その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

谷絵 ちぐり

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秘密の兄

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ナルシュは馬車の中で目を覚ました。
眼前には可愛かったかつての弟とその伴侶がぴたりとくっついて座っている。
可愛かったリュカがあんなに怒るなんて、さてはこいつが原因か、とナルシュは薄目を開けて見る。
それにしてもチュッチュチュッチュとし過ぎではないだろうか。
どこがいいのだ、この平凡な弟の。

「目が覚めましたか?小兄様」

気づいていたのか、それでいてあんなにもチュッチュしていたのか。

「リュカ、おま・・・」
「義兄上、なんでしょうか」
「ナンデモアリマセン」

なんなの?番犬なの?発言は許可制なの?気軽に弟に声をかけちゃいけないの?すっごい怖いんだけどっ!!
ナルシュはもう一度目を瞑った。
きっと今から地獄へ行くに違いない。
どこぞの辻でポイと投げ捨てられるのだ。
言うだろう?夕暮れの辻には妖が現れると。
頭からバリバリと食われてしまう。
リュカ、いいのか?兄の命の危機なのだぞ?
チュッチュチュッチュしてる場合ではないのだ。
地獄の釜が開こうとしているのだぞ!

ナルシュがそうやってうらうらと考えていると馬車が止まり、リュカがエスコートされて降りていった。
え?と思ったのも束の間、口髭の男に担ぎあげられる。
誰?とナルシュの頭は混乱した。
ポカンと見上げた先には馬鹿でかい屋敷があり、両開きの扉が開くと使用人たちがズラっと並んでいる。

「おかえりなさいませ」
「ただいま。プラハー、それはそこに転がしといて」

ナルシュはポイと投げ捨てられた。
辻ではない、良かった。
きっとこの馬鹿でかい屋敷は公爵邸だ。
リュカは本当に玉の輿にのったんだなぁ、と現実逃避のように考えるナルシュの耳に飛び込んできた声。

「ナルシュ様!!」
「へ?あ、マーサ・・・やだ、マーサやだ」

もぞもぞと芋虫のように逃げるナルシュをマーサはむんずと掴み目を合わせた。

「これはどういうことです?」
「あのね、記憶喪失のフリして憲兵と騎士団に迷惑かけたんだよ。あと、お母様の形見のペンダントは小兄様が持ってた」
「あらあらまあまあ、マーサの仕置きが必要ですか?」

ひぃぃぃっと悲鳴をあげるナルシュの頭にゲンコツが落ちる。

「マーサのゲンコツは?」
「お母様のゲンコツですぅぅ」

なんだこの既視感は、と玄関ホールに集まった面々は思った。
ついでに、マーサ強いとも。

「マーサ、これまでのこと洗いざらい吐かせてね。あと、項は無事みたい」
「それはようございました。このマーサにお任せくださいまし」
「プラハー、離れ家までお願い」

プラハーは一礼してまた担ぎあげ、のしのしとマーサと一緒に消えていった。

「リュカ、項って?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?あれでもΩなんですよ」
「はぁぁあぁぁ!?」


ナルシュ・コックスヒルはΩである。
長兄が『なんちゃってα』ならナルシュは『なんちゃってΩ』だ。
十四歳で発情を迎えて以降、完全に薬で抑えている。
元々、Ω特有の匂い消しの薬が要らぬほどに無臭。
発情はすれど軽くする薬でぴたりと発情を抑えられる。
ナルシュがΩであると知っているのは伯爵家の人間だけだ。

「そんなことがあるのか?なにかの間違いじゃないか?」
バース検査は三回行ったそうですが、Ωだと太鼓判を押されました。実際発情しましたし」
「いや、しかし、Ωにしては無鉄砲すぎるだろ」
「本人はβだと思って生きてます。でも、小兄様の匂いはとても良い匂いなんですよ?シトラスの爽やかな匂い」

本人アレと爽やかが全く結びつかないが現実である。

「小綺麗にしたら小兄様もそれなりに見れる容姿なのです。僕なんかよりよっぽど見目が良いです」
「リュカが一番可愛いよ」
「そういうのは家族だけです」
「リュカは世界中から褒められたいか?」

んー?とリュカは考えこんでふるふると首を振った。

「アイクに褒められたらそれでもう大満足です」

リュカはアイザックに身を寄せて、肌色の胸にちゅうと吸い付いた。
リュカ、と甘やかな声に顔を上げれば欲情した視線に捉えられる。

「もう一回」
「一回だけですよ?」
「・・・善処する」

ごそごそと掛布に潜り込むアイザックがこそばゆくて、きゃははと笑ってしまう。
笑い声はいつの間にか甘くなり、息が乱れ髪が乱れ合わせた肌が熱くなる。

この時のリュカはまだ知らない。
夜更けまでグレイ一家総出で行なわれたナルシュへの尋問を。
ナルシュが何を語ったかを知るのは翌朝である。
翌朝リュカはこう叫ぶだろう。

「ドッグレース!?」

それは新たな厄介事の始まりの合図である。





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