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尾行する兄
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ドッグレース場の内部に入り、リュカは目を丸くした。
「小兄様、これは・・・」
「三歳女王を決めるレースだからな、そりゃ大賑わいよ」
すり鉢状になっている観覧席はぎゅうぎゅうと押し合う人でいっぱいだった。
その観覧席の一番上、柱が出っ張った部分に身を潜めるように壁に凭れて立つ二人。
「ここ、良く見える」
「だろ?爺はここからいつもレースを見てた。今思えば観客も見てたんだろうな」
遠い目をするナルシュの瞳は懐かしむようなもので、頬は少し緩んでいる。
「爺がさ、人生には娯楽が必要だって」
「だから、ここを作ったの?」
「そこまでは知らん。最初はさ、野良犬を集めて調教してレースをしてたんだって。んで、引退したら牧畜してる領地に牧羊犬として下げ渡す。足が早くない犬もレース犬の練習として飼われてる」
「へぇ」
いつになく真面目なナルシュの語り口にリュカも真剣に聞く。
「野良犬がいなくなって、ゴミを漁る犬も子どもを追いかける犬もいなくなった。子どもは安心して外で遊べるし、店は要らん掃除をしなくて済む」
「思慮深い人だったんだ・・・」
「変な爺だったけどな」
にししと笑うナルシュは屈託がない。
それに合わせてリュカも笑う。
「今日の小兄様の役割はなんなの?僕も手伝える?」
「へ?無いよ」
「は?」
「ドッグレースの情報を抜くだけ抜いてさぁ、俺はうるさいし要らんことしそうだからって追い出された。酷くない?」
ムカつくからリュカ連れて来てやった、とふんっとふんぞり返るのをどうすればいい?
さっきまでの良い話が台無しだ、とリュカが頭を抱えたところで笛の音が響いた。
「やっぱ綺麗だなぁ」
「なにが?」
「あの真っ白い犬。サージュが薬盛ろうとしたやつ」
ゲートには真っ白な犬が凛と立っていた。
ゲートが開きユキノシラギク号は圧倒的な速さで勝ちきった。
飛ぶように走る美しいユキノシラギク号に観客は悲鳴を上げた。
「さ、こっからだ」
レースが終わり観客が引いていく。
熱気と悲哀と諸々の空気の中をナルシュはキョロキョロと誰かを探していた。
いたぞ、と耳打ちされたリュカの目に入ったのは屈強な男二人に挟まれているサージュだった。
「え、ど、どうなるの?」
サージュは両隣をがっちり固められて出口に向かって歩いていく。
その背中を追って行く者、その前を歩く者、さりげなくサージュ達三人は囲まれているように見える。
どれも平民服で年齢層もバラバラだ。
「おぉ、すげぇな」
「どういうこと?」
「ん?八百長に関わってんのがアイツらだけとは限らんだろ?」
行くぞ、とナルシュは手を繋いで引っ張っていこうとするのをリュカは踏みとどまった。
「だめ!絶対にだめ!怒られるよ」
「バレないって」
「バレるよ!」
バレる、バレないの押し問答をこそこそと続けるうちにサージュ達は見えなくなった。
ホッとするリュカとは裏腹にナルシュはつまらなさそうに口を尖らせた。
「もう帰ろう?アイクは怒ったらすごーく怖いんだから」
見渡すと観覧席にはもうリュカ達だけで閑散としていた。
混雑している払戻し所を横目に見てドッグレース場を後にする。
あーあ、とナルシュは組んだ腕を頭に回して帰路につく。
外はもう暗く各々がそれぞれの目的地へ向かって歩いていく。
そこにサージュ達の姿はない。
結局アイザックのかっこいい姿は見れなかったな、とリュカはしょんぼりと歩く。
「あ、三男じゃん」
「え?」
「あれ、爺んとこの三男。ドッグレース場を継いだ奴」
ナルシュの指さす方向は細い路地で、そこで小太りの男が頭をぺこぺこと下げている。
誰に頭を下げているのかはここからは影になって見えない。
そのうち頭を下げていた三男は誰かに引きずられるように路地の影に消えていった。
「ふぅん、行くか」
「行くか、じゃないでしょ!」
路地に向かっていくナルシュをリュカは引っ張った。
「じゃ、リュカは帰れよ。俺だけで行く」
「なんで行くの!」
「だって、あれ只事じゃなさそうじゃん」
確かに大商会の直系、それもひとつの事業を引き継いだ長としてはおかしな雰囲気だった。
じゃあな、と手を振って行こうとするナルシュ。
どうしようどうしよう、とキョロキョロうろうろと考えたリュカだったが結局はナルシュを追いかけた。
「待って!」
「やっぱリュカも気になるんじゃん」
気にならないと言えば嘘になる。
けれどその前にこの兄を一人にしてはならないと思うのだ。
兄弟はしっかり手を繋いで路地の闇に消えた。
その後をひとつの影が追ったのをリュカ達は知らない。
「小兄様、これは・・・」
「三歳女王を決めるレースだからな、そりゃ大賑わいよ」
すり鉢状になっている観覧席はぎゅうぎゅうと押し合う人でいっぱいだった。
その観覧席の一番上、柱が出っ張った部分に身を潜めるように壁に凭れて立つ二人。
「ここ、良く見える」
「だろ?爺はここからいつもレースを見てた。今思えば観客も見てたんだろうな」
遠い目をするナルシュの瞳は懐かしむようなもので、頬は少し緩んでいる。
「爺がさ、人生には娯楽が必要だって」
「だから、ここを作ったの?」
「そこまでは知らん。最初はさ、野良犬を集めて調教してレースをしてたんだって。んで、引退したら牧畜してる領地に牧羊犬として下げ渡す。足が早くない犬もレース犬の練習として飼われてる」
「へぇ」
いつになく真面目なナルシュの語り口にリュカも真剣に聞く。
「野良犬がいなくなって、ゴミを漁る犬も子どもを追いかける犬もいなくなった。子どもは安心して外で遊べるし、店は要らん掃除をしなくて済む」
「思慮深い人だったんだ・・・」
「変な爺だったけどな」
にししと笑うナルシュは屈託がない。
それに合わせてリュカも笑う。
「今日の小兄様の役割はなんなの?僕も手伝える?」
「へ?無いよ」
「は?」
「ドッグレースの情報を抜くだけ抜いてさぁ、俺はうるさいし要らんことしそうだからって追い出された。酷くない?」
ムカつくからリュカ連れて来てやった、とふんっとふんぞり返るのをどうすればいい?
さっきまでの良い話が台無しだ、とリュカが頭を抱えたところで笛の音が響いた。
「やっぱ綺麗だなぁ」
「なにが?」
「あの真っ白い犬。サージュが薬盛ろうとしたやつ」
ゲートには真っ白な犬が凛と立っていた。
ゲートが開きユキノシラギク号は圧倒的な速さで勝ちきった。
飛ぶように走る美しいユキノシラギク号に観客は悲鳴を上げた。
「さ、こっからだ」
レースが終わり観客が引いていく。
熱気と悲哀と諸々の空気の中をナルシュはキョロキョロと誰かを探していた。
いたぞ、と耳打ちされたリュカの目に入ったのは屈強な男二人に挟まれているサージュだった。
「え、ど、どうなるの?」
サージュは両隣をがっちり固められて出口に向かって歩いていく。
その背中を追って行く者、その前を歩く者、さりげなくサージュ達三人は囲まれているように見える。
どれも平民服で年齢層もバラバラだ。
「おぉ、すげぇな」
「どういうこと?」
「ん?八百長に関わってんのがアイツらだけとは限らんだろ?」
行くぞ、とナルシュは手を繋いで引っ張っていこうとするのをリュカは踏みとどまった。
「だめ!絶対にだめ!怒られるよ」
「バレないって」
「バレるよ!」
バレる、バレないの押し問答をこそこそと続けるうちにサージュ達は見えなくなった。
ホッとするリュカとは裏腹にナルシュはつまらなさそうに口を尖らせた。
「もう帰ろう?アイクは怒ったらすごーく怖いんだから」
見渡すと観覧席にはもうリュカ達だけで閑散としていた。
混雑している払戻し所を横目に見てドッグレース場を後にする。
あーあ、とナルシュは組んだ腕を頭に回して帰路につく。
外はもう暗く各々がそれぞれの目的地へ向かって歩いていく。
そこにサージュ達の姿はない。
結局アイザックのかっこいい姿は見れなかったな、とリュカはしょんぼりと歩く。
「あ、三男じゃん」
「え?」
「あれ、爺んとこの三男。ドッグレース場を継いだ奴」
ナルシュの指さす方向は細い路地で、そこで小太りの男が頭をぺこぺこと下げている。
誰に頭を下げているのかはここからは影になって見えない。
そのうち頭を下げていた三男は誰かに引きずられるように路地の影に消えていった。
「ふぅん、行くか」
「行くか、じゃないでしょ!」
路地に向かっていくナルシュをリュカは引っ張った。
「じゃ、リュカは帰れよ。俺だけで行く」
「なんで行くの!」
「だって、あれ只事じゃなさそうじゃん」
確かに大商会の直系、それもひとつの事業を引き継いだ長としてはおかしな雰囲気だった。
じゃあな、と手を振って行こうとするナルシュ。
どうしようどうしよう、とキョロキョロうろうろと考えたリュカだったが結局はナルシュを追いかけた。
「待って!」
「やっぱリュカも気になるんじゃん」
気にならないと言えば嘘になる。
けれどその前にこの兄を一人にしてはならないと思うのだ。
兄弟はしっかり手を繋いで路地の闇に消えた。
その後をひとつの影が追ったのをリュカ達は知らない。
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