上 下
104 / 190

唆す兄

しおりを挟む
ドッグレース場の内部は、犬が走るレース場と観覧席、下見場、予想室、そして犬が待機する待機室がある。
待機室には出番を待つ犬が檻の中でじっと待っている。
待機室の前には見張りとして、男が一人座っていた。

も仲間?」
「・・・多分。話を通してあるからって」

ふぅん、とナルシュは頷きサージュは青い顔をしている。
二人は今、待機室の前の廊下の曲がり角からちょっぴり顔を出している。
サージュが薬を盛れと言われたレースは三日後、スプリントの牝犬三歳女王を決める大きなレースだ。

「じゃ、行こうぜ」

ナルシュはサージュの腕を引っ張ってドッグレース場を後にする。
目指すは行き倒れたをしたナルシュを保護した憲兵達の詰所だ。
今日そこでドッグレースの八百長取り締まりの作戦会議が行われる。
発端になったナルシュとサージュももちろん参加する。

「なぁ、お前なにもんなの?」
「俺?俺は犬を愛する正義の味方だよぉー」

へらへら笑うその様からはふざけているとしか思えない。
思えないのに、うち明け話をした二日後ナルシュはサージュの働く板金屋にふらっと現れてこう言ってのけた。

「憲兵と騎士団が八百長取り締まっから、お前も手伝えよ」

そんなわけでサージュは今、キャンディを口に咥えたナルシュに腕をとられて詰所までの道を歩く。

憲兵団の詰所は木造三階建て、そこへ何の躊躇もなくナルシュは入っていく。
入る前にキャンディの棒は吐き捨てていた。
怒られそうなのでサージュはそれをサッと拾って追いかける。
ひょいひょいと階段を上っていくのをついて行く。
ナルシュは上りきった先に見覚えのある背中を見つけて、にんまり笑ってその背中に飛びついた。
ふぐぅっとたたらを踏むのも気にせず耳元で囁く。

「よう、ニコラス。ジェラールとやっちゃった?」
「は?え?なっ!?なななななにを!」
「見ちゃったんだよねぇ」

そう言いながらナルシュはつるつると指通りの良いニコラスの髪をくるくると弄る。
体格のいいニコラスにしがみつくナルシュは、木にしがみつく蝉のそれであった。
ねぇねぇ、と顔を真っ赤にふるふると震えるニコラスに追い打ちをかけるナルシュ。
ぽかんとそれを見るサージュに影が差し、何事?と見上げるとこれまた体躯のいい精悍な男がのしのしと蝉の方へ歩いていく。
蝉はひょいと首根っこを掴まれてぶらんと男に持ち上げられた。

「へ?あ、隊長?」
「いいか、ナルシュ。アイザックとその夫人からお前のことは如何様にしてもかまわんと言われている。うるさいなら口を縫ってもいいと言われた。縫ってやろうか?」
「・・・結構です」

へら、と笑うナルシュにリスベルは大きく息を吐いてナルシュをおろした。
これを伯爵子息だと誰が思うだろうか、社交界に一度も顔を出さずに家出してひょっこり帰ってきたナルシュ。
これがになるのかとニコラスはつい考えて、いやいやそんな飛躍しすぎだろと頭上をパッと払う。

「なにしてんの?虫?」

不思議そうに問いかけるナルシュにまたかぁっと顔が熱くなってしまうニコラス。
その反応を見てとりリスベルはナルシュの頭を張った。

「なぁんでぇー?」




───三日後

ナルシュは壁を登っていた。
石煉瓦の壁はボコボコしているので足と指先が少しでも引っかかれば簡単に登れる。
よいしょ、とバルコニーに足をかけて窓をバンと開ける。

「リュカ!捕物見に行こうぜ!!」
「・・・小兄様、ちゃんと扉から入って来てよ」
「バレるじゃん」
「行かないよ。アイクに怒られるもん」
「ふぅん、悪漢を憲兵や騎士団が捕まえるんだぜ?確保ー!とか捕縛ー!とか乱闘になるかも」

ぴくりとリュカの肩が跳ねる。

「旦那も見届け人として行ってんだろ?」

ぴくぴくとまたしてもリュカの肩が跳ねる。

「悪漢を捕まえる旦那とかかっこいいんじゃないかなぁー」
「行く!!」

かっこいいアイザックは見逃せない!とリュカは立ち上がった。
表から出ると使用人に見つかるのでリュカも窓から出た。
さすがに壁を降りることは出来ないので、体に縄を巻き付けてするすると滑って降りた。

いざ、ドッグレース場へ!
兄弟はキャッキャッとはしゃぎながら夕暮れの街を駆けて行ってしまった。


しおりを挟む
感想 184

あなたにおすすめの小説

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

処理中です...