98 / 190
繋ぐ兄
しおりを挟む
『銀の鱗』は庶民的なパブで、休日の今日は陽も高いうちから賑わっていた。
鱗模様の五角形の看板は銀メッキが剥がれている。
──銀の鱗じゃなくて木の鱗じゃねぇか
酔っ払い達が必ずそうやってからかうので店名を変えるか、銀メッキを再度施すか。
店主の目下の悩みはそれであった。
そんな騒がしく陽気な『銀の鱗』の店内において、隅の丸テーブルに陣取っている五人組。
「みんな何飲む?俺が買ってきてやる」
「小兄様、お金は?」
「ニコラスが払う」
「なんで!」
「奥様、私がもちますよ」
「ていうか、なんでニコラス君がいるの?」
「リュカの酒代は俺が払う」
「じゃぁもう旦那が全部払えばいい」
「小兄様、もっと謙虚になって」
「リュカはりんご酒かな?」
「ねぇ、だからなんでニコラス君がいるのって」
「ジェラール殿、それは・・・」
「細けえこと気にすんなよ。ジェラールは相変わらずチェリー酒か?」
「アイクはなにを飲みますか?」
「ニコラスは?なにがいい?」
「あ、私は酒にあまり強くなくて」
「じゃ、チェリーミルクにするか。チェリー酒をミルクで割った甘いやつ」
「はい!」
誰がなにを話しているのか、飛び交う言葉は疎通できているのか。
ふんふんと鼻歌を歌いながらナルシュはニコラスを連れてバーカウンターへ行ってしまった。
「リュカ、説明してくれるか?」
「小兄様がハルフォード商会で働き始めたのです。それで・・・」
「なるほど、どうせ商会に届いた私の文をかっぱらったとかそういうことだろ?それはもういい。あいつのやることなんか容易に想像できる」
「お兄様、さすがです」
「それじゃなくて、なんでニコラス君がいるの?」
「それはまぁ、なんというか流れで」
「どんな流れなんだ。迷惑かけちゃいかんだろう」
「すみません」
「番のいないΩをこんなところに連れて来るなんて。今日は義弟がいるからいいが本来ならしてはいけないことだぞ」
「お兄様、小兄様なら・・・」
「違う違う、あいつはΩとしてというか人として決定的に欠けてるものがあるから心配してない。ニコラス君だよ」
はぁと大きく嘆息してジェラールは背もたれ代わりの壁にもたれかかった。
バーカウンターではナルシュがニコラスの背中をバンバン叩いて大口を開けて笑っている。
なんだその手に持った馬鹿でかいジョッキは、どんだけ飲むつもりなんだ。
「お待たせー。俺もうニコラスと親友だわー」
ナルシュが手に持った酒をテーブルに置いていく。
かんぱーい!とジョッキを持ち上げるナルシュの口には麦芽酒の泡がもうついている。
「ニコラス様、嫌なら嫌と拒否しないといけませんよ」
「ニコラス、君はΩだったのか?」
「そうなの?俺と一緒じゃん!」
「隠してるつもりはなかったのですが、すみません」
ニコラスは目を伏せて頭を下げた。
「いや、違うんだ。事情も知らずにこんなところに連れて来てしまって申し訳ないのはこちらの方だ」
「そうです。お兄様に言われるまで気づきませんでした。ごめんなさい」
「ジェラール殿が・・・」
ジェラールはちびちびとチェリー酒を飲んでいる。
寂しげな姿にニコラスの胸がツキリと痛む。
失恋した、騙された、思いを踏みにじられた、それはどれほどの傷なんだろうか。
「愚弟たちがすまないね。一杯飲んだら送って行こう」
「いえ、私は騎士ですのでそんな・・・」
「あ、そうか。配慮が足りなかったな。私よりもリュカ達の方がいいな」
「いえ!そんなことは・・・」
ニコラスはチェリーミルクを半分ほど一気に呷った。
「お兄様はニコラス様と親交があるのですか?」
「ん?騎士団の予算の相談をよく聞くから」
「あの、いつも親身になっていただいて」
「それが仕事だから、気にすることはない」
じゃもう行くよ、とチェリー酒を飲み干してジェラールは立ち上がった。
あまり遅くなるなよ、と笑う。
「ジェラール。ニコラスも連れていけ」
「あのなぁ、私なんかよりも・・・」
「いいから、ほらニコラスも行け。ジェラールは弱っちいからな、騎士様の護衛がありゃ安心だろ」
ナルシュは二人の手を繋がせてパブから追い出した。
ジェラールが文句を言っているが、ハイハイといなして手を振って見送った。
「小兄様、強引なことをしては嫌われますよ」
「リュカ、俺は今とっても良いことをしたんだ」
そういうわけだから、と手のひらを出す。
「お代わり買ってくるから金くれ」
リュカはその手のひらをペチンと叩いて、りんご酒を飲み干した。
鱗模様の五角形の看板は銀メッキが剥がれている。
──銀の鱗じゃなくて木の鱗じゃねぇか
酔っ払い達が必ずそうやってからかうので店名を変えるか、銀メッキを再度施すか。
店主の目下の悩みはそれであった。
そんな騒がしく陽気な『銀の鱗』の店内において、隅の丸テーブルに陣取っている五人組。
「みんな何飲む?俺が買ってきてやる」
「小兄様、お金は?」
「ニコラスが払う」
「なんで!」
「奥様、私がもちますよ」
「ていうか、なんでニコラス君がいるの?」
「リュカの酒代は俺が払う」
「じゃぁもう旦那が全部払えばいい」
「小兄様、もっと謙虚になって」
「リュカはりんご酒かな?」
「ねぇ、だからなんでニコラス君がいるのって」
「ジェラール殿、それは・・・」
「細けえこと気にすんなよ。ジェラールは相変わらずチェリー酒か?」
「アイクはなにを飲みますか?」
「ニコラスは?なにがいい?」
「あ、私は酒にあまり強くなくて」
「じゃ、チェリーミルクにするか。チェリー酒をミルクで割った甘いやつ」
「はい!」
誰がなにを話しているのか、飛び交う言葉は疎通できているのか。
ふんふんと鼻歌を歌いながらナルシュはニコラスを連れてバーカウンターへ行ってしまった。
「リュカ、説明してくれるか?」
「小兄様がハルフォード商会で働き始めたのです。それで・・・」
「なるほど、どうせ商会に届いた私の文をかっぱらったとかそういうことだろ?それはもういい。あいつのやることなんか容易に想像できる」
「お兄様、さすがです」
「それじゃなくて、なんでニコラス君がいるの?」
「それはまぁ、なんというか流れで」
「どんな流れなんだ。迷惑かけちゃいかんだろう」
「すみません」
「番のいないΩをこんなところに連れて来るなんて。今日は義弟がいるからいいが本来ならしてはいけないことだぞ」
「お兄様、小兄様なら・・・」
「違う違う、あいつはΩとしてというか人として決定的に欠けてるものがあるから心配してない。ニコラス君だよ」
はぁと大きく嘆息してジェラールは背もたれ代わりの壁にもたれかかった。
バーカウンターではナルシュがニコラスの背中をバンバン叩いて大口を開けて笑っている。
なんだその手に持った馬鹿でかいジョッキは、どんだけ飲むつもりなんだ。
「お待たせー。俺もうニコラスと親友だわー」
ナルシュが手に持った酒をテーブルに置いていく。
かんぱーい!とジョッキを持ち上げるナルシュの口には麦芽酒の泡がもうついている。
「ニコラス様、嫌なら嫌と拒否しないといけませんよ」
「ニコラス、君はΩだったのか?」
「そうなの?俺と一緒じゃん!」
「隠してるつもりはなかったのですが、すみません」
ニコラスは目を伏せて頭を下げた。
「いや、違うんだ。事情も知らずにこんなところに連れて来てしまって申し訳ないのはこちらの方だ」
「そうです。お兄様に言われるまで気づきませんでした。ごめんなさい」
「ジェラール殿が・・・」
ジェラールはちびちびとチェリー酒を飲んでいる。
寂しげな姿にニコラスの胸がツキリと痛む。
失恋した、騙された、思いを踏みにじられた、それはどれほどの傷なんだろうか。
「愚弟たちがすまないね。一杯飲んだら送って行こう」
「いえ、私は騎士ですのでそんな・・・」
「あ、そうか。配慮が足りなかったな。私よりもリュカ達の方がいいな」
「いえ!そんなことは・・・」
ニコラスはチェリーミルクを半分ほど一気に呷った。
「お兄様はニコラス様と親交があるのですか?」
「ん?騎士団の予算の相談をよく聞くから」
「あの、いつも親身になっていただいて」
「それが仕事だから、気にすることはない」
じゃもう行くよ、とチェリー酒を飲み干してジェラールは立ち上がった。
あまり遅くなるなよ、と笑う。
「ジェラール。ニコラスも連れていけ」
「あのなぁ、私なんかよりも・・・」
「いいから、ほらニコラスも行け。ジェラールは弱っちいからな、騎士様の護衛がありゃ安心だろ」
ナルシュは二人の手を繋がせてパブから追い出した。
ジェラールが文句を言っているが、ハイハイといなして手を振って見送った。
「小兄様、強引なことをしては嫌われますよ」
「リュカ、俺は今とっても良いことをしたんだ」
そういうわけだから、と手のひらを出す。
「お代わり買ってくるから金くれ」
リュカはその手のひらをペチンと叩いて、りんご酒を飲み干した。
3
お気に入りに追加
1,567
あなたにおすすめの小説
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
運命の番なのに別れちゃったんですか?
雷尾
BL
いくら運命の番でも、相手に恋人やパートナーがいる人を奪うのは違うんじゃないですかね。と言う話。
途中美形の方がそうじゃなくなりますが、また美形に戻りますのでご容赦ください。
最後まで頑張って読んでもらえたら、それなりに救いはある話だと思います。
紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
婚約者は俺にだけ冷たい
円みやび
BL
藍沢奏多は王子様と噂されるほどのイケメン。
そんなイケメンの婚約者である古川優一は日々の奏多の行動に傷つきながらも文句を言えずにいた。
それでも過去の思い出から奏多との別れを決意できない優一。
しかし、奏多とΩの絡みを見てしまい全てを終わらせることを決める。
ザマァ系を期待している方にはご期待に沿えないかもしれません。
前半は受け君がだいぶ不憫です。
他との絡みが少しだけあります。
あまりキツイ言葉でコメントするのはやめて欲しいです。
ただの素人の小説です。
ご容赦ください。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる