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失意の兄
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財務部に勤めるジェラールの評判は真面目で誠実、穏やかな人柄で後輩への面倒見も良いといったところだ。
本人は、言い過ぎだと謙遜するが皆は真実そう思っている。
伯爵位では序列最下位、領地も持たないが細々とその血を受け継いできた。
後継であるジェラールも当然そうでなければいけない。
だが、まさに青天の霹靂と言おうか末子が縁づいたのは公爵家であった。
最初こそ不安でいっぱいだったが、年を追う事に睦まじくなっていく弟達を見てジェラールは思った。
彼らに子が二人以上出来たなら、その子に伯爵位を継いでもらおう。
ここコラソンでは長子相続制なので、あちらにとっても悪い話はではないはずだ。
公爵家という後ろ盾などない、ないにも関わらず群がってくる者どもにも辟易していた。
『なんちゃってα』として揶揄される自分を、ありのままの自分を見てくれる人などいない。
そう思っていた。
「よ、ジェラール。食堂行けるか?」
「あぁ」
長年の友人であるトリスも同じ財務部で、既婚で可愛らしい子が一人いる。
男爵家の次男である彼はβで、家に頭をしこたま下げて王都の学院に入学してきた。
長子以外は自分で生計の道を選ばねばならない。
田舎から出てきたトリスは素朴で真面目で、ジェラールとはよく気が合った。
「あの弟が婚約とはなぁ。しかし、よく隠してたな」
「別にそんなんじゃないさ」
トリスは自分の弟が破天荒なことをよく知っている、散々愚痴を聞いてもらっていたからだ。
もちろん、出奔したことも知っていた。
ただ、帰って来たことは言っていなかった。
家庭ある彼には余計な話だと思ったし、また何処かへ出ていくかもしれない、その可能性を大いに秘めているからだ。
しかし末子に続いてあの破天荒な弟にまで縁があるなんて、誰が思おうか。
しかも相手は侯爵家、断れるはずもない。
正直、先を越されてしまったと思った。
こういう時にさっさっと行動に移せない所が『なんちゃってα』と呼ばれる所以かもしれない。
弟が侯爵家に入るまでは、自分のことは後回しになってしまう。
婚約期間が長くなってしまうのは申し訳ないな、と亜麻色の輝く髪を思い浮かべた。
「祝福してくれるさ」
長年の友人の言葉に、そうだよなと思い直したがほんの少しの不安はある。
いつも後手に回ってしまう、要領の悪い自分が嫌になる。
思えば彼の前では情けない姿ばかり晒してきた。
腰を抜かして医務室へ横抱きで運ばれた、掲示板で騙された、勝手がわからないとはいえ店では店主に怒られ、宿ではぶっ倒れ、挙句おぶわれた。
最初は公爵家目当てだと思っていた。
そんな醜態ばかりだったのでとっくに呆れられたかと思ったが、こちらを見つめる瞳の中には好意めいたものを感じる。
それが芝居だったとしたなら、たいした役者だ。
彼になら騙されてもいいと思う。
いや、実際公爵家の恩恵に預かってはいないので、反対に騙されたと思われるかもしれない。
そんなことをつらつらと考えていると、ふわりと漂うように鼻にまとわりついたジャスミンの香りに思わず足を止めた。
「どうかしたか?」
「・・・いや、なんでもない」
確かにジャスミンの香りがしたのに、振り向いてみても長い回廊が伸びているだけだった。
「おかしい」
「ん?あぁ、ここ数字間違ってるな」
トリスがジェラールの手にした書類を覗き込んで言う。
後輩から上がってきた確認書類の数字も間違っているが、彼が財務部に顔を見せない。
これまでは、そんなことまで?というようなことも相談に来ていた。
騎士団の演習費のことから、果ては騎士団食堂の食材の仕入先のことまで。
「なにか忙しくしてるんだろうか」
「なにが?」
「いや、でも闇市の件もすんなり解決したと聞いたし・・・」
「おい」
「なにか言えないけど大変なことが起こってるとか?」
「ジェラール!おい!」
え?と顔を上げると訝しげな財務部長と目があった。
「部長!今、騎士団って多忙なんですか?」
「知らん」
部長も知らないのか、余程極秘のなにかがあるのかもしれない。
もう何日も会っていない。
自分から会いに行ってもいいが、騎士団本部はなんだか敷居が高くて行きづらい。
そもそも平の文官が用もなく行く所ではないのだ。
いつものジェラールらしからぬ態度は、部長はじめ皆の関心を誘った。
けれど、そんな周囲に我関せずなジェラールだった。
そんな風に悶々と過ごしていた折、帰宅すると父が青ざめた顔で待っていた。
「どうしたのですか?」
「こ、婚約の打診が、こ、こ、断られたぞ!」
あぁ、やっぱりとジェラールは思った。
あの時、仲睦まじそうに見えたがやはりナルシュでは駄目だったか。
「ナルシュじゃないぞ?」
「はい?」
「お前だ、ジェラール。ペンブルック家から丁重にお断りすると返事が来た。お前、大丈夫って言ってたじゃないか。どういうことなんだ?」
どういうことって、そんなことはこちらが知りたい。
頭に浮かぶのはジャスミンの香りと皺の寄った袖口、そしてはにかんだ笑顔。
サラサラと足元が崩れていく。
同じ気持ちだと思っていたのに・・・。
あぁそうか、ただ思っていただけだった。
思っただけで、通じあっていると勘違いしていた。
なんて滑稽なんだろう。
やっぱり、自分は『なんちゃってα』なのだ。
なにも成すことができない惨めで滑稽な『なんちゃってα』それが、ジェラール・コックスヒルなのだ。
※エルが外堀を埋めている間、裏ではこんなことが起きてました。
ベッタベッタのベタで、苦手な方すみません。
本人は、言い過ぎだと謙遜するが皆は真実そう思っている。
伯爵位では序列最下位、領地も持たないが細々とその血を受け継いできた。
後継であるジェラールも当然そうでなければいけない。
だが、まさに青天の霹靂と言おうか末子が縁づいたのは公爵家であった。
最初こそ不安でいっぱいだったが、年を追う事に睦まじくなっていく弟達を見てジェラールは思った。
彼らに子が二人以上出来たなら、その子に伯爵位を継いでもらおう。
ここコラソンでは長子相続制なので、あちらにとっても悪い話はではないはずだ。
公爵家という後ろ盾などない、ないにも関わらず群がってくる者どもにも辟易していた。
『なんちゃってα』として揶揄される自分を、ありのままの自分を見てくれる人などいない。
そう思っていた。
「よ、ジェラール。食堂行けるか?」
「あぁ」
長年の友人であるトリスも同じ財務部で、既婚で可愛らしい子が一人いる。
男爵家の次男である彼はβで、家に頭をしこたま下げて王都の学院に入学してきた。
長子以外は自分で生計の道を選ばねばならない。
田舎から出てきたトリスは素朴で真面目で、ジェラールとはよく気が合った。
「あの弟が婚約とはなぁ。しかし、よく隠してたな」
「別にそんなんじゃないさ」
トリスは自分の弟が破天荒なことをよく知っている、散々愚痴を聞いてもらっていたからだ。
もちろん、出奔したことも知っていた。
ただ、帰って来たことは言っていなかった。
家庭ある彼には余計な話だと思ったし、また何処かへ出ていくかもしれない、その可能性を大いに秘めているからだ。
しかし末子に続いてあの破天荒な弟にまで縁があるなんて、誰が思おうか。
しかも相手は侯爵家、断れるはずもない。
正直、先を越されてしまったと思った。
こういう時にさっさっと行動に移せない所が『なんちゃってα』と呼ばれる所以かもしれない。
弟が侯爵家に入るまでは、自分のことは後回しになってしまう。
婚約期間が長くなってしまうのは申し訳ないな、と亜麻色の輝く髪を思い浮かべた。
「祝福してくれるさ」
長年の友人の言葉に、そうだよなと思い直したがほんの少しの不安はある。
いつも後手に回ってしまう、要領の悪い自分が嫌になる。
思えば彼の前では情けない姿ばかり晒してきた。
腰を抜かして医務室へ横抱きで運ばれた、掲示板で騙された、勝手がわからないとはいえ店では店主に怒られ、宿ではぶっ倒れ、挙句おぶわれた。
最初は公爵家目当てだと思っていた。
そんな醜態ばかりだったのでとっくに呆れられたかと思ったが、こちらを見つめる瞳の中には好意めいたものを感じる。
それが芝居だったとしたなら、たいした役者だ。
彼になら騙されてもいいと思う。
いや、実際公爵家の恩恵に預かってはいないので、反対に騙されたと思われるかもしれない。
そんなことをつらつらと考えていると、ふわりと漂うように鼻にまとわりついたジャスミンの香りに思わず足を止めた。
「どうかしたか?」
「・・・いや、なんでもない」
確かにジャスミンの香りがしたのに、振り向いてみても長い回廊が伸びているだけだった。
「おかしい」
「ん?あぁ、ここ数字間違ってるな」
トリスがジェラールの手にした書類を覗き込んで言う。
後輩から上がってきた確認書類の数字も間違っているが、彼が財務部に顔を見せない。
これまでは、そんなことまで?というようなことも相談に来ていた。
騎士団の演習費のことから、果ては騎士団食堂の食材の仕入先のことまで。
「なにか忙しくしてるんだろうか」
「なにが?」
「いや、でも闇市の件もすんなり解決したと聞いたし・・・」
「おい」
「なにか言えないけど大変なことが起こってるとか?」
「ジェラール!おい!」
え?と顔を上げると訝しげな財務部長と目があった。
「部長!今、騎士団って多忙なんですか?」
「知らん」
部長も知らないのか、余程極秘のなにかがあるのかもしれない。
もう何日も会っていない。
自分から会いに行ってもいいが、騎士団本部はなんだか敷居が高くて行きづらい。
そもそも平の文官が用もなく行く所ではないのだ。
いつものジェラールらしからぬ態度は、部長はじめ皆の関心を誘った。
けれど、そんな周囲に我関せずなジェラールだった。
そんな風に悶々と過ごしていた折、帰宅すると父が青ざめた顔で待っていた。
「どうしたのですか?」
「こ、婚約の打診が、こ、こ、断られたぞ!」
あぁ、やっぱりとジェラールは思った。
あの時、仲睦まじそうに見えたがやはりナルシュでは駄目だったか。
「ナルシュじゃないぞ?」
「はい?」
「お前だ、ジェラール。ペンブルック家から丁重にお断りすると返事が来た。お前、大丈夫って言ってたじゃないか。どういうことなんだ?」
どういうことって、そんなことはこちらが知りたい。
頭に浮かぶのはジャスミンの香りと皺の寄った袖口、そしてはにかんだ笑顔。
サラサラと足元が崩れていく。
同じ気持ちだと思っていたのに・・・。
あぁそうか、ただ思っていただけだった。
思っただけで、通じあっていると勘違いしていた。
なんて滑稽なんだろう。
やっぱり、自分は『なんちゃってα』なのだ。
なにも成すことができない惨めで滑稽な『なんちゃってα』それが、ジェラール・コックスヒルなのだ。
※エルが外堀を埋めている間、裏ではこんなことが起きてました。
ベッタベッタのベタで、苦手な方すみません。
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