコラスは首を傾げた。

「ナルシュ?」
「あ、あぁ、隊長から聞いた?警ら部長との婚約の話」
「聞いてません」

その前に最近隊長となにか会話をしただろうか、とニコラスは首を捻った。
全く記憶にない、というか毎日どうやり過ごしていたのか記憶がある方が僅かだ。

「あの、離してくれる?」
「・・・なぜですか?」
「その・・・」

袖口で鼻を抑えてジェラールは俯いた。
匂いが、と言ってしまいたいが意識していると思われるのはよくない気がする。

「私に悪いことってなんですか?」
「ん?」
「言っていたでしょう?いつか、同僚の方に」
「え?あ、あぁ、それは・・・」
「言ってください」
「そのまさか婚約を断られると思わなくて、その、ナルシュが片付くまで君を待たせてしまうなと思って・・・」

改めて言葉にすると自意識過剰で恥ずかしい、とてもじゃないが顔を上げられない。
俯いたままぼそぼそと答えたジェラールはもう耐えられなかった。
この問答にも匂いにも。

「もういいだろう?私の勘違いだったんだ。ただ、君といるともうずっと一緒にいるように感じてしまって、いつからかわからないけど気づいた時には君のことを愛しいと思うようになったんだ。本当に迷惑をかけてすまなかった」

だから、と両手で顔を隠したジェラールは呻くように言った。

「もう、やめてくれ」

この時やっと肩の重みが消え、やっと解放されるとジェラールは安堵の息を吐いた。
だが、太ももの重みは消えずに訝しんだその時そっと手首を掴まれた。

「私も同じです。大事なことを言っていなかった」

ジェラールが視線を上げた先には頬を紅潮させてはにかんだ笑みを見せるニコラスがいる。

「私もあなたが愛しい。だから、おあいこ」

そのままニコラスはジェラールの唇に、小さく触れた。
瞬きにも満たない刹那のそれは、永遠に心に残るものになった。

「・・・ニコラス君」
「はい?」
「足りない」

ニコラスが、え?と思った時には腰を引き寄せられ後頭部を掴まれ口付けられていた。
押し付けただけのようだったそれは次第に食むようになり、最後には下唇を小さく噛まれてしまった。
はぁ、と吐息を零しながら離れた唇はまたすぐに戻ってきた。

「まだ足りない。口、開けて」

至近距離で見るジェラールの目の奥にあるのは、今まで見たこともない激情だった。
怖い、そう思ったニコラスは首を振ってぐいと胸を押し返したがびくともしない。
なんで?と思う。
鍛えてるのに、ジェラールを抱えて走ることもできるのにどうして?

「ニコラス君、お口開けて?」

この時ニコラスは気づいていなかったが、少し前から無意識にフェロモンが流れ出ていた。
それは愛しいαを逃がさないよう絡めとるような重いもので、そのΩの本能がジェラールのαの本性を暴いてしまった。
もう抗えない。


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