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誘う兄
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ジェラールは当初、ニコラスのことをペンブルック様と呼んでいた。
「私の方が歳下なのでニコラスと呼んでください」
「さすがにそれは、私はただの平の文官ですので」
「しかし、ここでは教えを乞う立場ですから」
「そうは言っても・・・」
このような押し問答があって、ニコラス君と呼ぶようになった。
教えを乞う、といっても予算の相談にのっているだけだ。
その相談も、遠征費の中で多額を占める食費や支給の剣が破損した場合の処理の仕方や、宿舎の修繕の相談で自分でなくともいいのではないかと思われるものばかりだ。
けれど、頼ってもらえるのは純粋に嬉しいのでずるずるとそのまま相談にのっている。
そのうち砕けた話し方になったが、その方がいいとニコラスが言うのでもう気にしないことにした。
そんなニコラスはジェラールのことをジェラール殿と呼ぶ。
「ニコラス君も、ジェラールと呼んでいいんだよ」
「できません!」
「あぁ、じゃあせめて様はやめてほしいな」
そんなわけでジェラール殿に落ち着いた。
歳上だけれども地位は自分の方が低いので、様とつけられるよりはいい。
なぜこんなにも自分に懐くのか、公爵家だろうなぁとジェラールは思う。
自分と懇意にしても旨味なんてないのに、と思いながらジェラールは貴族街でニコラスを待っていた。
ジェラールの懐にはいつになく大金が入っている。
非番の時に出来なかった買い物に付き合うということは、そういうことなんだろう。
なにを買うのか知らないが持ち合わせで足りるだろうか。
一応へそくりも持って来たが、高価なものでありませんようにとジェラールは祈るような気持ちで待っていた。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
城外で会うのはこれで二度目だが、野暮ったい自分と違って綺麗だなぁと思う。
同じようなシャツにスラックスなのになにが違うのか、顔か?やはり顔なのか?
「・・・あの?」
困ったように眉を下げるのもいいなぁ、と思う。
「早く来てしまっただけだから」
だから大丈夫と言うように笑って見せる。
行こうか、と貴族街の商用区へ足を向けると違うと言われた。
「買い物だろう?」
「城下に行きたい店があって」
「何を買うの?」
「石鹸を」
石鹸ならば持ち合わせでなんとかなりそうだ、とジェラールはほっとした。
ニコラスのいう行きたい店は路地裏を抜けて住宅街にある雑多な店だった。
石鹸以外にも調味料や布、果ては鍋にとんかちに釘となんでもあった。
住民たちの万事屋のようなこんな店をニコラスが知っていることに驚いてしまう。
「ここにしか無くて・・・」
「そんな特別な石鹸なの?」
頷いて所狭しと置かれている商品の間をニコラスはすいすいと歩いていく。
ついていくジェラールはあちこちぶつかり、鍋を落として店主に叱られた。
やっとこさ追いついたニコラスはなんの変哲もない石鹸を持って笑っていた。
「私も初めて来た時はあちこちぶつかりました」
「君には情けないところばかり見られてしまうな」
ニコラスは石鹸を二つ買い求めた。
安価なそれはどことなく花の匂いがする。
恐縮するニコラスに詫びだからと言いはって金を出した。
ついでにユニコーンの刺繍が施されているハンカチも買ってニコラスに渡した。
力と純潔の象徴とされるそれはニコラスに似合うと思ったから。
Ω性にも関わらず騎士になり、更に出世したとあらば良からぬ輩が寄ってくることもあるだろう。
そうでなくても美しいニコラスは財務部に来る度注目の的だ。
「ユニコーンが君を守ってくれるように」
ありがとう、となぜか涙を零したニコラスにどうしたらいいかわからない。
早速ハンカチの出番がきたのでそれで涙を拭ってやったが、果たして正解だったのか。
少し湿ったユニコーンをじっと見ている。
不正解だったのかもしれない。
「買ったばかりは嫌だったかな。気が利かなくてすまない」
手に持ったハンカチと洗濯しすぎて薄くなったハンカチを交換する。
見た目は悪いが吸水性は抜群で、柔らかいので肌を傷つける心配もない。
新品はノリがきいているからな、きっと痛かったんだろう。
どうだろうか、と見るとまた泣いてハンカチに顔を埋めてしまった。
「えぇぇ?なに?お腹痛い?」
「・・・痛いです」
「うそぉー!?なんか変なもの食べた?」
ぶんぶんと首を振っているが、ひっくひっくと聞こえてくる声には涙が混じっている。
「おおおおんぶしてあげるから、早く帰ろう」
抱き上げるのはきっと無理だ。
ニコラスは小柄だが、筋肉がみっちりついている。
おんぶくらいならいけるはず、とジェラールは背を向けて屈んだ。
素直に乗ってきたニコラスをおぶって一歩一歩踏みしめながら歩く。
筋肉とは高温だということを初めて知った。
ふうふうと息を吐きながら元来た道を辿る。
疲れた、休みたい、ほんの少しでいいから座りたい。
そんなジェラールの目に入ったのは『宿 踊る蜂蜜』の看板だった。
こんなところに宿なんてあったっけ?
裏通りにひっそりと佇む宿は怪しさ満点だった。
けれど背に腹はかえられない。
「・・・ニコラス君、ちょっと休んでいい?」
ジェラールは知らなかった、『宿 踊る蜂蜜』が連れ込み宿だということを。
休まない?が誘い文句だということを。
弟の面倒ばかり見てきて若い頃に通る遊びの道をジェラールは知らない。
そして、男が圧倒的に多い騎士団で耳年増になったニコラスは全て知っていた。
知っていて、こくりと頷いた。
※体調不良であまり推敲できてなくて、誤字脱字あったらごめなさい
「私の方が歳下なのでニコラスと呼んでください」
「さすがにそれは、私はただの平の文官ですので」
「しかし、ここでは教えを乞う立場ですから」
「そうは言っても・・・」
このような押し問答があって、ニコラス君と呼ぶようになった。
教えを乞う、といっても予算の相談にのっているだけだ。
その相談も、遠征費の中で多額を占める食費や支給の剣が破損した場合の処理の仕方や、宿舎の修繕の相談で自分でなくともいいのではないかと思われるものばかりだ。
けれど、頼ってもらえるのは純粋に嬉しいのでずるずるとそのまま相談にのっている。
そのうち砕けた話し方になったが、その方がいいとニコラスが言うのでもう気にしないことにした。
そんなニコラスはジェラールのことをジェラール殿と呼ぶ。
「ニコラス君も、ジェラールと呼んでいいんだよ」
「できません!」
「あぁ、じゃあせめて様はやめてほしいな」
そんなわけでジェラール殿に落ち着いた。
歳上だけれども地位は自分の方が低いので、様とつけられるよりはいい。
なぜこんなにも自分に懐くのか、公爵家だろうなぁとジェラールは思う。
自分と懇意にしても旨味なんてないのに、と思いながらジェラールは貴族街でニコラスを待っていた。
ジェラールの懐にはいつになく大金が入っている。
非番の時に出来なかった買い物に付き合うということは、そういうことなんだろう。
なにを買うのか知らないが持ち合わせで足りるだろうか。
一応へそくりも持って来たが、高価なものでありませんようにとジェラールは祈るような気持ちで待っていた。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
城外で会うのはこれで二度目だが、野暮ったい自分と違って綺麗だなぁと思う。
同じようなシャツにスラックスなのになにが違うのか、顔か?やはり顔なのか?
「・・・あの?」
困ったように眉を下げるのもいいなぁ、と思う。
「早く来てしまっただけだから」
だから大丈夫と言うように笑って見せる。
行こうか、と貴族街の商用区へ足を向けると違うと言われた。
「買い物だろう?」
「城下に行きたい店があって」
「何を買うの?」
「石鹸を」
石鹸ならば持ち合わせでなんとかなりそうだ、とジェラールはほっとした。
ニコラスのいう行きたい店は路地裏を抜けて住宅街にある雑多な店だった。
石鹸以外にも調味料や布、果ては鍋にとんかちに釘となんでもあった。
住民たちの万事屋のようなこんな店をニコラスが知っていることに驚いてしまう。
「ここにしか無くて・・・」
「そんな特別な石鹸なの?」
頷いて所狭しと置かれている商品の間をニコラスはすいすいと歩いていく。
ついていくジェラールはあちこちぶつかり、鍋を落として店主に叱られた。
やっとこさ追いついたニコラスはなんの変哲もない石鹸を持って笑っていた。
「私も初めて来た時はあちこちぶつかりました」
「君には情けないところばかり見られてしまうな」
ニコラスは石鹸を二つ買い求めた。
安価なそれはどことなく花の匂いがする。
恐縮するニコラスに詫びだからと言いはって金を出した。
ついでにユニコーンの刺繍が施されているハンカチも買ってニコラスに渡した。
力と純潔の象徴とされるそれはニコラスに似合うと思ったから。
Ω性にも関わらず騎士になり、更に出世したとあらば良からぬ輩が寄ってくることもあるだろう。
そうでなくても美しいニコラスは財務部に来る度注目の的だ。
「ユニコーンが君を守ってくれるように」
ありがとう、となぜか涙を零したニコラスにどうしたらいいかわからない。
早速ハンカチの出番がきたのでそれで涙を拭ってやったが、果たして正解だったのか。
少し湿ったユニコーンをじっと見ている。
不正解だったのかもしれない。
「買ったばかりは嫌だったかな。気が利かなくてすまない」
手に持ったハンカチと洗濯しすぎて薄くなったハンカチを交換する。
見た目は悪いが吸水性は抜群で、柔らかいので肌を傷つける心配もない。
新品はノリがきいているからな、きっと痛かったんだろう。
どうだろうか、と見るとまた泣いてハンカチに顔を埋めてしまった。
「えぇぇ?なに?お腹痛い?」
「・・・痛いです」
「うそぉー!?なんか変なもの食べた?」
ぶんぶんと首を振っているが、ひっくひっくと聞こえてくる声には涙が混じっている。
「おおおおんぶしてあげるから、早く帰ろう」
抱き上げるのはきっと無理だ。
ニコラスは小柄だが、筋肉がみっちりついている。
おんぶくらいならいけるはず、とジェラールは背を向けて屈んだ。
素直に乗ってきたニコラスをおぶって一歩一歩踏みしめながら歩く。
筋肉とは高温だということを初めて知った。
ふうふうと息を吐きながら元来た道を辿る。
疲れた、休みたい、ほんの少しでいいから座りたい。
そんなジェラールの目に入ったのは『宿 踊る蜂蜜』の看板だった。
こんなところに宿なんてあったっけ?
裏通りにひっそりと佇む宿は怪しさ満点だった。
けれど背に腹はかえられない。
「・・・ニコラス君、ちょっと休んでいい?」
ジェラールは知らなかった、『宿 踊る蜂蜜』が連れ込み宿だということを。
休まない?が誘い文句だということを。
弟の面倒ばかり見てきて若い頃に通る遊びの道をジェラールは知らない。
そして、男が圧倒的に多い騎士団で耳年増になったニコラスは全て知っていた。
知っていて、こくりと頷いた。
※体調不良であまり推敲できてなくて、誤字脱字あったらごめなさい
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