103 / 190
据え膳の兄
しおりを挟む
ジェラールはギシギシと軋む階段をよっこらよっこら上る。
「えっと、春の間は・・・」
宿の女将は無愛想な年増で擦り切れそうな紐がついた鍵を寄越しただけだった。
それも、くいっと顎をしゃくって二階に視線をやりながら。
「春の間」
「はぁ、どうも」
宿に泊まることなど無いジェラールは、これが普通なのかどうか知らないが客商売としちゃあ落第ではないかと思った。
春の間は二階の一番奥にあった。
背中のニコラスはチラチラと辺りを窺いながら確信する。
狭い間口に奥行の長い宿、連れ込み宿で間違いなかった。
だが、ジェラールは知らない。
知らないので、こんなにあっさりと連れ込むのだろうとニコラスは思う。
よいしょと、ジェラールは鍵を開けた。
これまたキィと嫌な音が鳴る。
室内にはベッドしかない。
テーブルも椅子もないのか、とジェラールはキョロキョロしながらベッドにニコラスをおろした。
ゆっくりと衝撃を与えないように寝かして、自分も隣に寝転がる。
シーツだろうか、ジャスミンのような爽やかなのに体の芯が疼くような匂いがする。
ぼろ宿だがちゃんと洗濯はしているんだな、とジェラールは感心して大きく息をついた。
「はぁー、体力が無さすぎる」
そういえば以前腰を抜かした時は、ニコラスに抱きかかえられたなぁと思い返す。
それなのに自分はこの体たらく。
なんとも情けない、α以前に男として情けない。
「・・・あ、の?」
「あぁ、ニコラス君。ごめんね、ちょっと休んだらすぐに送っていくからね」
「・・・えっと」
「ん?」
ニコラスを見ると真っ赤な顔で視線が腹の方を向いている。
「うわぁっ、ごめん!ついうっかり」
「うっかり?」
「弟達が腹が痛いの、頭が痛いの言う度に撫でてやってたもんだから・・・本当にすまない!」
そう、ジェラールはニコラスの腹を撫でていた、無意識に。
ベッドに寝転がった瞬間からくるくると円を描くように。
あわあわと起き上がり万歳して、もう触りませんと意思表示する。
「あ!あぁ、頭も痛いなぁ」
「え?」
「い、痛いなぁ」
「えーと、薬屋行ってこようか?」
違う!とニコラスは起き上がり正座で万歳するジェラールの前に同じく正座して頭を差し出した。
撫でろということか?とジェラールはおずおずとその髪を撫でた。
見た目よりごわごわとして硬く、指通りもあまり良くない。
「ニコラス君、髪の石鹸は何つかってる?」
「さっき買ってもらった石鹸です」
「弟がね、バセットに行った時に気に入ったって、大量に持ち帰った液体石鹸があるんだけどそれ使ってみない?」
「なぜですか?」
「ん?良い匂いがするし、ニコラス君は綺麗な顔してるからそれで髪を洗うと艶々になってもっと魅力的になるよ、きっと」
リュカが気に入った液体石鹸は我が家にもお土産としてやってきた。
だが、まだ使ったことは無い。
使用人総出で、いざと言う時に!ここぞという時に!と止められてしまうから。
いざもここぞも、自分にやってくる気が全くしない。
ならば有効活用してもらえる人に贈った方がいいだろう。
「・・・心臓が痛い」
涙声でぽつりと落ちた言葉をジェラールの耳はちゃんと拾った。
腹に頭に心臓って、なにか重大な病気では?とジェラールの血の気が引いていく。
「ニコラス君!医者を呼んでこよう、待ってて」
ベッドから飛び降りようとするジェラールをニコラスは力強く引き寄せた。
ニコラスの胸から溢れるように香るのはジャスミンで、いつか嗅いだ淡い匂いとは違う。
強く濃く香るジャスミンの官能的な香り。
心臓は激しく脈を打っていて、ジェラール自身の心臓も激しく動悸している。
「・・・恥をかきたくありません」
掠れた声が頭上から聞こえてくる。
恥とは?と回らない頭でジェラールは必死に考える。
考えて、考えて、まさかなぁとそっと見上げてみると頬を赤く染めてぎゅうと目を瞑る顔があった。
「えーっと・・・据え膳?」
小さく頷いたのを確認してからそっとそっとその背中に手を回してみる。
背中に触れた瞬間、一際強く抱きしめられその弾力のある胸に顔が埋まった。
ジェラールが酸欠で目を回して倒れ込むのはあと数秒後──
なんとも情けない話である。
「えっと、春の間は・・・」
宿の女将は無愛想な年増で擦り切れそうな紐がついた鍵を寄越しただけだった。
それも、くいっと顎をしゃくって二階に視線をやりながら。
「春の間」
「はぁ、どうも」
宿に泊まることなど無いジェラールは、これが普通なのかどうか知らないが客商売としちゃあ落第ではないかと思った。
春の間は二階の一番奥にあった。
背中のニコラスはチラチラと辺りを窺いながら確信する。
狭い間口に奥行の長い宿、連れ込み宿で間違いなかった。
だが、ジェラールは知らない。
知らないので、こんなにあっさりと連れ込むのだろうとニコラスは思う。
よいしょと、ジェラールは鍵を開けた。
これまたキィと嫌な音が鳴る。
室内にはベッドしかない。
テーブルも椅子もないのか、とジェラールはキョロキョロしながらベッドにニコラスをおろした。
ゆっくりと衝撃を与えないように寝かして、自分も隣に寝転がる。
シーツだろうか、ジャスミンのような爽やかなのに体の芯が疼くような匂いがする。
ぼろ宿だがちゃんと洗濯はしているんだな、とジェラールは感心して大きく息をついた。
「はぁー、体力が無さすぎる」
そういえば以前腰を抜かした時は、ニコラスに抱きかかえられたなぁと思い返す。
それなのに自分はこの体たらく。
なんとも情けない、α以前に男として情けない。
「・・・あ、の?」
「あぁ、ニコラス君。ごめんね、ちょっと休んだらすぐに送っていくからね」
「・・・えっと」
「ん?」
ニコラスを見ると真っ赤な顔で視線が腹の方を向いている。
「うわぁっ、ごめん!ついうっかり」
「うっかり?」
「弟達が腹が痛いの、頭が痛いの言う度に撫でてやってたもんだから・・・本当にすまない!」
そう、ジェラールはニコラスの腹を撫でていた、無意識に。
ベッドに寝転がった瞬間からくるくると円を描くように。
あわあわと起き上がり万歳して、もう触りませんと意思表示する。
「あ!あぁ、頭も痛いなぁ」
「え?」
「い、痛いなぁ」
「えーと、薬屋行ってこようか?」
違う!とニコラスは起き上がり正座で万歳するジェラールの前に同じく正座して頭を差し出した。
撫でろということか?とジェラールはおずおずとその髪を撫でた。
見た目よりごわごわとして硬く、指通りもあまり良くない。
「ニコラス君、髪の石鹸は何つかってる?」
「さっき買ってもらった石鹸です」
「弟がね、バセットに行った時に気に入ったって、大量に持ち帰った液体石鹸があるんだけどそれ使ってみない?」
「なぜですか?」
「ん?良い匂いがするし、ニコラス君は綺麗な顔してるからそれで髪を洗うと艶々になってもっと魅力的になるよ、きっと」
リュカが気に入った液体石鹸は我が家にもお土産としてやってきた。
だが、まだ使ったことは無い。
使用人総出で、いざと言う時に!ここぞという時に!と止められてしまうから。
いざもここぞも、自分にやってくる気が全くしない。
ならば有効活用してもらえる人に贈った方がいいだろう。
「・・・心臓が痛い」
涙声でぽつりと落ちた言葉をジェラールの耳はちゃんと拾った。
腹に頭に心臓って、なにか重大な病気では?とジェラールの血の気が引いていく。
「ニコラス君!医者を呼んでこよう、待ってて」
ベッドから飛び降りようとするジェラールをニコラスは力強く引き寄せた。
ニコラスの胸から溢れるように香るのはジャスミンで、いつか嗅いだ淡い匂いとは違う。
強く濃く香るジャスミンの官能的な香り。
心臓は激しく脈を打っていて、ジェラール自身の心臓も激しく動悸している。
「・・・恥をかきたくありません」
掠れた声が頭上から聞こえてくる。
恥とは?と回らない頭でジェラールは必死に考える。
考えて、考えて、まさかなぁとそっと見上げてみると頬を赤く染めてぎゅうと目を瞑る顔があった。
「えーっと・・・据え膳?」
小さく頷いたのを確認してからそっとそっとその背中に手を回してみる。
背中に触れた瞬間、一際強く抱きしめられその弾力のある胸に顔が埋まった。
ジェラールが酸欠で目を回して倒れ込むのはあと数秒後──
なんとも情けない話である。
44
お気に入りに追加
1,615
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?
人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途なαが婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。
・五話完結予定です。
※オメガバースでαが受けっぽいです。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。


欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点

狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる