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可愛い弟

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「なんでお兄様がいるの?」

ナルシュの唐突の叫びにリュカはキョトンと目を丸くした。
ラナも偉そうな男も驚いている。

「物置みたいな部屋にいた時にジェラールの気配を感じたんだよ」
「へ?」
「あっ、リュカはもう旦那がいるからわかんないか」

あの小部屋で閉じ込められている時に、慣れ親しんだジェラールの怒りの気配をナルシュは感じた。
ジェラールは苦言は呈すが滅多なことでは怒らない。
ナルシュは思い出す、幼い頃にジェラールの財布から小銭をくすねて焼き栗を買ったことを。
学院の教科書に裸の女の絵を書いたことを。
紅茶に塩を入れて出したことを。
教科書と官能小説を入れ替えたことを。
どれも叱責され、注意されたが怖くはなかった。
けれど、邸を抜けだし下町の子とちょっとした事で喧嘩になり、取っ組み合いの末二人して川に落ちたことがあった。
その時はしこたま怒られた。
怒髪天というのを身をもって知った。
その時と同じ気配を感じる。

リュカもまた思い出していた。
そういえば長兄はαだったな、と。
穏やかで優しい兄だが、懐に入れた者になにかあった場合はそれはそれは怖かった。
街歩きで買い食いをしすぎてしまい、腹が痛くなった時はとても心配してくれた。
けれど理由を知ると、加減を知らんのか!と怒られた。

そのジェラールが傍まで来ている。

「ここで売られるよりジェラールに怒られた方がマシだ」

ナルシュの言葉にリュカは力強く頷いた。



その頃、ジェラールはさほど広くない家内を歩いていた。
ナルシュの叫びが聞こえた二階にひとまず上がってひとつひとつ部屋を確かめる。
当たりだった物置のような小部屋は空だった。

「移動したのかな」

階段を下っている途中でナルシュの叫ぶ声が聞こえた。
まだ元気なんだなぁ、と思いながらジェラールはそのまま階段を降りて廊下をまっすぐ歩いて行った。

トントントン───

「うちの弟が来てませんか?」

ノックの音に身構えていた男たちだったが、現れたジェラールを見て誰からともなく笑い出した。
だって現れたのはどこからどう見てもひ弱そうな男だったから。

「なんだ、お前は」
「そこの2人の兄なんですよ。弟を返してもらいますね」

スタスタと歩いて、2人のもとに向かったジェラールは、後ろ手に結ばれた手首を見て眉を顰めた。

「何やってんの、お前たちは」

呆れ口調のジェラールに、ごめんなさいとしか二人は言うことができなかった。

「返せと言われて返す奴がいると思うのか」

聞きながらジェラールはリュカ達の手を解く。
その間襲ってきた男達はジェラールがひと睨みすると動けなくなった。

「今、ニコラス君が応援を呼びに行ってるからね」
「え?ニコラスが?」
「というか、お兄様はどうしてここに?」

そんなの自分が一番知りたい、とジェラールは思った。
気づいたらニコラスを尾行していただなんて絶対に言えない。

「可愛い弟を助けるのは兄の務めだ」

努めて冷静にジェラールは言った。
ほんとかなぁ、という弟の顔は無視することにする。

「で?お前らはここで何をしてたんだ?これも縄を解いていいのか?」

これ呼ばわりされたラナは終始ぽかんとしていた。
ひょろひょろでなよなよした男だと思っていたが、全然違う。
αだ、とラナは呟いて目を閉じた。


そのニコラスは今また走っていた。
路地裏を抜けてジェラールと別れたあの建物の前まで皆を案内する。
中央通りを離れるとそこは静かで、アイザックの胸の内の不安が大きくなっていく。

「ここか?」
「はい」

言い終わるや否やアイザックは玄関の扉を蹴り飛ばした。
これには騎士隊も憲兵の皆もびっくりである。

「リュカーーー!!」

ドカドカと入り込み手当り次第に扉を開ける。
三つ目に開けた先にはコックスヒル三兄弟が勢揃いでいた。
渋面を作ってソファに座る男もいるし、明らかに破落戸らしき男たちもいる。

「あ、アイク!」
「え?」
「アイク、マントしてる!かっこいい!」

リュカはアイザックの回りをくるくる回る。
フードも被って、と言われてアイザックはその通りに被ってみた。
かっこいいかっこいい、とぴょんぴょん跳ねるリュカ。
そうか?と満更でもない様子のアイザックにリュカは飛びついた。

「マントっていいですねぇ」

すりすりと胸に頬擦りするのにマントでその体を包む。
えへへ、ふふふ、と見つめ合う二人に何を見せられてるんだとその場の全員が落胆したのは言うまでもない。



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