89 / 190
秘密の兄
しおりを挟む
ナルシュは馬車の中で目を覚ました。
眼前には可愛かったかつての弟とその伴侶がぴたりとくっついて座っている。
可愛かったリュカがあんなに怒るなんて、さてはこいつが原因か、とナルシュは薄目を開けて見る。
それにしてもチュッチュチュッチュとし過ぎではないだろうか。
どこがいいのだ、この平凡な弟の。
「目が覚めましたか?小兄様」
気づいていたのか、それでいてあんなにもチュッチュしていたのか。
「リュカ、おま・・・」
「義兄上、なんでしょうか」
「ナンデモアリマセン」
なんなの?番犬なの?発言は許可制なの?気軽に弟に声をかけちゃいけないの?すっごい怖いんだけどっ!!
ナルシュはもう一度目を瞑った。
きっと今から地獄へ行くに違いない。
どこぞの辻でポイと投げ捨てられるのだ。
言うだろう?夕暮れの辻には妖が現れると。
頭からバリバリと食われてしまう。
リュカ、いいのか?兄の命の危機なのだぞ?
チュッチュチュッチュしてる場合ではないのだ。
地獄の釜が開こうとしているのだぞ!
ナルシュがそうやってうらうらと考えていると馬車が止まり、リュカがエスコートされて降りていった。
え?と思ったのも束の間、口髭の男に担ぎあげられる。
誰?とナルシュの頭は混乱した。
ポカンと見上げた先には馬鹿でかい屋敷があり、両開きの扉が開くと使用人たちがズラっと並んでいる。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。プラハー、それはそこに転がしといて」
ナルシュはポイと投げ捨てられた。
辻ではない、良かった。
きっとこの馬鹿でかい屋敷は公爵邸だ。
リュカは本当に玉の輿にのったんだなぁ、と現実逃避のように考えるナルシュの耳に飛び込んできた声。
「ナルシュ様!!」
「へ?あ、マーサ・・・やだ、マーサやだ」
もぞもぞと芋虫のように逃げるナルシュをマーサはむんずと掴み目を合わせた。
「これはどういうことです?」
「あのね、記憶喪失のフリして憲兵と騎士団に迷惑かけたんだよ。あと、お母様の形見のペンダントは小兄様が持ってた」
「あらあらまあまあ、マーサの仕置きが必要ですか?」
ひぃぃぃっと悲鳴をあげるナルシュの頭にゲンコツが落ちる。
「マーサのゲンコツは?」
「お母様のゲンコツですぅぅ」
なんだこの既視感は、と玄関ホールに集まった面々は思った。
ついでに、マーサ強いとも。
「マーサ、これまでのこと洗いざらい吐かせてね。あと、項は無事みたい」
「それはようございました。このマーサにお任せくださいまし」
「プラハー、離れ家までお願い」
プラハーは一礼してまた担ぎあげ、のしのしとマーサと一緒に消えていった。
「リュカ、項って?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?あれでもΩなんですよ」
「はぁぁあぁぁ!?」
ナルシュ・コックスヒルはΩである。
長兄が『なんちゃってα』ならナルシュは『なんちゃってΩ』だ。
十四歳で発情を迎えて以降、完全に薬で抑えている。
元々、Ω特有の匂い消しの薬が要らぬほどに無臭。
発情はすれど軽くする薬でぴたりと発情を抑えられる。
ナルシュがΩであると知っているのは伯爵家の人間だけだ。
「そんなことがあるのか?なにかの間違いじゃないか?」
「性検査は三回行ったそうですが、Ωだと太鼓判を押されました。実際発情しましたし」
「いや、しかし、Ωにしては無鉄砲すぎるだろ」
「本人はβだと思って生きてます。でも、小兄様の匂いはとても良い匂いなんですよ?シトラスの爽やかな匂い」
本人と爽やかが全く結びつかないが現実である。
「小綺麗にしたら小兄様もそれなりに見れる容姿なのです。僕なんかよりよっぽど見目が良いです」
「リュカが一番可愛いよ」
「そういうのは家族だけです」
「リュカは世界中から褒められたいか?」
んー?とリュカは考えこんでふるふると首を振った。
「アイクに褒められたらそれでもう大満足です」
リュカはアイザックに身を寄せて、肌色の胸にちゅうと吸い付いた。
リュカ、と甘やかな声に顔を上げれば欲情した視線に捉えられる。
「もう一回」
「一回だけですよ?」
「・・・善処する」
ごそごそと掛布に潜り込むアイザックがこそばゆくて、きゃははと笑ってしまう。
笑い声はいつの間にか甘くなり、息が乱れ髪が乱れ合わせた肌が熱くなる。
この時のリュカはまだ知らない。
夜更けまでグレイ一家総出で行なわれたナルシュへの尋問を。
ナルシュが何を語ったかを知るのは翌朝である。
翌朝リュカはこう叫ぶだろう。
「ドッグレース!?」
それは新たな厄介事の始まりの合図である。
眼前には可愛かったかつての弟とその伴侶がぴたりとくっついて座っている。
可愛かったリュカがあんなに怒るなんて、さてはこいつが原因か、とナルシュは薄目を開けて見る。
それにしてもチュッチュチュッチュとし過ぎではないだろうか。
どこがいいのだ、この平凡な弟の。
「目が覚めましたか?小兄様」
気づいていたのか、それでいてあんなにもチュッチュしていたのか。
「リュカ、おま・・・」
「義兄上、なんでしょうか」
「ナンデモアリマセン」
なんなの?番犬なの?発言は許可制なの?気軽に弟に声をかけちゃいけないの?すっごい怖いんだけどっ!!
ナルシュはもう一度目を瞑った。
きっと今から地獄へ行くに違いない。
どこぞの辻でポイと投げ捨てられるのだ。
言うだろう?夕暮れの辻には妖が現れると。
頭からバリバリと食われてしまう。
リュカ、いいのか?兄の命の危機なのだぞ?
チュッチュチュッチュしてる場合ではないのだ。
地獄の釜が開こうとしているのだぞ!
ナルシュがそうやってうらうらと考えていると馬車が止まり、リュカがエスコートされて降りていった。
え?と思ったのも束の間、口髭の男に担ぎあげられる。
誰?とナルシュの頭は混乱した。
ポカンと見上げた先には馬鹿でかい屋敷があり、両開きの扉が開くと使用人たちがズラっと並んでいる。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。プラハー、それはそこに転がしといて」
ナルシュはポイと投げ捨てられた。
辻ではない、良かった。
きっとこの馬鹿でかい屋敷は公爵邸だ。
リュカは本当に玉の輿にのったんだなぁ、と現実逃避のように考えるナルシュの耳に飛び込んできた声。
「ナルシュ様!!」
「へ?あ、マーサ・・・やだ、マーサやだ」
もぞもぞと芋虫のように逃げるナルシュをマーサはむんずと掴み目を合わせた。
「これはどういうことです?」
「あのね、記憶喪失のフリして憲兵と騎士団に迷惑かけたんだよ。あと、お母様の形見のペンダントは小兄様が持ってた」
「あらあらまあまあ、マーサの仕置きが必要ですか?」
ひぃぃぃっと悲鳴をあげるナルシュの頭にゲンコツが落ちる。
「マーサのゲンコツは?」
「お母様のゲンコツですぅぅ」
なんだこの既視感は、と玄関ホールに集まった面々は思った。
ついでに、マーサ強いとも。
「マーサ、これまでのこと洗いざらい吐かせてね。あと、項は無事みたい」
「それはようございました。このマーサにお任せくださいまし」
「プラハー、離れ家までお願い」
プラハーは一礼してまた担ぎあげ、のしのしとマーサと一緒に消えていった。
「リュカ、項って?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?あれでもΩなんですよ」
「はぁぁあぁぁ!?」
ナルシュ・コックスヒルはΩである。
長兄が『なんちゃってα』ならナルシュは『なんちゃってΩ』だ。
十四歳で発情を迎えて以降、完全に薬で抑えている。
元々、Ω特有の匂い消しの薬が要らぬほどに無臭。
発情はすれど軽くする薬でぴたりと発情を抑えられる。
ナルシュがΩであると知っているのは伯爵家の人間だけだ。
「そんなことがあるのか?なにかの間違いじゃないか?」
「性検査は三回行ったそうですが、Ωだと太鼓判を押されました。実際発情しましたし」
「いや、しかし、Ωにしては無鉄砲すぎるだろ」
「本人はβだと思って生きてます。でも、小兄様の匂いはとても良い匂いなんですよ?シトラスの爽やかな匂い」
本人と爽やかが全く結びつかないが現実である。
「小綺麗にしたら小兄様もそれなりに見れる容姿なのです。僕なんかよりよっぽど見目が良いです」
「リュカが一番可愛いよ」
「そういうのは家族だけです」
「リュカは世界中から褒められたいか?」
んー?とリュカは考えこんでふるふると首を振った。
「アイクに褒められたらそれでもう大満足です」
リュカはアイザックに身を寄せて、肌色の胸にちゅうと吸い付いた。
リュカ、と甘やかな声に顔を上げれば欲情した視線に捉えられる。
「もう一回」
「一回だけですよ?」
「・・・善処する」
ごそごそと掛布に潜り込むアイザックがこそばゆくて、きゃははと笑ってしまう。
笑い声はいつの間にか甘くなり、息が乱れ髪が乱れ合わせた肌が熱くなる。
この時のリュカはまだ知らない。
夜更けまでグレイ一家総出で行なわれたナルシュへの尋問を。
ナルシュが何を語ったかを知るのは翌朝である。
翌朝リュカはこう叫ぶだろう。
「ドッグレース!?」
それは新たな厄介事の始まりの合図である。
12
お気に入りに追加
1,562
あなたにおすすめの小説
婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる
カシナシ
BL
「アシリス、すまない。婚約を解消してくれ」
そう告げられて、僕は固まった。5歳から13年もの間、婚約者であるキール殿下に尽くしてきた努力は一体何だったのか?
殿下の隣には、可愛らしいオメガの男爵令息がいて……。
サクッとエロ&軽めざまぁ。
全10話+番外編(別視点)数話
本編約二万文字、完結しました。
※HOTランキング最高位6位、頂きました。たくさんの閲覧、ありがとうございます!
※本作の数年後のココルとキールを描いた、
『訳ありオメガは罪の証を愛している』
も公開始めました。読む際は注意書きを良く読んで下さると幸いです!
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
傾国の美青年
春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜
明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。
しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。
それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。
だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。
流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…?
エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか?
そして、キースの本当の気持ちは?
分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです!
※R指定は保険です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる