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繋ぐ兄

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『銀の鱗』は庶民的なパブで、休日の今日は陽も高いうちから賑わっていた。
鱗模様の五角形の看板は銀メッキが剥がれている。

──銀の鱗じゃなくて木の鱗じゃねぇか

酔っ払い達が必ずそうやってからかうので店名を変えるか、銀メッキを再度施すか。
店主の目下の悩みはそれであった。
そんな騒がしく陽気な『銀の鱗』の店内において、隅の丸テーブルに陣取っている五人組。

「みんな何飲む?俺が買ってきてやる」
「小兄様、お金は?」
「ニコラスが払う」
「なんで!」
「奥様、私がもちますよ」
「ていうか、なんでニコラス君がいるの?」
「リュカの酒代は俺が払う」
「じゃぁもう旦那が全部払えばいい」
「小兄様、もっと謙虚になって」
「リュカはりんご酒かな?」
「ねぇ、だからなんでニコラス君がいるのって」
「ジェラール殿、それは・・・」
「細けえこと気にすんなよ。ジェラールは相変わらずチェリー酒か?」
「アイクはなにを飲みますか?」
「ニコラスは?なにがいい?」
「あ、私は酒にあまり強くなくて」
「じゃ、チェリーミルクにするか。チェリー酒をミルクで割った甘いやつ」
「はい!」

誰がなにを話しているのか、飛び交う言葉は疎通できているのか。
ふんふんと鼻歌を歌いながらナルシュはニコラスを連れてバーカウンターへ行ってしまった。

「リュカ、説明してくれるか?」
「小兄様がハルフォード商会で働き始めたのです。それで・・・」
「なるほど、どうせ商会に届いた私の文をかっぱらったとかそういうことだろ?それはもういい。あいつのやることなんか容易に想像できる」
「お兄様、さすがです」
「それじゃなくて、なんでニコラス君がいるの?」
「それはまぁ、なんというか流れで」
「どんな流れなんだ。迷惑かけちゃいかんだろう」
「すみません」
「番のいないΩをこんなところに連れて来るなんて。今日は義弟がいるからいいが本来ならしてはいけないことだぞ」
「お兄様、小兄様なら・・・」
「違う違う、あいつはΩとしてというか人として決定的に欠けてるものがあるから心配してない。ニコラス君だよ」

はぁと大きく嘆息してジェラールは背もたれ代わりの壁にもたれかかった。
バーカウンターではナルシュがニコラスの背中をバンバン叩いて大口を開けて笑っている。
なんだその手に持った馬鹿でかいジョッキは、どんだけ飲むつもりなんだ。

「お待たせー。俺もうニコラスと親友だわー」

ナルシュが手に持った酒をテーブルに置いていく。
かんぱーい!とジョッキを持ち上げるナルシュの口には麦芽酒の泡がもうついている。

「ニコラス様、嫌なら嫌と拒否しないといけませんよ」
「ニコラス、君はΩだったのか?」
「そうなの?俺と一緒じゃん!」
「隠してるつもりはなかったのですが、すみません」

ニコラスは目を伏せて頭を下げた。

「いや、違うんだ。事情も知らずにこんなところに連れて来てしまって申し訳ないのはこちらの方だ」
「そうです。お兄様に言われるまで気づきませんでした。ごめんなさい」
「ジェラール殿が・・・」

ジェラールはちびちびとチェリー酒を飲んでいる。
寂しげな姿にニコラスの胸がツキリと痛む。
失恋した、騙された、思いを踏みにじられた、それはどれほどの傷なんだろうか。

「愚弟たちがすまないね。一杯飲んだら送って行こう」
「いえ、私は騎士ですのでそんな・・・」
「あ、そうか。配慮が足りなかったな。私よりもリュカ達の方がいいな」
「いえ!そんなことは・・・」

ニコラスはチェリーミルクを半分ほど一気に呷った。

「お兄様はニコラス様と親交があるのですか?」
「ん?騎士団の予算の相談をよく聞くから」
「あの、いつも親身になっていただいて」
「それが仕事だから、気にすることはない」

じゃもう行くよ、とチェリー酒を飲み干してジェラールは立ち上がった。
あまり遅くなるなよ、と笑う。

「ジェラール。ニコラスも連れていけ」
「あのなぁ、私なんかよりも・・・」
「いいから、ほらニコラスも行け。ジェラールは弱っちいからな、騎士様の護衛がありゃ安心だろ」

ナルシュは二人の手を繋がせてパブから追い出した。
ジェラールが文句を言っているが、ハイハイといなして手を振って見送った。

「小兄様、強引なことをしては嫌われますよ」
「リュカ、俺は今とっても良いことをしたんだ」

そういうわけだから、と手のひらを出す。

「お代わり買ってくるから金くれ」

リュカはその手のひらをペチンと叩いて、りんご酒を飲み干した。





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