上 下
105 / 190

尾行する兄

しおりを挟む
ドッグレース場の内部に入り、リュカは目を丸くした。

「小兄様、これは・・・」
「三歳女王を決めるレースだからな、そりゃ大賑わいよ」

すり鉢状になっている観覧席はぎゅうぎゅうと押し合う人でいっぱいだった。
その観覧席の一番上、柱が出っ張った部分に身を潜めるように壁に凭れて立つ二人。

「ここ、良く見える」
「だろ?爺はここからいつもレースを見てた。今思えば観客も見てたんだろうな」

遠い目をするナルシュの瞳は懐かしむようなもので、頬は少し緩んでいる。

「爺がさ、人生には娯楽が必要だって」
「だから、ここを作ったの?」
「そこまでは知らん。最初はさ、野良犬を集めて調教してレースをしてたんだって。んで、引退したら牧畜してる領地に牧羊犬として下げ渡す。足が早くない犬もレース犬の練習として飼われてる」
「へぇ」

いつになく真面目なナルシュの語り口にリュカも真剣に聞く。

「野良犬がいなくなって、ゴミを漁る犬も子どもを追いかける犬もいなくなった。子どもは安心して外で遊べるし、店は要らん掃除をしなくて済む」
「思慮深い人だったんだ・・・」
「変な爺だったけどな」

にししと笑うナルシュは屈託がない。
それに合わせてリュカも笑う。

「今日の小兄様の役割はなんなの?僕も手伝える?」
「へ?無いよ」
「は?」
「ドッグレースの情報を抜くだけ抜いてさぁ、俺はうるさいし要らんことしそうだからって追い出された。酷くない?」

ムカつくからリュカ連れて来てやった、とふんっとふんぞり返るのをどうすればいい?
さっきまでの良い話が台無しだ、とリュカが頭を抱えたところで笛の音が響いた。

「やっぱ綺麗だなぁ」
「なにが?」
「あの真っ白い犬。サージュが薬盛ろうとしたやつ」

ゲートには真っ白な犬が凛と立っていた。
ゲートが開きユキノシラギク号は圧倒的な速さで勝ちきった。
飛ぶように走る美しいユキノシラギク号に観客は悲鳴を上げた。

「さ、こっからだ」

レースが終わり観客が引いていく。
熱気と悲哀と諸々の空気の中をナルシュはキョロキョロと誰かを探していた。
いたぞ、と耳打ちされたリュカの目に入ったのは屈強な男二人に挟まれているサージュだった。

「え、ど、どうなるの?」

サージュは両隣をがっちり固められて出口に向かって歩いていく。
その背中を追って行く者、その前を歩く者、さりげなくサージュ達三人は囲まれているように見える。
どれも平民服で年齢層もバラバラだ。

「おぉ、すげぇな」
「どういうこと?」
「ん?八百長に関わってんのがアイツらだけとは限らんだろ?」

行くぞ、とナルシュは手を繋いで引っ張っていこうとするのをリュカは踏みとどまった。

「だめ!絶対にだめ!怒られるよ」
「バレないって」
「バレるよ!」

バレる、バレないの押し問答をこそこそと続けるうちにサージュ達は見えなくなった。
ホッとするリュカとは裏腹にナルシュはつまらなさそうに口を尖らせた。

「もう帰ろう?アイクは怒ったらすごーく怖いんだから」

見渡すと観覧席にはもうリュカ達だけで閑散としていた。
混雑している払戻し所を横目に見てドッグレース場を後にする。
あーあ、とナルシュは組んだ腕を頭に回して帰路につく。
外はもう暗く各々がそれぞれの目的地へ向かって歩いていく。
そこにサージュ達の姿はない。
結局アイザックのかっこいい姿は見れなかったな、とリュカはしょんぼりと歩く。

「あ、三男じゃん」
「え?」
「あれ、爺んとこの三男。ドッグレース場を継いだ奴」

ナルシュの指さす方向は細い路地で、そこで小太りの男が頭をぺこぺこと下げている。
誰に頭を下げているのかはここからは影になって見えない。
そのうち頭を下げていた三男は誰かに引きずられるように路地の影に消えていった。

「ふぅん、行くか」
「行くか、じゃないでしょ!」

路地に向かっていくナルシュをリュカは引っ張った。

「じゃ、リュカは帰れよ。俺だけで行く」
「なんで行くの!」
「だって、あれ只事じゃなさそうじゃん」

確かに大商会の直系、それもひとつの事業を引き継いだ長としてはおかしな雰囲気だった。
じゃあな、と手を振って行こうとするナルシュ。
どうしようどうしよう、とキョロキョロうろうろと考えたリュカだったが結局はナルシュを追いかけた。

「待って!」
「やっぱリュカも気になるんじゃん」

気にならないと言えば嘘になる。
けれどその前にこの兄を一人にしてはならないと思うのだ。
兄弟はしっかり手を繋いで路地の闇に消えた。
その後をひとつの影が追ったのをリュカ達は知らない。
しおりを挟む
感想 184

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【本編完結】運命の番〜バニラとりんごの恋〜

みかん桜(蜜柑桜)
BL
バース検査でオメガだった岩清水日向。オメガでありながら身長が高いことを気にしている日向は、ベータとして振る舞うことに。 早々に恋愛も結婚も諦ていたのに、高校で運命の番である光琉に出会ってしまった。戸惑いながらも光琉の深い愛で包みこまれ、自分自身を受け入れた日向が幸せになるまでの話。 ***オメガバースの説明無し。独自設定のみ説明***オメガが迫害されない世界です。ただただオメガが溺愛される話が読みたくて書き始めました。

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

処理中です...