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気づいた兄
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財務部所属のトリス・ネルソンとジェラールは同期である。
学院からの友人でβであるトリスと一応αであるジェラールは性差はあるものの親しく付き合いを続けてきた。
トリスは思う。
ジェラールは『なんちゃってα』などど自他共に認めているが、そこはやはりβの自分とは違う部分がそこかしこに現れている、と。
算額にしてもその他の勉学にしても、学院時代はジェラールによく教わったものだ。
穏やかで決して驕らず、誰に対しても親切で押し付けがましいところのないジェラール。
今の自分があるのはジェラールのおかげといっても過言ではないと思う。
そのジェラールが珍しく、強引に呑みに誘ってきた。
トリスは三年前に結婚し、すぐさま子宝にも恵まれこうして二人きりで呑むの久しぶりだった。
誘われればいつでも応じたのに、家庭を優先しろと言うジェラールはやはり優しい男である。
「相手に不足ないじゃないか」
「私に不足ばかりだよ」
長い付き合いで初めてのジェラールの恋愛相談。
『想う人ができた』ではなく、『どうやら想われているらしい』ときたもんだ。
しょぼしょぼと肩身を縮こまらせながら大好きなチェリー酒をチビチビと呑んでいる。
「そんなことないだろ。ジェラールは良い奴だし」
「つまらん男だよ」
「それのなにが悪い。お前はなにかカッコつけたりしたのか?」
「するわけないだろ」
「だったら、ちゃんとジェラール自身を見てくれたんじゃないか?」
それが腑に落ちないとジェラールは内心思っている。
あの日、宿屋でのニコラスとのやり取りを思い出す。
据え膳か?と聞けばこくりと頷いた頬を染めた美しい顔。
張りのある良い匂いのする胸に撃沈してしまった。
行きはおぶって入ったのに帰りはニコラスに抱かれて宿を出た。
女将の驚いた顔が忘れられない。
なんと情けないことか。
なんとか使用人に見つからないように、と願ったが少ない使用人全てに目撃された。
いたたまれなくて、液体石鹸を全てニコラスに渡して部屋に閉じこもった。
「・・・もう呆れられたかも」
「あー、そういや最近顔見せないね」
そう、あれからニコラスとジェラールは顔を合わせていない。
会わせる顔がないと安堵した気持ちは時間が経つにつれ、そわそわと落ち着かなくなった。
ガクリとあからさまに肩を落とすジェラールに、要らんことを言ってしまったとトリスは焦った。
「ま、まぁな、もしかしたら忙しいのかもよ?そんな深く考えんなよ」
落とした肩を叩き、これ以上要らんことを言う前にその夜はお開きとしたトリスであった。
ジェラールは夜風に吹かれながらほろ酔い気分で家路を歩く。
辻馬車を拾う気はない、この夜風が火照った体に気持ちいいのだ。
長年の友人に久しぶりに酒に付き合ってもらって少しは気が晴れたような気もする。
そう思いながら歩いていると、遠目だがよく知った顔が二つ手を繋いでいるのが見える。
「あいつら・・・」
普通に歩いていない、こそこそしている気がする。
何してる!と声をかけようとしてジェラールは固まった。
こそこそする愚弟二人を追うもう一つの知った顔。
「・・・ニコラス君?」
何してるの?とジェラールの足もそちらに向いた。
弟二人を追うニコラスを追うジェラール。
なにかの任務か?だとしたらなぜ弟を?またなにかやらかしたのか?とジェラールの酔いはいっぺんに冷めた。
弟二人は花街の方へ向かっている。
ナルシュはわかるが、なぜリュカまで花街なんかに・・・まさかあの義弟が浮気か?にしても、だったらなぜニコラスが?とジェラールの頭は謎だらけだった。
花街は娼館が密集する区域で、その場所以外での営業は禁じられている。
花街への大門をくぐって煌びやかな中央通りから一本外れた路地へ行く。
中央通りから一本外れただけでそこは静かで、足音が響かぬように距離を開けて歩いているとニコラスがぴたりと止まった。
見ると一軒の建物の前で弟二人が立ち止まって見上げている。
ますます謎だな、と思ったジェラールの目の前で弟二人が突然開いた扉に引きずり込まれた。
は?と思ったジェラールはニコラスに目を移すとその背後に影が見えた。
影は今にもニコラスの首に手をかけそうで、気がつけばジェラールは走っていた。
こんなに俊敏に自分が動けるのか、と脳裏を掠めた時には影の右手を後ろ手に捻り左腕で影の首を締め上げていた。
振り向いたニコラスのさらりと揺れる髪、見開いた眼。
「やぁ、液体石鹸使ってくれてるんだね。良い匂いがするよ」
何を言えばいいのかわからなかったジェラールは思ったことを口にした。
こんな時になんだがニコラスの美しい髪に触れたいとジェラールは思った。
月明かりに淡く光る亜麻色の髪に触れたい。
それはきっとさらりとして滑らかで気持ちがいいだろうと、ジェラールは影をギリギリと締め上げた。
学院からの友人でβであるトリスと一応αであるジェラールは性差はあるものの親しく付き合いを続けてきた。
トリスは思う。
ジェラールは『なんちゃってα』などど自他共に認めているが、そこはやはりβの自分とは違う部分がそこかしこに現れている、と。
算額にしてもその他の勉学にしても、学院時代はジェラールによく教わったものだ。
穏やかで決して驕らず、誰に対しても親切で押し付けがましいところのないジェラール。
今の自分があるのはジェラールのおかげといっても過言ではないと思う。
そのジェラールが珍しく、強引に呑みに誘ってきた。
トリスは三年前に結婚し、すぐさま子宝にも恵まれこうして二人きりで呑むの久しぶりだった。
誘われればいつでも応じたのに、家庭を優先しろと言うジェラールはやはり優しい男である。
「相手に不足ないじゃないか」
「私に不足ばかりだよ」
長い付き合いで初めてのジェラールの恋愛相談。
『想う人ができた』ではなく、『どうやら想われているらしい』ときたもんだ。
しょぼしょぼと肩身を縮こまらせながら大好きなチェリー酒をチビチビと呑んでいる。
「そんなことないだろ。ジェラールは良い奴だし」
「つまらん男だよ」
「それのなにが悪い。お前はなにかカッコつけたりしたのか?」
「するわけないだろ」
「だったら、ちゃんとジェラール自身を見てくれたんじゃないか?」
それが腑に落ちないとジェラールは内心思っている。
あの日、宿屋でのニコラスとのやり取りを思い出す。
据え膳か?と聞けばこくりと頷いた頬を染めた美しい顔。
張りのある良い匂いのする胸に撃沈してしまった。
行きはおぶって入ったのに帰りはニコラスに抱かれて宿を出た。
女将の驚いた顔が忘れられない。
なんと情けないことか。
なんとか使用人に見つからないように、と願ったが少ない使用人全てに目撃された。
いたたまれなくて、液体石鹸を全てニコラスに渡して部屋に閉じこもった。
「・・・もう呆れられたかも」
「あー、そういや最近顔見せないね」
そう、あれからニコラスとジェラールは顔を合わせていない。
会わせる顔がないと安堵した気持ちは時間が経つにつれ、そわそわと落ち着かなくなった。
ガクリとあからさまに肩を落とすジェラールに、要らんことを言ってしまったとトリスは焦った。
「ま、まぁな、もしかしたら忙しいのかもよ?そんな深く考えんなよ」
落とした肩を叩き、これ以上要らんことを言う前にその夜はお開きとしたトリスであった。
ジェラールは夜風に吹かれながらほろ酔い気分で家路を歩く。
辻馬車を拾う気はない、この夜風が火照った体に気持ちいいのだ。
長年の友人に久しぶりに酒に付き合ってもらって少しは気が晴れたような気もする。
そう思いながら歩いていると、遠目だがよく知った顔が二つ手を繋いでいるのが見える。
「あいつら・・・」
普通に歩いていない、こそこそしている気がする。
何してる!と声をかけようとしてジェラールは固まった。
こそこそする愚弟二人を追うもう一つの知った顔。
「・・・ニコラス君?」
何してるの?とジェラールの足もそちらに向いた。
弟二人を追うニコラスを追うジェラール。
なにかの任務か?だとしたらなぜ弟を?またなにかやらかしたのか?とジェラールの酔いはいっぺんに冷めた。
弟二人は花街の方へ向かっている。
ナルシュはわかるが、なぜリュカまで花街なんかに・・・まさかあの義弟が浮気か?にしても、だったらなぜニコラスが?とジェラールの頭は謎だらけだった。
花街は娼館が密集する区域で、その場所以外での営業は禁じられている。
花街への大門をくぐって煌びやかな中央通りから一本外れた路地へ行く。
中央通りから一本外れただけでそこは静かで、足音が響かぬように距離を開けて歩いているとニコラスがぴたりと止まった。
見ると一軒の建物の前で弟二人が立ち止まって見上げている。
ますます謎だな、と思ったジェラールの目の前で弟二人が突然開いた扉に引きずり込まれた。
は?と思ったジェラールはニコラスに目を移すとその背後に影が見えた。
影は今にもニコラスの首に手をかけそうで、気がつけばジェラールは走っていた。
こんなに俊敏に自分が動けるのか、と脳裏を掠めた時には影の右手を後ろ手に捻り左腕で影の首を締め上げていた。
振り向いたニコラスのさらりと揺れる髪、見開いた眼。
「やぁ、液体石鹸使ってくれてるんだね。良い匂いがするよ」
何を言えばいいのかわからなかったジェラールは思ったことを口にした。
こんな時になんだがニコラスの美しい髪に触れたいとジェラールは思った。
月明かりに淡く光る亜麻色の髪に触れたい。
それはきっとさらりとして滑らかで気持ちがいいだろうと、ジェラールは影をギリギリと締め上げた。
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